料理人が担う役割にも変化が現れ始めている。「美味を提供する職人」として機能していた料理人が、「社会課題や未だ知らぬ食文化のコーディネーター」とでも呼びたくなるような役回りを帯び始めている。敢えて店舗を持たずに活動の幅を広げる料理人。都市部ではなく地方に目を向け、拠点すら構える人。他ジャンルの料理人やクリエイターと協働する人。思いやミッションを達成するという目的のためなら、手段を問わず、価値を生み出す料理人を紹介する。
世界も国内も関係なく食文化をフィールドワークしインプットした「食の知恵」を翻訳し、ケータリングや料理教室で、知っているようで知らなかった料理をアウトプットする「ヤスダ屋」。
安田花織さんの仕事を味わった瞬間に、私たちは異なる食文化の繋がりを模索する旅に出ることになる。
企業やイベントなどへのケータリング中心に活動し、不定期ではあるが料理教室も開催する「ヤスダ屋」の安田花織さん。懐石料理店やカフェなどで培った技術と理論をベースにした料理でクライアントの好評を得るが、安田さんの真骨頂は、今まで知っているようで実は知らなかった食材や食文化の背景を、料理を通して知ることのできる点だ。
安田さんはとにかくフィールドワークを重視する。芋を主食にする国があると聞けば赤道直下のインドネシアまで飛ぶ。極寒期に雪を1m ほど掘った穴の中で発酵させる「雪納豆」なる食べ物があると聞けば岩手県の山奥まで赴く。「例えば、岩手県西和賀町の雪納豆は、本来納豆が発酵する温度帯ではない雪の中でつくるんです。1 回だけのトライでは成功しなかったのですが、そんな郷土料理のナゾを探った結果に、雪の力をなんとか活用しようとする土地の人々の営みに触れることになるんです」。
地理・気候・経済・物流などの諸条件が重なって郷土料理になる、と安田さんは言う。「それを面白いと感じて欲しいので、発酵のからくりや菌の特性などの難しいことを直接的に語るのではなく、フィールドワークで得た各地の食の知恵を 「 文化的に翻訳 」 する」ように意識しつつ、アウトプットしているのだ。
日本の鮨の原型ともいわれる琵琶湖の鮒ずし。安田さんは毎年これをつくるために滋賀県まで何度か赴くという。そもそも鮒ずしのルーツはタイやラオス北部で水田稲作を行ってきた民族にあるとされるため、炊いたご飯を漬け床にするご当地の魚のなれずし「プラーソム」づくりも学んできた安田さん。鮒ずしもプラーソムも多くの人にとって縁遠い存在。しかし、芋を主食にするインドネシアの文化をかけ合わせ、誰にも馴染みのあるポテトサラダに当てはめることで敷居を下げた。安心感の中で新しい発見や面白さを体験できる状況がこの一品で表現される。
写真中央(左)は、トビウオの卵の塩辛の豆乳ヨーグルトディップに、乳酸発酵させた切り干し大根のアチャールを乗せたもの。豆乳ヨーグルトのホエーにニンニクとマスタードシードを入れ、約30℃で発酵させたものに、青ヶ島で仕込んだトビウオの卵の塩辛を混ぜた。前年に漬けた漬け汁をスターターのように使う長野県木曽町の「すんき漬け」や、タイ北部のユースックで習った、ご飯とアブラナ科の葉の無塩発酵の漬物「オミオチェ」を参考に。写真中央(右)は、タイのチェンマイで学んだ葉っぱの菌で発酵させる製法を参考に都内で自家製した納豆を、トマトと炒めてディップにした。
HOW TO RESERVE
「ヤスダ屋」のホームページにアクセスし「お問い合わせ」から連絡。ケータリングに関しては、食材の調達にかかる時間の関係で3週間前には予約のこと。https://yasuda-shikutan.com/
PROFILE
安田花織( やすだ・かおり)
「ヤスダ屋」主宰。懐石料理店やカフェなどを経て2012年に独立。在日韓国人の祖母の味と日本の農家の母の味、2つの食文化に触れながら育つ。「食を通して社会や暮らしを良きものにする」がミッション。
text 水 亨一
本記事は雑誌料理王国2020年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。