創業20年のチーム力とは?ロンドンに懐石の心を根付かせた名店「UMU」


ロンドンの日本食好きなら誰もが憧れる京料理のUMUが、今年9月でちょうど20周年の節目を迎える。イギリスでは20年をかけて各地で本物の和食が浸透してきたが、首都ロンドンを背負うUMUの役割は大きい。

これ以上ないほど理想的な隠れ家ロケーションに佇む、ロンドンきっての高級日本料理店「UMU」。創業は今からきっかり20年前だ。話題になり始めた頃、その名を聞いて思った。「どんな意味があるのだろう、『ウム』だなんて」。とても不思議な響きだし、インパクトある字面なのだ。

UMUは「生」と書くと知って、なるほどと思った。生み出すこと、有り続けること。欧州でかつてなく日本食に注目が集まるなか、UMUはこの20年、「自然から生み出されるピュアなもの」を追い続け、創業の翌年に獲得したミシュランの星を維持したまま業界トップをひた走ってきた。

現在のエグゼクティブ・シェフは、2014年から指揮を執られている釜津亮 / Ryo Kamatsuさん(写真下)。3代目の総料理長だ。釜津さんは南米アルゼンチンで日本人の両親のもとに生まれ、大学進学で日本に渡り、在学中に料理学校に通って料理人の世界へ。神楽坂の茶懐石「懐石 一文字」では副シェフを務められ、自身の居酒屋プロジェクトで京都へ、その後はブエノスアイレスに戻り地中海料理レストランの厨房を経験されるなど、多方面で活躍されてきた。しかし釜津さんの心には、常に日本食への思いがあった。

ロンドンの一等地の隠れ家的ロケーション。シンプルな佇まいは、まさに和の心に通じる。
全体を監修するエグゼクティブ・シェフの釜津亮さん。

釜津シェフがそのマルチな才能を引っさげてロンドンに渡って来られたのは10年前。前エグゼクティブ・シェフであり、現在は東京・立川の「オーベルジュ ときと」にて総料理長を務める石井義典さんに声をかけられ、UMUのヘッド・シェフに就任された。石井さんの後を継いでエグゼクティブ・シェフになったのは2020年末のことだ。

UMUは一貫して伝統の京料理をその柱としてきた。しかし現在のUMUの礎を築いた石井シェフが在任中に探求してきたのは、京都の伝統に戻ることではなく、そこから発せられる懐石のスピリットをのばし、現地に特化した手法を編み出しつつも確実に「日本料理のDNA」を感じさせる独自のアートだった。その姿勢は今も変わらない。

英国における活け締めのパイオニアとしても、UMUは広くリスペクトされる存在だ。石井シェフが英国南西部のコーンウォール地方まで何度も通い、活け締めに同意してくれた漁師に根気強く指導を施した話はもはや伝説。UMUは知らぬうちに日本の洗練を享受できる場所となり、釜津シェフがそれをさらに堅固なものにしている。

鮮魚部門を統括するのは創業時からUMUで働くブラジル出身のエベラルド・ネヴェスさん(手前)。シェフが変わらないのもUMUの魅力。
夏の懐石コースの向付は、コーンウォール産ロブスターを添えた爽やかところてん。ロブスターの上品なお出汁と、紫蘇の香り(冒頭写真も)。
釜津シェフが力を入れる煮物椀は、シーバスとズッキーニを花に見立てた繊細な巻きを、昆布とシーバスの一番出汁で。下に枝豆餅が横たわる。

3代目総料理長として釜津シェフが目指しているのも、「イギリスでしか食べられない日本料理」に尽きる。現地の素材を巧みに取り入れた純真な和食からは、ときに目が覚めるようなパンチをお見舞いされ何とも心地よい。いずれにせよUMUの料理は舌の肥えたアッパークラスの人々が好むもので、京都らしい完璧な出汁と薄味が非常に洗練されていると言わざるを得ない。

今回いただいた「夏の懐石コース」は、まさに鮮魚の旨味とバラエティを堪能するためにデザインされたもので、季節の懐石と呼ぶには野菜を主眼とした料理が少ないと感じたが、鮮魚に飢えている日本人には天の恵みのようなコース料理だ。

創業以来、20年に渡ってこの厨房で働く職人シェフがいることも、UMUのクオリティに大きく貢献している。そして釜津さんを除くほぼ全員が、日本外で和食の修業を重ねた人たちだという。つまりロンドンの日本食レストランの紛れもない最高峰カルチャーがここで育まれ、チームとして育ってきているのだ。

釜津さんはこう言う。「チームワークは宝です。伝統の和食に通じた職人を、ここロンドンで育てることも私の使命だと思っています。それがアルゼンチンという異文化から来た自分を受け入れ、育んでくれた日本への恩返しだと思ってるんですよ」。

日本、アルゼンチン、そして英国という全く異なる3つの食文化に深く通じている釜津さんならではの深い洞察も、実は現UMUを支える原動力に他ならない。

お造りの鯛。キュウリとミョウガの和物、ごまソース。握りにはスダチを。名のあるヘッド酒ソムリエが丁寧に季節のコースに合う日本酒を選んでくれるのも嬉しい。
ランゴスティン(ヨーロッパアカザエビ)を丸ごと堪能するお造りと握り。ランゴスティン出汁のジェリー、卵。握りにはキャビアを惜しみなく、ワサビは控えめで。確かな調理技術を感じられる品だ。
お造りと寿司でいただく最高級のマグロ。手巻きには長芋とオクラを添えて。
スダチが香る甘鯛の松笠揚げを上品なお出汁とともに。衣のサクサク感と甘みのある出汁が調和し、あまりの美味しさに顔がほころぶ。

かなり満腹になったところで出てきた締めのホタテ茶漬けが、出色だった。ふぐ刺しのように薄くスライスし、形を整えたホタテが椀の中で美しい円を形作っている。その下には旨味のあるご飯が横たわり、まろやかな酸味の上質トマト出汁を回しかけていただく。そこはかとなく三つ葉が香り、悶絶する美味しさだ。先ほどまでの満腹感が嘘のように、するすると胃の腑に収まってしまった。

スイートコーンを使ったデザートは天才的な仕上がり。コーンの鱗がまるでハリネズミのようにも見えるケーキの中は、イギリスの夏を象徴するベリー類のジャムとカスタードを挟んだスポンジ。スイートコーンのアイスクリームと一緒にいただくと自然由来の優しい甘さが口の中にじんわりと広がる。本日のコースのフィナーレにふさわしい。

焼き物はウェールズ産ラム肉と季節の野菜メドレー。焼き茄子、ごぼう、小松菜。
まろやかな酸味を感じるトマト出汁でいただく驚きのホタテ茶漬け。
ペイストリー・シェフはやはりロンドンで数多くのトップ・レストランで経験を積まれている前田純子さん。

むろんチームワークは優れた個人のスキルが合わさり形作られるものだ。それぞれが発揮する個性と、ハーモニーの賜物である。

UMUはエグゼクティブ・シェフの釜津さんによるチームワークを重視した見事な戦略で、ロンドンの熾烈な和食戦争を生き抜いてきた。次々と新しい店が立ち上がり流行が移り変わっていく中で、UMUは次の10年もロンドンの老舗和食店として貫禄を増し続け、その役割を全うしていくことだろう。

UMU
https://www.umurestaurant.com

text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni

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