野山の恵みと自家製チーズでプーリアの食のスピリットを深掘り【南イタリア/プーリア料理】オステリア セルヴァジーナ 23年6月号


プーリア州は、オリーブやトマト、アーティチョークなど野菜が豊富な土地として知られ、日本で大人気のブラータの故郷でもある。地味溢れる南イタリアの味を、日本の野草、きのこ、ジビエ、そして自家製チーズで表現するのが、高桑靖之シェフのプーリア料理だ。そこには衒(てら)いのないイタリアの豊かな味が確かに存在している。

南イタリア/プーリア料理とは

プーリア州はイタリア半島の“かかと”に位置し、北部・中部・南部で食が異なる。北のフォッジャ、ガルガーノ半島は地理的に近いアブルッツォ・モリーゼの文化の影響があり、羊飼いの料理がベース。一方、中部と南部はなだらかな平野地帯と海岸で構成され、大規模な野菜栽培、オリーブ栽培が盛んな農業地帯。特にオリーブの生産量はイタリアで一番。

高桑靖之さんが料理の道に入ったのは30歳の時。当時はパスタブームもあり、イタリア料理には興味があったが、調理師学校の夏休みにイタリアを訪ね、南のシチリアから北のトレンティーノまで自転車で回ったのが、決定打となった。多様な地方性にすっかり魅了されたのだという。

調理師学校を卒業した後は都内のトラットリアで働きながら、何かに特化する必要があると考え、その土台を獲得すべく渡伊。トリノ、そしてイタリア旅の中でもとりわけ相性が良いと感じたプーリアへ。伝統料理で知られる中部の「チブス」に入り、半年後に北部ガルガーノ半島のレストランに移った。

細長いプーリアは、北部、中部、南部で食文化に大きな違いがある。海辺と内陸でももちろん違う。レストランで働きながら、休みには各地の店を食べ歩いて知見を広めた。トータルで1年半ほどのプーリア暮らしで、プーリアの人々の食に対する思い、食生活をつぶさに見て、体験し、高桑さんなりのプーリア料理の下地を整えて帰国した。

「州都バーリのある中部や南部サレント地方は基本的に“貧しい”ので、野菜、オリーブといった収穫できたものを料理する、という農民の料理です。一方、北部のフォッジャ地方やガルガーノ半島は、アブルッツォからのトランスマンツァ(季節ごとの家畜移動)の文化の影響があり、ヤギや羊などの肉を食べる羊飼いの文化の影響が強い。中部でパスタといえばオレキエッテですが、北部ではアブルッツォ伝統のキターラも普通に食べます」。

日本でプーリアの食材や器を販売していたイタリア人から譲り受けたピニャータや鍋。
骨ごとぶつ切りにした若いヤギ肉を、ピニャータという煮込み壺に。そのほか野菜、野草をたっぷり詰め、水を加えてオーブンヘ。
パン生地で蓋を密着して“真空調理”。
パンを切って蓋を開ける。
完成までに200度で3時間煮込む。肉は柔らかく、しかも味が肉の中に止まっている。
ピニャータ
プーリアにはテラコッタや陶製の調理道具の伝統がある。ピニャータは本来、暖炉の熾火を利用する煮込み壺。パン生地で蓋を密着させるので真空状態となり、肉も野菜も柔らかく、全ての香りが閉じ込められる。「鍋料理なので決まった分量はありません」と高桑さん。今回の具材は、若いオスのヤギの前脚と首肉、玉ねぎ、セロリ、にんじん、ジャガイモ、にんにく、ミニトマト、自家製のカポコッロの切れ端、西洋からし菜、ローリエ、イタリアンパセリ。白ワイン、水、プーリアのEVO、サーレ・グロッソ(大粒の塩)、フェンネル・シードも加えて煮込んだ。

野菜にしろ、羊にしろ、日本でそのままプーリア現地の料理を再現しようにも制約が多い。高桑さんは、当初、年間通してプーリア料理を提供しようと思っていたが、例えばアーティチョークも現地と同じ味、香りを持つものはなかなか手に入らない。

「日本で入手できるものを使いながら、プーリアの人々の食に対する考え方を料理に投影しようと考えを切り替えました」。その1つがチーズ作りだ。プーリアの人々にとってモッツァレッラやブラータなどのフレッシュチーズは、日本でその昔、近所の豆腐屋さんで日々買い物をしたのと同じように、毎日食べるぶんを馴染みのカゼイフィーチョ(チーズ製造所)で買い求めるものだ。そんな食文化を伝えたくて、高桑さんはチーズ作りを始めた。

牛乳を乳酸発酵させて、レンネットで固め、乳清を抜いた状態のものをちぎる。
塩を加え(日本では塩のないものが輸入されることが多いが、現地では塩が必須)、湯を加える。
少しずつ柔らかくなっていく。
生地が可塑性を持つようになるのは60度を超えたあたりから。
ブラータにはモッツァレッラと生クリームで作ったストラッチャテッラを中に詰める。
ブラータを切るとストラッチャテッラが溢れ出す。
自家製ブラータと野草
ブラータに、野生のクレソン、セリ、ミント、ハコベラ、酸葉、あさつき、タネツケバナを添えて。野草には酸味の柔らかな自家製の柿酢をひと回し。ブラータのミルキーな香り、切ると溢れ出すパンナ(生クリーム)の軽やかな乳脂肪が野草とよく合う。

さらに、野草やキノコは、季節の味を表現するのに欠かせない。「アーティチョークがなくてもタラの芽を使えば同じニュアンスが出ます。素材の見極めは、プーリアの味が出せるかどうかが鍵。見た目はどんどんプーリア料理じゃなくなっているかもしれないけれど、味わいの芯の部分はプーリアなのです」。

自然や農業と密接な関係を持つプーリア料理のスピリットを、高桑さんは独自のアプローチで追求し続けている。

店内にはプーリアの焼き物や小物が飾られ、現地のトラットリアのような雰囲気。
ハンター仲間から頼まれて作ったイノシシの生ハム。1年熟成した生ハムにはアミノ酸の結晶がびっしり。

高桑靖之

秋田県出身。公務員、作業潜水士などを経て、30歳で調理師学校へ。卒業後、都内のイタリア料理店に3年間勤務。イタリアへ渡り、トリノ、そしてプーリアへ。チェッリエ・メッサピカの「チブス」やモンテ・サンタンジェロの「イァラントゥーメネ」で郷土料理を学ぶ。2011年に独立、「オステリア セルヴァジーナ」開業。野草、キノコを採り、秋から早春にかけては猟師として鳥をつ。

東京都豊島区駒込3-2-7 リトル駒込1F
TEL 03-6903-7020
12:00~13:30LO、18:00~20:30LO
月・火休み

text: Manami Ikeda photo: Gaku Yamaya

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