「本物」を海外に広める、すしと和食の専門学校がロンドンで始動!


世田谷区の「東京すし和食調理専門学校」が9月19日、欧州で初となる日本料理を専門に教える認可校として、英国ロンドンに分校を開校した。和食のシェフ不足に泣く現地のレストラン業界は、期待マックスだ。

「エフォートレス」という言葉がある。意識せずして自然に獲得している何か・状態のことだ。例えばこの記事を読んでくださっている皆さんの大半は、エフォートレスに日本人であるから、和食とは何かを学ばずとも、感覚として自然に分かっているエフォートレスな状態である。

私が日本人として最近、そのエフォートレスな感覚を呼び覚まされた出来事があった。9月19日、西ロンドンのメディア地区に華々しく誕生した「東京すし和食調理専門学校」ロンドン校の、開会セレモニーでのことだ。

2016年、和食にしぼった唯一の認可校として開設された東京すし和食調理専門学校が、8年後に海外で初めて分校を立ち上げる際のロケーションとして選んだのが、英国の首都ロンドンとなった。なぜロンドンなのか。統括組織である水野学園の水野倫理CEOがこう教えてくれた。

「日本食を学びたいが、日本語が分からないのでどうすればいいかという問い合わせが東京校に多く寄せられるようになり、海外進出を考えるようになりました。実は35年前、私自身ロンドンで学ぶ学生だったことから親しみがあり、ロンドンでビジネスをすることはある意味、夢だったんです。ロンドンに住む人々のメンタリティが日本人と近いことも、この街を選んだ理由の一つですね」

西ロンドンのビジネス・メディア地区にある近代的なビルの1階にオープン。9月19日に在英国日本大使館の職員も迎えて大々的に開校セレモニーが行われた。

他者を尊重する文化が育っているロンドンは、確かに日本人には親しみやすい街かもしれない。また多くの外国人が集まり独特の興味深い食文化を形づくる欧州最大の外食産業デスティネーションとしての地位を固めている。中でも和食は10年以上前から人気ジャンルとして密かなブームが続き、優秀なシェフは常に引っ張りだこだ。ロンドンが今後、欧州一帯における日本食教育の中心地になっていっても何らおかしくない。

さて、この真新しい専門学校の開校セレモニーで、筆者が何について「エフォートレス」を感じたのか。実は志田由彦シェフをはじめとする講師の皆さんによるお寿司を、口に頬張ったときだった。それは「ほっとする」という言葉がぴったりの稲荷寿司、巻き寿司、握り寿司だった。懐かしくも、プロによる最高クオリティの寿司。奇を衒わない、自然体の美味しさ。まさにエフォートレスな日本がそこにあった。

これは寿司に限ったことではない。海外の日本料理店の厨房には日本人だけでなく、多くの日本国外で生まれ育ったシェフが働いている。多くのオーナーシェフや先輩シェフも同じく日本人ではないことを考えると、必ずしもエフォートレスな和食が先輩から後輩に伝えられているわけではない。ゆえに東京すし和食調理専門学校ロンドン校の登場は、業界全体にとって願ってもない朗報なのである。

現場でも大いに歓迎されていることは、事業主たちのコメントでも分かる。ロンドンのNobuを大成功に導き、自身のニッケイ料理(和食×ペルー料理)レストランを10年以上成功させているカート・ステイザーさんは、業界マーケティング・プラットフォーム「シェフズ・フォーラム」の取材に応じてこう話している。

「優れた和食のシェフを雇いたくてもなかなか見つからない。自分たちで学校を作ろうなどと話していたところ、日本から専門学校がやってきて小躍りしているよ。欧州における日本食ビジネスはこの20年、実に堅調にマーケットを伸ばしており、かつてなく本物を知る和食シェフの需要が高まっている。本当に正しいときに正しい場所に開校してくれたと思う。卒業生には期待してしまうね」

開会セレモニーの様子。今年6月から内装工事を始め、12週間で完成させた。廊下を挟んだ向かいにも広々としたスペースがある。
東京すし和食調理専門学校CEO、水野倫理(Rinri Mizuno)氏が英語でスピーチ。ロンドンでの留学経験が今回のロンドン校開校に大きく影響しているという。

同校では9月23日から本格的に講義が始まった。調理技術だけでなく一汁三菜といった和食の伝統や歴史、カレーやラーメン、オムライスなどを含む日常的な日本の食文化、硬水と軟水の違い、四季や器のことなど、総合的に学ぶカリキュラムがしっかりと組まれている。6カ月のコース終了後は農林水産省の調理技能認定を取得可能なほか、テーマごとの短期コースやお試し体験レッスンも用意されている。第1期生にはさまざまな国籍のイギリス国内在住者が集まっているという。

東京校からロンドンに移り、ロンドン校校長に就任された渡辺勝さんは、将来のヴィジョンについてこう話す。
「将来的には英国内の学校法人ステータスを獲得し、1年以上のコースを設置して学生ビザが取れるようにしたいと考えています。和食について教えることは本当にたくさんありますから。和食ファンが増えてくれることは非常に喜ばしく、いずれはそれが日本食業界全体の利益となり、ひいては国益につながると考えています」

卒業後の就職サポートもしている。希望者がいれば日本で労働許可証を取得し、日本のレストランの厨房で働く道もひらけているそうだ。実際に「日本で働きたい」という声も届いているという。学生たちのために日本語のレッスンも毎週開かれる予定だ。

水野CEOはこう言う。
「ロンドンでは多ジャンルの融合、フュージョン料理が隆盛ですが、まずは基本を知ってほしい。個性やアレンジを施すのは基本ができてから。ただ料理は生き物ですから、進化していけばいいと私は思っています。卒業生たちが大きく羽ばたき、世界で活躍することこそが、私の望みです」

ロンドン校の校長、渡辺勝さんも流暢な英語でスピーチ。同校の存在意義や将来の展望について話された。
経験豊富な講師の皆さん。左からポルトガルを拠点にサポートするミゲル・ベルトロさん、主任の志田由彦さん、山本薫さん。ベルトロさんは組織内唯一の日本人ではない熟練講師でもある。
開校セレモニーには多くのメディアが取材に駆けつけていた。注目度の高さがうかがえる。
レッスン風景。長期コースの最終試験では、日本食のにおける包丁スキルの全てが必要となるアジの姿造りに取り組む。写真:カレッジ提供

イギリスでは日常的に寿司や和食に接することができるようになり、本当に美味しいと思える店も増えてきた。しかしスーパーの和食惣菜は表面的な理解に留まり、高級和食店ではシェフのバックグラウンドや消費者の志向によってフュージョン化が進んでいるケースが多く、一口に「和食」と言っても、千差万別なのは日本と同じだ。

2024年の今、ロンドンの和食業界はかつてなく成熟してきており、本物に接することを熱望する現地の和食ファンも多い。日本発の専門学校が本物の技術と心を広めてくれるとしたら、それは待ち望まれていることだ。将来的には欧州各地からも多くの生徒が集まることになるのだろう。

食は人を表すというが、料理は料理人を表すともいえる。日本の心を知る職人さんの数がもっと増えて、世界中の皆さんにエフォートレスな和食を届けてほしい。

Tokyo College of Sushi and Washoku, London
東京すし和食調理専門学校ロンドン校
https://www.sushicollege.uk

text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni

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