名レストランの料理には美味しいパンが欠かせない――。このベーカリーガイドでは、料理人の指名を受けてパンを焼く名の一流ベーカーをご紹介。料理人のリクエストや哲学をくみ取って、料理を支える最高のパンを作り上げる、ベーカーたちの思いとは?
「ビーバーブレッド」の割田健一さんが焼くパンの向こうには、いつも喜んでいる人の顔がある。最初は一人の誰かのために作られたパンが、やがて店頭に並び、東東京周辺のレストランにも届けられ、気がつくと大勢の人が喜ぶ状況を生んだりする。
「料理人が店を出す時、パンは悩みどころとなりますが、私は最初から割田さんならおいしいパンを焼いてくれるとわかっていたから、悩まなかったです。相談すると1週間後には試作を持って来てくれる。フットワークが軽いですよね。ずっと彼と二人三脚でやってきたような気持ちです。彼のパンから料理を発想することもありますよ」。「ラフィナージュ」の高良康之シェフは「銀座レカン」の料理長時代に、割田健一さんを呼んでパン部門(ブーランジェリーレカン)を立ち上げた。割田さんは言う。「自由な創作の場を高良シェフに与えてもらいました。その時にぼくの中でパンは『売るもの』から『人を喜ばすもの』に変わったんです」。
友人が食べたいパン、料理人のお土産から生まれるパン。その頃から割田さんのパンは常に誰かの顔を思い浮かべてつくられるようになった。「ぼくは流行っているからやってみよう、ではなく、誰かの要望があってやってみようと思うタイプ。いろいろなオーダーに応えたい。わがままは全部聞く。それは得意分野だと思っています」。ゆえに、それができるレストランは限られ、割田さんもパンの卸しはおまけと考える。けれど店の都合やオペレーションもしっかり考える。
「オマージュ」に納めているパンは、オーダーの中でも一番贅沢な部類で、完全にカスタマイズされたオリジナルの生地だ。割田さんが顧問を務めるアンバサドール協会で普及させ、世界中のパン職人たちを魅了したレスペクチュスパニス製法でつくられる。ミキサーを用いず、手で混ぜて、決められた温度に置くというルールを守りさえすればいい。仕込みが難しくなく、設備投資も抑えられるところが、時代に合った製法だ。
割田健一
1977年埼玉県出身。高校卒業後、銀座「ドゥースフランス ビゴの店」でパンの世界へ。2007年第1回「モンディアル・デュ・パン」日本代表に選ばれる。2011年、「銀座レカン」のシェフブーランジェに就任。2017年、東日本橋に「ビーバーブレッド」を開業。
割田さんが持っている5kg以上の巨大なカンパーニュは「マルディグラカンパーニュ」。もともとは銀座「マルディ グラ」の和知 徹シェフの要望で作られたが、ビーバーブレッドでも定番化して販売されているばかりか、他のレストランにも愛されている。ビストロ「ノウラ 」では料理と合わせて、またグラタンなど料理の一部に組み込まれて登場する。
ビーバーブレッド
東京都中央区東日本橋3-4-3
TEL 03-6661-7145
8:00~19:00(土日祝は18:00まで)
月火休
text: Mihoko Shimizu photo: sono/bean