食の未来が見えるウェブマガジン

私のお気に入り「おこわ」三代目浜作主人 森川さん 


二月の京都は寒さがいっそう厳しく、盆地特有の足元から伝わるその寒さを、俗に「京の底冷え」と申します。観光客で溢れる名所旧跡も本来の静寂を取り戻します。私どものような食べ物屋商売にとりましては、この二月と真夏の八月が「二八(にっぱち)」と申しまして、一番お客様の数が少なくなる時でございます。おかげさまで、昨今では以前のような顕著な落ち込みは見られなくなりましたが、やはり冬枯れ・夏枯れにいかに対処するかということが、観光都市京都で商売をするものにとって長年の懸案であることに変わりはありません。

浜作ではこの時季、一番味が美味しくなるフグを売り物とさせていただきます。京都の古いお店の中でも「瓢亭」さんがおやりになっております夏の「朝がゆ」は、京名物の第一に挙げられるほど有名なものでございますが、冬には「鶉がゆ」という実に風趣に富むお昼ごはんをお出しになっておられます。かえって寒くなるのを待って、この寒の時期、たとえば丸鍋の「大市」さんをはじめ、水炊き、ぼたん鍋、うどんすきなど、お鍋の名店へ訪れるのも京都人の密かな楽しみの一つでございます。

僭越ながら洋菓子の業界においてのバレンタインデーのチョコレート騒動も、このことが当てはまるような気がいたします。

京都にはあまりよその町で見かけなくなったお餅屋さんが、町にそれぞれ一軒と申しますと少しオーバーでございますが、それぞれの商店街には必ず何代も続いたお店が暖簾を守っておられます。商家ではお朔日には必ずお赤飯をいただき、去る月の無事とこの月の商売繁盛と家内安全を神様ご先祖様にお祈りする、ということが習わしでございます。その時のお赤飯(京都では普通のご飯と区別して、より歯応えと粘りがある糯米を強いご飯“お強”、すなわち“おこわ”と申します)の小豆には殊の外縁起を担ぎ、家中一統、絶対に一粒でも口にせねばならないこととなっております。子ども時分、私も祖母から「おこわをいただくときは絶対みんなを呼んで、一粒でも小豆はいただかなあきまへん。食べへんかったら“小豆外れ”と言うて、その人はもちろん家中のみんな縁起が悪うなってしまいます。あんたは跡取りやさかい、これだけは大きなっても絶対覚えとかなあきまへん」と怒られたものでございます。というわけで、今でも“おこわ”は私の大好物となりました。

「おこわ」のイラスト

生涯一番の“おこわ”は「虎屋黒川」さんの特製お赤飯でございます。このお品は常時店頭で販売なさっているものではございません。名店中の名店「虎屋」さんの名物は羊羹をはじめ数々ございますが、このおこわは知る人ぞ知る隠れた絶品でございます。天然の小豆がもつ独特ながらも品の良い色合い。一粒一粒のもち米の存在感。蒸し器で温めなおして染付のお茶碗によそいますと、どんなご馳走にも引けを取らない気位の高さを感じさせてくれます。なるほどこれが何百年に亘り、宮中へお出入りなさっていたお店の正真正銘の“おこわ”ということが、一目瞭然、誰にでもお分かりいただけるものであります。

皆様方のお家でも、人生の節目やお誕生日などのお祝い事の折には是非“おこわ”をお召し上がりいただきたく存じます。“おこわ”に気の利いたおつゆものさえあれば、それだけで十分満ち足りた、日本人古来のお祝い気分を実感することができます。

瓢亭 本店
京都市左京区南禅寺草川町35
075-771-4116
● 11:00~21:00(19:30LO)
朝粥は7/1~8/31 8:00~10:00限定
● 第2、第4火曜休

虎屋黒川
京都市下京区四条通御幸町西入奈良物町371
075-221-3027
● 10:00~19:00
● 不定休

森川裕之
Hiroyuki Morikawa
日本最初の板前割烹である「京ぎをん 浜作」の3代目主人。料亭が主流だった昭和2年に著者の祖父・森川栄氏が創業。その一期一会の料理は谷崎潤一郎、川端康成をはじめ棟方志功、梅原龍三郎、北大路魯山人、マーロン・ブランドや中村吉右衛門などなど、時代を創った政財界人から文化人、芸術家を魅了してきた。著者近著に『和食の教科書 ぎをん献立帖』『ぎをん 丼 手習帖』。「家庭でも気軽に楽しめる献立作り」を視野に、月7回の料理教室を開いている。

京ぎをん 浜作
京都市東山区祇園八坂鳥居前下ル下河原498
075-561-0330
● 12:00~14:00、17:00~
● 水曜及び最終火曜日定休、要予約
http://kyoto-gion-hamasaku.com/


Illustration by Michihico Sato

本記事は雑誌料理王国第259号(2016年3月号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第259号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする