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三代目浜作主人のお気に入り 洋食について


意外なことにパンの一世帯あたりの消費量について、またコーヒーにおいても京都が全国で一番となっております。皆様方の京都に対するイメージとは裏腹に結構ハイカラで新しいもの好きという一面も、地の京都人の特性と言えます。と言っても、ここでいう「新しいもの」とは、東京やニューヨークが代表する最新のトレンドを指すものではありません。明治の文明開化をその始まりとして、大正、少なくとも昭和年~年ぐらいにかけて形成された、いわゆる〝西洋風=洋風〟と言われるスタイルについてであります。

永井荷風先生、志賀直哉先生、谷崎潤一郎先生などなど名立たる文豪は皆さん洋食がお好きでした。もちろん手前どものような板前割烹もよく御贔屓をいただきましたが、常に食べたいものの筆頭に置かれていたものが洋食ではなかったかと私は推測いたします。この洋食という品物はその味の骨格と申しますか、骨組みが誠に堅牢で少しの曖昧さもなく、まさしく正面突破の正攻法で口中に切り込んでまいります。またまたクラシック音楽に世界を移しますと、いわゆるSPレコードからLPレコードまでの時代に活躍した19世紀生まれの巨匠、即ちトスカニーニの演奏がこれに当てはまります。曲の解釈について原典主義を頑なに貫き、一切の妥協を許さず鋼のようなリズムと統率力で、正しく突貫。核心に迫る演奏であります。これこそ全く白黒をはっきりする、迷いのない洋食本来の味付け手法と共通いたすところであります。

洋食とは呼ばれていたものの、現代のように実際に欧米で料理修行を積まれたキャリアがあるわけではなく、当初は来日しているごく限られた西洋人コックに見様見真似で習い覚えたものが、そもそもの始まりでございましょう。それがほんの30~40年で独自の洋食というジャンルを確立し、隆盛させたということは、我が日本人の最も優れた進取の気質のなせる業であります。我われ世代以前の方には「子どもの頃に食べたあのコロッケが…」

「そのカツレツが…」というような誠にノスタルジックな思い出が必ずあります。その鮮烈なる味の記憶を再現しようと何十回、何百回と色々な店を訪れてその再現を試み、ある時は当たり、ある時は外れという遍歴を重ねてきたと言えるのではないでしょうか。

率直に申しまして今何が食べたいかと思う時、まず第一に脳裏に浮かびますものは、その人の美食遍歴における永遠のスタンダードと呼ぶべきものであります。それは得てして工夫を凝らした懐石料理や豪華なフレンチのフルコース、山海の珍味を揃えた中華料理ではなく、もっと身近な鰻や天ぷら、丼、また今回の洋食などの、より即物的な食べ物が多いのではないでしょうか。洋食における私のスタンダードは、子どもの頃生まれ育ちました祇園町に店を構えておられました「つぼさか」のコロッケとビフカツの盛り合わせでございます。このお店は残念ながら只今は閉店なさっておりますが、その脂っこさを微塵にも感じさせない、しかしながら誠に奥深い芳醇な味わいは今もって忘れることは出来ません。

京都の名立たる洋食の名店や名品は大多数が変容してしまいました。かえって東京の方が往時そのままに変わらぬ伝統の味を伝えておられます。かの白州正子先生が大のご贔屓であった上野の「ぽん多本家」さんなどは、その代表格であります。名物のカツレツ(豚カツ)はもちろんの事、新鮮な一級品の穴子を丸揚げにした穴子フライは、正しく横綱相撲と言える圧倒的な存在感を放ちます。この王者の風格とは対照的に、実に品よく瀟洒な佇まいを醸し出しているのが、根岸の「香味屋」さんのメンチカツでございましょう。いつに変わらぬこの味を確かめる為、私は上京の折度々この2つのお店に伺うことと決めております。京都のメインストリート・四条通りに15~6年前まで立派なお店を構えておられました萬養軒というフランス料理店がございます。このお店は創業以来京都随一の格式を誇り、所謂敷居が高いお店でありました。亡くなりました親父などは、会合等でよくお邪魔していたようではございますが、当時学生でありました私めは、誕生日のお祝いとして伺うことが唯一の機会でありました。ナポレオン3世様式の店内はほの暗く、立派なシャンデリアが飾られ正装の給仕長を始め、ホワイトコートを着た数多くのボーイが整然と並んでおられました。あの時から毎年味わったその特別な日の特別なお料理のノスタルジックな体験こそ、今日の私の美食観念の基盤となっておりますことを、強く感じる今日この頃でございます。今、萬養軒さんは代替わりなさって形態をお変えになりましたが、その名物であるビシソワーズ(パリ風)のお味だけは今も変わりません。この季節になると真っ先にこのビシソワーズとコンソメの冷製を合わせたスープが恋しくなります。

ぽん多本家
東京都台東区上野3-23−3
03-3831-2351
● 11:00~14:00(13:00LO) 16:30~20:00(19:45LO)日・祝のみ16:00~20:00(19:45LO)
● 月休
● 24席

レストラン香味屋
東京都台東区根岸3-18-18
03-3873-2116
● 11:30~22:00(20:30LO)
● 無休(12月31日~翌年1月1日、2日休み)
● 100席
www.kami-ya.co.jp/honten/

ぎをん 萬養軒
京都市東山区祇園町南側570-120 2F花見小路四条下ル
075-525-5101
● 11:30~15:00(14:00LO) 17:00~22:00(20:30LO)
● 水、第 1 ・3火休
www.manyoken.com

Hiroyuki Morikawa
1962年生まれ。京都・祇園の板前割烹「京ぎをん 浜作」の3代目主人。「浜作」は日本最初の割烹料理店で、料亭が主流だった昭和初期に、祖父・森川栄が創業した。川端康成を「古都の味 日本の味 浜作」と嘆息させた。

京ぎをん 浜作
京都市東山区祇園八坂鳥居前下ル下河原498
075-561-0330
● 12:00~14:00、17:00~
● 水休


本記事は雑誌料理王国第252号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第252号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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