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配色の妙。近江屋洋菓子店の「フルーツポンチ」


最も多感な学生時代の五年間を東京で過ごしたせいか、毎月欠かさぬ彼の地への出張も、半分は里帰りのような感じを抱くものであります。所用の後の会食が眼目であることは言うまでもありません。

神田須田町界隈は奇跡的に空襲を免がれ、戦前からの町並みが今なお残存する、誠に江戸情緒を伝える区域でございます。ここら辺りに私が何十年と通う名店が軒を連ねております。「神田藪そば」さん、鶏鍋の「ぼたん」さん、アンコウの「いせ源」さん、洋食の「松栄亭」さん、喫茶の「ショパン」さん、粟ぜんざいの「竹むら」さんなど……それぞれが、お江戸の味から東京の味への時代の変遷を体現なさっている老舗ばかりでございます。

少し表通りへ出ると近江屋洋菓子店さんがあります。先程のお店とは少しイメージの違うモダンな店構えでありますが、全くもって堅苦しさはなく、清潔ながらも入店しやすい店構えをなさっております。サバランをはじめ古典的な洋菓子のラインナップがショーウィンドウに並びます。

ここで特筆すべきはお土産用のフルーツポンチの瓶詰めであります。何の変哲もない大ぶりのガラス瓶に色とりどりのカットフルーツが誠に鮮やかに詰められております。一幅の静物画のように大胆に、かつ計算され尽した配置、配色の妙と言えるものであります。他所さんのフルーツポンチと言えば、果物の大きさがサイコロと同様のものが大半でございますが、ここは一切れが可能な限り大きくカットされております。故に、一つ一つのお味がしっかりと認識できます。と言っても、けっしていただく時に不便を感じない、実に絶妙な大きさなのであります。一緒に漬け込むシロップも濃くなく薄くなく、果物本来の持ち味を損なわないお加減であります。

こういうものは、得てして店頭でいただく時よりも持ち帰り用となるとどうしても果物の新鮮味が無くなり、大抵は作り物じみて、謂わゆるコンポートとなってしまうものですが、この近江屋さんの瓶詰めだけは、翌日でも翌々日でもあたかも目の前でカットしたかのような清新な醍醐味を失うことはありません。パイナップルやキウイ、ブドウなど、それぞれが際立った個性を維持しながらも主張し過ぎず、シロップという共通項によって完全なる調和と融合を遂げております。これはまさしく室内楽、それもピアノ三重奏曲の世界と言えるものであります。

ベートーヴェンの諸作、シューベルトの一番・二番など、ピアノトリオの名曲は枚挙に暇がありません。その中でも、俗にクラシック通の間で「メントリ」と言われるメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲一番・二番は、早熟の天才メンデルスゾーンが溢れんばかりの楽想を巡らせた甘美極まる名作であります。ピアノ・ヴァイオリン・チェロ、それぞれが組んず解れつ絶妙のバランスを保ちながら、メロディ・ハーモニー・リズムともにこれも完全なる調和と融合を遂げております。

しかしながらこの曲もフルーツポンチと同様、厳格で武骨な印象は微塵にもなく、どこまでも心癒す、独特の甘く優しい空気を具えているのであります。

近江屋洋菓子店 神田店
東京都千代田区神田淡路町2-4
03-3251-1088

Hiroyuki Morikawa
日本最初の板前割烹である「京ぎをん 浜作」の3代目主人。料亭が主流だった昭和2年に著者の祖父・森川栄氏が創業。その一期一会の料理は谷崎潤一郎、川端康成をはじめ棟方志功、梅原龍三郎、北大路魯山人、マーロン・ブランドや中村吉右衛門などなど、時代を創った政財界人から文化人、芸術家を魅了してきた。著者近著に『和食の教科書 ぎをん献立帖』『ぎをん 丼 手習帖』。「家庭でも気軽に楽しめる献立作り」を視野に、月7回の料理教室を開いている。

京ぎをん 浜作
京都市東山区祇園八坂鳥居前下ル下河原498
075-561-0330
● 12:00~14:00、17:00~
● 水休


Illustration by Michihico Sato

本記事は雑誌料理王国第263号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第263号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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