イタリア料理と日本料理の融合を見事に成し遂げ、さらに研ぎ澄ます努力をしている東ロンドンのアンジェリーナは、パンデミック期に創業し、苦難を乗り越え進化を続ける実力あるレストランの一つだ。
複数のシェフが、これまでにイタリア料理と日本料理を融合しようと試みてきた。全く異なる風土で育まれた、似ても似つかない調味料を使う両者に共通点があるとしたら、素材の持ち味をできる限り活かすこと、魚介を好み生の魚を食すること、確かな技術に裏づけされた揚げ物の文化があること、などだろうか。カラスミなどの共通食材もある。
フュージョン料理は楽しいが、ともすれば両キュイジーヌへのリスペクトを欠くことになってしまい、結局はボヤけた輪郭の混乱した料理になるか、どちらかの色合いが濃く出すぎてしまうか。そうならないためには、両者への等しくあふれる愛情と、正しい知識が必要となってくるのではないだろうか。
ロンドンにも日・伊フュージョンの取り組みをしてきたレストランはこれまでにもあったが、2019年に東ロンドンで創業したAngelina / アンジェリーナほど職人技が研ぎ澄まされている例はないと言っていい。メニューはコース料理のみ、4コースの「Omakase」または10コースの「Kaiseki」である。今回Kaisekiをいただき、64ポンド(約1万円)という破格値の最上クオリティに、久しぶりに唸ってしまった。
10コースの懐石メニューはこうだ。先付3点は、イクラとラードが美しく輝くカニ肉入り大根餅、サツマイモとゴルゴンゾーラのムースにクルミをトッピングしたフォカッチャ、あん肝ムースとモスタルダを添えた北海道ミルク・ブレッド。オプションとしてマスカルポーネ・クリームでいただく鶏唐揚げトリュフのせもある。
椀物は、洋風の茶碗蒸し。味の濃いキクイモ、歯ごたえも旨味もあるトリ皮、すりおろしパルメザンがカスタードと親和しつつ、舌の上で濃厚なダンスを躍る。ここまではほんの小手調べといった具合で、メリハリのある味付けが後を引くようだ。
続くお造りの饗宴では、まずシンプルな麗しさにドキリとさせられるラディッキオとビーツのさっぱりサラダが先陣を切る。香り高い胡麻ドレッシングが秀逸だ。冬トマトと海藻のジュレでいただく鯛のカルパッチョ、トリュフぽん酢とキャビアが塩気を添えるホタテ、炙りマグロのキンカンのせが、その後に続く。いずれも新鮮そのもので、口の中を高貴な状態に整えてくれた。
続くコースでは、職人技が光る揚げ物2種、濃厚なアサリ出汁をしみじみ味わうポテトとウナギのパスタ料理、3種のソースでいただくショートリブへと、ジェットコースターのような刺激的な流れで愉しませてくれる。
揚げ物は、しぐれ煮のように甘辛い牛ほほ肉を団子にして揚げ、洋ナシのクリームを添えたもの、そしてサクサク感がたまらない繊細な人参かき揚げ。とんかつソースやマヨ、青のりなどをかけたストリート・フード風だ。いずれも完成度が半端なく高い。
コースで最高の一皿だと思ったのは、イカスミを練りこんだパスタ「パッパルピエネ」。中にはスモークした滑らかなポテト&マスカルポーネのピュレが詰まっている。そしてリング状になった王冠型パスタの内側には、淡白な一片のウナギが夢見るように身を潜めている。旨味の強いサラリとした和風アサリ出汁が香り良く全体をまとめ、伊 × 日の完璧な融合を象徴するかのような一品だった。
イタリア × 日本のアイディアは、日本を旅して大いなるインスピレーションを得た創業デュオによるもの。イタリア料理のバックグラウンドを持つ共同オーナーシェフのジョシュア / Joshua Owens-Baiglerさんがメニューを統括しつつ、現在は日本食レストランでの経験が豊富なシェフ、ウスマン・ハイダーさんが全体をまとめているそうだ。
アンジェリーナは創業してすぐに話題となり、筆者周辺の食通たちはいち早く足を運んだが、「美味しいが融合度はどうか」という感想が多かった。それから4年が経った今、シェフたちの経験値も上がって技術も進化し、2つのキュイジーヌをより高い精度で結びつけることができるようになったのではないか。どちらかというとイタリア色が濃いが、フュージョンと呼べる仕上がりとなっている。
懐石コースの最後を締めくくるのは、ほどよい甘さのリコッタ・チーズケーキだった。生地に黒味噌を少し加えているので、ほんのりと黄色い。キーウイ・ソースとクラストを添え、黒胡麻のアイスクリームを一緒に頬張れば、両者が溶け合うその瞬間に、満面の笑みを浮かべたくなることだろう。
Angelina
http://www.angelina.london
text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni