森を料理する。北海道テロワールを表現する道産子ガストロノミーの第一人 TAKAO 高尾僚将 23年12月号


札幌にある「タカオ」高尾僚将シェフは自ら森に入って採取した食材を、自宅のラボで発酵、蒸留させてエキスや香りを料理に最大限に活かしている。それはアイヌの知恵も取り入れ、北海道の食材を駆使した北海道でしか味わえない、「道産子ガストロノミー」だ。

北イタリアのドロミティ地方でミシュラン3つ星に輝いたノルベルト・ニーダーコフラーの「森を料理する=クック・ザ・マウンテン」という大著が今手元にある。ニーダーコフラーは森の生態系そのものを取り入れたイタリア料理を創り上げたが、彼と比肩する世界観をもち、森を料理する料理人が北海道にもいる。札幌「タカオ」の高尾僚将シェフだ。

北海道の森を思わせる中庭に面したダイニングルーム。

旭川に生まれた高尾シェフは東京やフランスで経験を重ねた後、25才でイタリア料理に転向。2009年に札幌「oggi(オッジ)」開業後、06年に店名を「タカオ」に変えて再スタートを切る。北海道に戻ってからというもの、以前よりも強くこの地を意識するようになった高尾シェフは自ら森に分け入り、エゾマツや山ウド、木の芽などさまざま植物などを自らの手で摘み、料理へと昇華させるようになる。それは今ならばフォレジングという言葉に置き換えられるが、高尾シェフが他者と決定的に違うのはアイヌの人々と知り合い、ともに森に入ることで貴重なアイヌの知恵を学んだことだ。北海道の人々でさえ普段目にすることはまずないアイヌの保存食の代表が「トゥレプ」だ。これは森に自生するオオウバユリの根をすりおろしてデンプンを抽出し、乾燥させたもの。アイヌの人々はこれを鍋に入れて団子状にしたり、すりおろしてとろみをつけて食べたという。アイヌの暮らしを支えた「トゥレプ」は現在作れ
る人も少なくなり失われつつあるのだが、高尾シェフは「トゥレプ」を再現し独自のパスタを完成させた。北海道産の小麦粉に自家製「トゥレプ」の粉と発酵させた「オントゥレプ」を練り込んだパスタは弾力に富み、実に歯切れが良い。それは世界で唯一「タカオ」でしか口にすることができない、未知の領域へと踏み込んだ希少パスタなのだ。

海水とオリーブオイルをソースにした余市海水雲丹のパスタ。

新千歳空港で高尾シェフと合流し、車で森へと向かう。原生林の中を走ること約20分、高尾シェフはいつも入るという森のひとつへと案内してくれた。雨上がりの北海道の森は明るく、高尾シェフはさまざまな草や葉、小枝を摘んでは腰に下げた籠に入れてゆく。その姿はシェフというよりも精悍なる森の狩人。一通り森での採取を終えると今度は札幌近郊にある自宅へと向かう。高尾シェフは自宅の一室を「タカオラボ」と呼び、採取した木の実などを発酵、蒸留させて料理に使うだけでなく、北海道の自然をテーマとした商品開発にも取り組んでいる。摘んだばかりの木の芽やエゾマツは清々しい清涼感に溢れ、キハダの実は極上の黒胡椒を思わせる上品な香りだった。

自宅内にあるラボには森の食材が多く並べられている。
雨上がりの北海道の森をイメージしたイタドリのデザート。
桜のような香りがするクルマバソウはアミューズに使う。

「タカオ」ではそうした北海道の森の食材があらゆる料理に姿を変えて登場する。代表料理の「山のエキス」は千歳産のマッシュルームから抽出したエキスが鮮烈な香りを放つ芳醇なるスープで、周りを飾る赤蝦夷松も爽やかな芳香を放つ。「渡り蟹/トゥレプ」は小樽産の渡り蟹の濃厚なソースとトゥレプのパスタの相性が極めて独特。ピーチやビーゴリとも違う独特の食感は忘れ難い。もうひとつトゥレプ
を使ったパスタが「蝦夷鹿舌/行者ニンニク/山葡萄/トゥレプ」。これは白糠(しらぬか)の猟師が捕えた蝦夷鹿の舌を、山葡萄を発酵させた山葡萄酵母で煮込んでラグーにし、パスタにトゥレプと行者ニンニクペーストを練り込んだもの。

山のエキス
十勝産のマッシュルームを一人前30個使用し、水分を全く使わずマッシュルーム自身の水分=エキスのみを抽出。この抽出エキスに森で採取した蝦夷イソツツジの蒸留水を数滴加えて味に輪郭をもたせ、生クリーム、バターでコクをだしてある。さらに北海道産のホタテのポワレに赤蝦夷松オイルを塗り森の香りをプラス。真空調理した千歳産椎茸を添えて。
「渡り蟹/トゥレプ」
オオウバユリから採取した自家製澱粉=トゥレプに留萌産の小麦ルルロッソをあわせキタッラ状にした。ソースには小樽産の渡り蟹を殻、内蔵、身と余すところなく使用してある。濃厚なソースと力強いパスタのコンビネーション。独特のコシと食感がありながらも歯切れが良い、高尾シェフに
しか作れないパスタ。
「蝦夷鹿舌/行者ニンニク/山葡
萄/トゥレプ」
高尾シェフ自作のトゥレプは非常に完成度が高い。

取材時にはニセアカシアが満開で、森のあちこちにジャスミンを思わせる香りが漂っていたが「木の芽/ニセアカシア/パイナップル」はそうした香りを閉じ込めたデザート。ニセアカシアの時期にあわせてまた札幌に戻ってきたい、そう思わせてくれるような忘れ難いひと皿だった。

メインの肉料理は「トモサンカク/ハマナス/どんぐり」
「木の芽/ニセアカシア/パイナップル」
6月の北海道はあちこちにニセアカシアが咲き、辺り一面にジャスミンに似た芳香を放つ。「雪が降っている時の香り」など、香りの記憶を料理に表現する高尾シェフはニセアカシアを木の芽のフレッシュな香り、パイナップルの甘味と共に美しいデザートに仕上げた。飾られているのは木の芽の砂糖漬けとパウダー。

高尾僚将

1974年、北海道旭川生まれ。北海道、東京、フランスで修行後。2009年独立。独立後店舗建て替えの1年半、上海、イタリアンオープンニングシェフ就任。帰国後姉妹店「HASSO azzurro」オープン。2016年「タカオ」オープン。2017年北海道イタリアン史上初のミシュラン1ツ星に輝く。2021年、ゴ・エ・ミヨ「明日のグランシェフ賞」受賞。

TAKAO

北海道札幌市中央区南3条西23-2-10
コンドーマルヤマキラリ1F
TEL 011-618-2217
18:00~
日休

text&photo: Masakatsu Ikeda(Italian Week 100 Director)

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