札幌にある「タカオ」高尾僚将シェフは自ら森に入って採取した食材を、自宅のラボで発酵、蒸留させてエキスや香りを料理に最大限に活かしている。それはアイヌの知恵も取り入れ、北海道の食材を駆使した北海道でしか味わえない、「道産子ガストロノミー」だ。
北イタリアのドロミティ地方でミシュラン3つ星に輝いたノルベルト・ニーダーコフラーの「森を料理する=クック・ザ・マウンテン」という大著が今手元にある。ニーダーコフラーは森の生態系そのものを取り入れたイタリア料理を創り上げたが、彼と比肩する世界観をもち、森を料理する料理人が北海道にもいる。札幌「タカオ」の高尾僚将シェフだ。
旭川に生まれた高尾シェフは東京やフランスで経験を重ねた後、25才でイタリア料理に転向。2009年に札幌「oggi(オッジ)」開業後、06年に店名を「タカオ」に変えて再スタートを切る。北海道に戻ってからというもの、以前よりも強くこの地を意識するようになった高尾シェフは自ら森に分け入り、エゾマツや山ウド、木の芽などさまざま植物などを自らの手で摘み、料理へと昇華させるようになる。それは今ならばフォレジングという言葉に置き換えられるが、高尾シェフが他者と決定的に違うのはアイヌの人々と知り合い、ともに森に入ることで貴重なアイヌの知恵を学んだことだ。北海道の人々でさえ普段目にすることはまずないアイヌの保存食の代表が「トゥレプ」だ。これは森に自生するオオウバユリの根をすりおろしてデンプンを抽出し、乾燥させたもの。アイヌの人々はこれを鍋に入れて団子状にしたり、すりおろしてとろみをつけて食べたという。アイヌの暮らしを支えた「トゥレプ」は現在作れ
る人も少なくなり失われつつあるのだが、高尾シェフは「トゥレプ」を再現し独自のパスタを完成させた。北海道産の小麦粉に自家製「トゥレプ」の粉と発酵させた「オントゥレプ」を練り込んだパスタは弾力に富み、実に歯切れが良い。それは世界で唯一「タカオ」でしか口にすることができない、未知の領域へと踏み込んだ希少パスタなのだ。
新千歳空港で高尾シェフと合流し、車で森へと向かう。原生林の中を走ること約20分、高尾シェフはいつも入るという森のひとつへと案内してくれた。雨上がりの北海道の森は明るく、高尾シェフはさまざまな草や葉、小枝を摘んでは腰に下げた籠に入れてゆく。その姿はシェフというよりも精悍なる森の狩人。一通り森での採取を終えると今度は札幌近郊にある自宅へと向かう。高尾シェフは自宅の一室を「タカオラボ」と呼び、採取した木の実などを発酵、蒸留させて料理に使うだけでなく、北海道の自然をテーマとした商品開発にも取り組んでいる。摘んだばかりの木の芽やエゾマツは清々しい清涼感に溢れ、キハダの実は極上の黒胡椒を思わせる上品な香りだった。
「タカオ」ではそうした北海道の森の食材があらゆる料理に姿を変えて登場する。代表料理の「山のエキス」は千歳産のマッシュルームから抽出したエキスが鮮烈な香りを放つ芳醇なるスープで、周りを飾る赤蝦夷松も爽やかな芳香を放つ。「渡り蟹/トゥレプ」は小樽産の渡り蟹の濃厚なソースとトゥレプのパスタの相性が極めて独特。ピーチやビーゴリとも違う独特の食感は忘れ難い。もうひとつトゥレプ
を使ったパスタが「蝦夷鹿舌/行者ニンニク/山葡萄/トゥレプ」。これは白糠(しらぬか)の猟師が捕えた蝦夷鹿の舌を、山葡萄を発酵させた山葡萄酵母で煮込んでラグーにし、パスタにトゥレプと行者ニンニクペーストを練り込んだもの。
取材時にはニセアカシアが満開で、森のあちこちにジャスミンを思わせる香りが漂っていたが「木の芽/ニセアカシア/パイナップル」はそうした香りを閉じ込めたデザート。ニセアカシアの時期にあわせてまた札幌に戻ってきたい、そう思わせてくれるような忘れ難いひと皿だった。
高尾僚将
1974年、北海道旭川生まれ。北海道、東京、フランスで修行後。2009年独立。独立後店舗建て替えの1年半、上海、イタリアンオープンニングシェフ就任。帰国後姉妹店「HASSO azzurro」オープン。2016年「タカオ」オープン。2017年北海道イタリアン史上初のミシュラン1ツ星に輝く。2021年、ゴ・エ・ミヨ「明日のグランシェフ賞」受賞。
TAKAO
北海道札幌市中央区南3条西23-2-10
コンドーマルヤマキラリ1F
TEL 011-618-2217
18:00~
日休
text&photo: Masakatsu Ikeda(Italian Week 100 Director)