名レストランの料理には美味しいパンが欠かせない――。このベーカリーガイドでは、料理人の指名を受けてパンを焼く名の一流ベーカーをご紹介。料理人のリクエストや哲学をくみ取って、料理を支える最高のパンを作り上げる、ベーカーたちの思いとは?
シニフィアン シニフィエの志賀勝栄シェフの愛弟子で、ドミニク・サブロン各店の統括シェフを務めた後、高級食パンをプロデュースするなど、さまざまな環境下でパンを焼いてきた榎本哲さんが到達した最高に幸せな自身の店のかたちは、地元の町のためにパンを焼くということだった。
「パン デ フィロゾフ」のハード系中心の品揃えは、開業当初から変わらない。神楽坂周辺はフランス人が日本一多い地域。バゲットの需要も日常的にあり、ここでは1日200本を売る。「神楽坂はパン職人がパン生地に集中できる町です。自分で好きなものと合わせて食べてくれる人がたくさんいるから、いろいろなパンをつくらなくていい」榎本哲さんは言う。
「NODO」のプチパン。左から時計回りに、「αバゲットプチ」、石臼挽きの「キタノカオリ」を100%使用した「オリーブ入りプチリュスティック 」、「デュラム小麦100%のプチパン」。フリウーリ地方の郷土料理、サン・ダニエーレのプロシュートなど、アペリティフに合わせるポーションの小さなパンを依頼され、それぞれ味や食感の異なる3つのパンをプチサイズで提供した。
湯種を用いたユニークな「αバゲット」は、パリッとした薄皮がしっとりとしたクラムを内包している。「セクレト」の藪中章禎シェフは、神楽坂のある店でこのパンの美味しさに圧倒され、榎本さんにパンを頼むことにした。「食感が素晴らしいんですよ。ぼく自身も料理において食感を大切にしているので、その点が共通します」。極小のバンズを焼いてもらい、コースの中で一口サイズのバーガーを出したこともある。「小さすぎて成形がすごく大変。焼成も秒単位で変わります」。榎本さんは笑う。
必要なのは、料理人と即座にイメージを共有できる感性だ。例えば「新緑のようなパン」と言われ、すぐに取り出して見せることができる素材や質感、味覚のカードをどれだけ持っているか。そのために、というよりは好きでしていることだが、榎本さんは普段からレストランで新しい味を体験したり、美術館に行ったりして感性を磨く。仕事を受けるのは、パンを取りに来てもらえる神楽坂周辺の店に限っている。地元のシェフたちは互いに仲がいい。昨年の緊急事態宣言中も、顔を合わせて自然に「一緒にやりますか」となって、ランチボックスをつくり、互いの店で同時販売するなどした。シェフたちの仕事への意識、料理の知識などは榎本さんにとって、とてもいい刺激になり、パン職人としての成長にも繋がっている。
セクレト(東京・神楽坂)「αバゲット」(左)、「岩海苔のパン」(右)
湯種のαバゲットは定番で、あとは季節やコースによって変わる。今回は日本酒に合う和の感じ、磯の香りという依頼。米麹のバゲットとαバゲットのハイブリッドで、米の甘みと麹種のアミノ酸のうま味を感じるパン。
1979年東京都出身。「パティスリーペルティエ」で志賀勝栄シェフに師事。2007年に「マキシム・ド・パリ」入社、パリの「ドミニク・サブロン」で研修し2008年に日本に上陸した「ドミニク・サブロン」の統括シェフブーランジェに就任。2016年「俺のベーカリー&カフェ」の食パンを開発、2017年、神楽坂に「パン デ フィロゾフ」を開業。
パン デ フィロゾフ
東京都新宿区東五軒町1-8
TEL 03-6874-5808
10:00~19:00
不定休
text: Mihoko Shimizu photo: sono/bean
本記事は雑誌料理王国317号(2021年8月号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は317号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。