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京都で一番の「ステーキ」


My Favorite Things … 私のお気に入り

三代目浜作主人 森川裕之

京都で一番の「ステーキ」

皆さまの食べ物のイメージのなかで、「ステーキ」という言葉は「御馳走」、「高級」、「上等」、「余所行き」等々、ありとあらゆる料理のなかで、お誕生日や記念日などの特別な日に奮発していただくという、いわば、食べ物のヒエラルキーの最高位に位置するものではないでしょうか。

しかしながら、お肉の等級の優劣、料理法など、そのものが単純なだけあって、かえって、出来栄えは千差万別。それこそ、ピンからキリまで、これほど良し悪しがはっきりするお料理も他にございません。

 近頃では、カウンターの客席の前に鉄板を設える鉄板焼きステーキが流行りとなっております。目の前で一からお肉を焼き上げるわけですから、スペクタクルな要素も加味され、自然と期待が膨らみます。

 私自身はといえば、出来上がりがお皿に盛られた、所謂ステーキをナイフ、フォークを使い、食べやすい大きさに切っていただく、従来の形の方が好みでございます。

 全国にステーキの名店が目白押しのなか、わが京都で一番と言えば、迷いなく、私は「ステーキハウス祇園ゆたか」さんを、お薦め申し上げます。いま、銀座辺りで予約の取れない店として有名な「かわむら」さんや「銀座ひらやま」さん、同じく祇園では、「ステーキ二教」さんや、「ステーキハウス新吾」さんも、皆、このお店の別家でございます。とにかく、私の子どもの頃より、この「ステーキハウス祇園ゆたか」さんの名声は、京都のみならず、お江戸まで鳴り響いていたものであります。他所さんのステーキハウスを三倍か五倍は優に超えるお値段で、お一人、五万円は下らないという、当時としては、超ド級の高級店であり、ありとあらゆる有名人やVIPが足繁く通われました。京都といえば和食の都のイメージがございますが、元々、京都人は牛肉が大好きでございます。例えば、東京では、カツレツと言えば、とんかつを指しますが、京都で「カツ」と言えば、普通、ビフカツを指しますように。

 私も若いころは、脂の乗ったサーロイン、所謂、ロースを好みましたが、50歳を超すと、その脂っこさには、少し負担を感じるようになりました。この頃は、もっぱらテンダーロイン、所謂、ヒレ肉を注文いたします。一口目は、何か味が薄いようで、物足りなく感じますが、噛むほどにあっさりとした旨味が現れ、二口目、三口目と、その味わいが重なり、段々と奥深い味わいが生まれます。三分の二を過ぎると、いよいよ「お肉は、やっぱり美味しいなあ」という実感がわいてまいります。食べ終わった後も、お肉独特の過剰なる満腹感は存在せず、あくまでも、「ああ、美味しかった。もう少し、食べられるのかな」という、高揚感が生まれます。

 こういう感覚は、本当に厳選され、最高の技術で調理なされた最高のステーキをいただいたときにだけ生まれる満足感であります。例によって、音楽に例えますと、私の大好きなオペラ、ことに、ヴェルディ作曲による中期の傑作「リゴレット」「椿姫」「イル・トロヴァトーレ」を鑑賞した時の感動と共通するものであります。このヴェルディの傑作群は、本来の主役であるヒロインのソプラノやヒーローのテノールと同じくらい、本来は脇役、敵役であるバリトンの歌手が、三つ巴となって大活躍をいたします。ことに、「イル・トロヴァトーレ」では、20世紀最高のソプラノ歌手マリア・カラスと、伝説のテノール歌手デル=モナコに対するイタリアのバリトン歌手バスティアニーニなどは、その代表であります。一本筋が通った、腹の底から性根を捉えた、歌劇場全体に鳴り響く美声は、まさに独壇場。それでいながら、少しも押し付けることがなく、微塵のしつこさも暑苦しさもない。そういう点において、ゆたかさんのステーキを連想させるバリトンといえましょう。

ステーキハウス祇園ゆたか
京都市東山区祇園町南側
(四条花見小路下ル四筋目東入ル)
075-531-0476
● 11:30~13:30LO、17:30~
● 不定休
● カウンター10席、個室6席、座敷8席
www.yutaka-steak.com

Hiroyuki Morikawa
日本最初の板前割烹である「京ぎをん 浜作」の3代目主人。料亭が主流だった昭和2年に著者の祖父・森川栄氏が創業。その一期一会の料理は谷崎潤一郎、川端康成をはじめ棟方志功、梅原龍三郎、北大路魯山人、マーロン・ブランドや中村吉右衛門などなど、時代を創った政財界人から文化人、芸術家を魅了してきた。著者近著に『和食の教科書 ぎをん献立帖』『ぎをん 丼 手習帖』。

京ぎをん 浜作
京都市東山区祇園八坂鳥居前下ル下河原498
075-561-0330
● 12:00~14:00、17:00~
● 水休


本記事は雑誌料理王国第270号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第270号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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