風俗街の面影を残すロンドン・ソーホー地区で、日独ハーフの気鋭シェフ、佐藤アンジェロさんが独自の美学で日欧を融合したハイブリッドなおまかせ料理を創り出している。“ハンブル”なシェフの血の通った料理とは?
ロンドンで今、最も注目されている気鋭トップシェフの1人に、佐藤アンジェロさん(Angelo Sato、冒頭写真)がいる。日独ハーフ、半身タトゥーのイケメン。日本生まれの日本育ち。正真正銘の日本人だ。
彼がパンデミック期に立ち上げた人気の焼き鳥レストラン「Humble Chicken / ハンブル・チキン」が、この1月に8コースのテイスティング・メニューのみになってHumble Chicken 2.0にヴァージョン・アップしたというのでお邪魔してみた。レストランはロンドンの繁華街ソーホー地区でも歴史的なカルチャー色の強いプレミアム・ストリートにあり、独特のカリスマを放っている。
英語でHumbleと言うと「謙虚な」と訳されがちだが、ニュアンスにはバラエティがある。鶏という比較的廉価な食材で作る、庶民のための焼き鳥。この店の場合はその「慎ましさ」をHumbleという言葉で表しているのだが、アンジェロさん自身のルーツが「Humble」であることにも繋がっていて、興味深い。
東京生まれのアンジェロさんは沖縄と博多で育った。家族は現在博多に住んでいるので、帰省時に屋台巡りは欠かさない。子どもの頃、家庭が裕福ではなかったので早い時期から働きに出ようと思った。料理が好きでプロの厨房に出入りするようになったのは(公称)15歳の頃だ。
17歳で一念発起し、スーツケース一つを携えてロンドンへ。ミシュラン3つ星を維持している「レストラン・ゴードン・ ラムジー」の扉を叩き、家もコネもない彼は採用してもらえるまで入り口に座り込んだ。コミシェフから始め、当時のヘッドシェフ、クレア・スミスさんの薫陶を受ける。その後はニューヨークの3つ星「イレブン・マディソン・パーク」で頭角を現し、業界のやんちゃ者、トム・セラーズさん率いるロンドンの2つ星「レストラン・ストーリー」ではヘッドシェフを務めた。「Humble」なバックグラウンドから世界最高峰のレストランを率いるまでになり、現在は自身のレストランで頂点を目指すノリに乗っている30歳なのである。
アンジェロさんの料理は非常に現代的で隅々まで研ぎ澄まされていながら、日本の大衆的な食文化のエッセンスを大胆に取り入れ、バランスのとれたコース料理に仕立てている。8コース(実質的には12コース)あれば一つくらい首を傾げるような味もありそうだが、いずれも非の打ちどころのない芸術品だった。世界の名だたる厨房で切磋琢磨してきた技術力の高さに加え、奇をてらいすぎない率直さとヴィジュアルの面白さが際立つ。シェフとしての優れた直感が、日欧の融合をさらにオリジナルなものにしている。
コースのハイライト? 個人的には「全部」と答えたいところだが、おそらくシェフの思い入れは「Yakiniku」と銘打ったショートリブの炭火焼きにある。48時間かけてスロークックしたカルビは夢のように柔らかく滋味深い。焼肉ソース、または麦味噌ソースをつけ、大根のピクルスなどを添えてレタスに包んでいただく。シェフの思惑どおり、まさに堂々たる決め料理だ。
最後は焼き鳥(Humble Chicken)が添えられた、土鍋ご飯。ナスやラッキョなど自家製の漬物も用意され、どんなにお腹いっぱいでも平らげてしまう最高の締めだった。郷愁はある。しかしそれだけにとどまらない、佐藤アンジェロの締めの美学があった。彼自身の魂が映されているようにも感じた。
デザートは3種。ニューヨーク・スタイルのチーズケーキはミカンやレモンバーベナなどを使った複雑な味わい。また博多名物「なめらかプリン」に敬意を表した小瓶入りのプリンは、しっかりとしたコーヒー味だった。写真は載せなかったが、シメサバも素晴らしかった。キュウリや大根、梅干し、シソオイル、ガスパッチョ・ソースなどが素敵なハーモニーを奏でる。
アンジェロさんのコース料理は完成度が高いだけでなく、日欧のハイブリッドな魂がしっかりブレンドされている。「シアターのような食体験を届けたい」というだけあり、目の前で繰り広げられる熱い舞台に目は釘付けだ。始まったばかりの劇場型レストランがこの先どのように進化していくのか、楽しみでならない。
Humble Chicken
https://www.humblechickenuk.com
text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni