World news Paris : ワインの未来を見つめる、ベルナール・マグレ氏の軌跡


ワイン界に君臨するベルナール・マグレ氏は、現代のフランスが生んだ偉大な実業家の1人だ。1936年ボルドー市生まれで、現役の87歳。所有するワイナリーは世界10カ国、40つ以上にものぼる。

そのうちボルドーには、グラーヴ地区の「シャトー・パプ・クレマン」、サンテミリオン地区の「シャトー・フォンブラージュ」、メドック地区「シャトー・ラ・トゥール・カルネ」。さらにソーテルヌの「クロ・オー・ペラゲ」といった、4つのグランクリュの格付けワイナリーも持ち、それらを含めて21つものワイナリーを運営している。

ベルナール・マグレ氏が所有することで、各ワイナリーのワインの質が格段に上がったことは、周知の評価として知られている。かのワイン評論家ロバート・パーカーが、2009年と2010年のシャトー・パプ・クレマンに関して、パーカーポイント100点というレアな満点をはじき出したという逸話もある。
1990年から、今やナパ・バレーを始め世界中で知られる名醸造コンサルタントであるミッシェル・ロラン氏を起用するという嗅覚にも恵まれた。

ベルナール・マグレ氏
©Bernard Magrez

マグレ氏の人生は、フランスのメディアでは何度も語られているところであるが、興味深いので紹介したい。

自身が獲得した修了書は「木工職人の職業適性資格と運転免許証だけだ」と自嘲気味に語る氏。石工だった父親から愛されたという記憶はなく、13歳で職人学校へ出されたのは、今でも苦い経験であることに変わりはないそうだ。ところが同じような境遇で家を離れたフランソワ・ピノー氏と見習い時代を共にするという、歴史のいたずらとでもいっていい出会いがあった。ピノー氏は、ファッションの複合企業であるケリングの創業者である。2人は同い年であり、またピノー氏も父親との確執があった。グラン・ゼコールを卒業したわけでもなく、フランスを代表する大実業家となった2人は、この頃から友情を育んでいた。

マグレ氏も木工職人の道に進むことはせず、ポートワインを樽で輸入し瓶詰めして売るという商売を中心にした事業が、大型スーパーが台頭するという時代の波に乗り、成功の突破口となった。こうして得た資産と信用を手に、シャトー・パプ・クレマンを皮切りとして、名高いシャトーを次々に取得し、名実ともにワイン商として認知されるようになった。

パプ・クレマンの醸造所。
©Bernard Magrez

昨年の11月、マグレ氏の音頭で「シャトー・パプ・クレマン」の生誕770年を祝うという記念すべき昼食会が、ヤニック・アレノが牽引するミシュランガイドの3つ星レストラン「ルドワイヤン」にて開催された。氏は2011年に芸術的な支援を目的とした「ベルナール・マグレ文化学院」を設立しており、その中で立ち上げた「シャトー・パプ・クレモン カルテット」によるミニ演奏会もこの昼食会の折に披露された。自らが愛する弦楽器を購入し、未来のある若き音楽家たちに託したメセナによるカルテットだ。1713年製ストラディバリウス、1660年製カッシーニ・ヴィオラ、ニコラス・リュポー制作1795年製ヴァイオリン、フェルナン・ガリアーノ制作のチェロという、世界最高峰の楽器を披露する機会になったが、まさに「シャトー・パプ・クレマン」を祝うにふさわしいひとときが演出された。

祝賀のランチ会で話すマグレ氏。
©Aya Ito
シャトー・パプ・クレモン カルテット
©Aya Ito

ところで「シャトー・パプ・クレマン」の名は、のちに畑の所有者となったクレマンス教皇に由来する。先んじた1299年にはボルドーの大司教となり、ブドウの栽培にも力を入れて、領地の設備や管理に自ら携わったという。畑仕事を容易にするために、ブドウの木を列植することを思いついたという発明は、ワイン生産におけるブドウ栽培に大きな革新をもたらした。

マグレ氏がその「シャトー・パプ・クレマン」を取得したのは1985年だったが、当時はこの歴史について全く知らなかったと白状する。「ワイナリーを取得したのは、まずは、チャンスが出現したから、に尽きる。さらに、ボルドーにおいて素晴らしい土地を獲得し存在することで、自身のビジネスの他の部分を牽引したかった」と、その時の思いを隠さず語る。シャトーの取得は決して夢物語ではなく、ビジネスを広げる中でのヴィジョンで手に入れたということは学ぶべきだろう。

クレマンス教皇から由来するという「シャトー・パプ・クレマン」のブドウ畑。
©Bernard Magrez

マグレ氏は80代に入ってからもビジネスの展開は旺盛であり、2020年に入ってからは自社の敷地でビールの生産も始め、イタリアでは新しい土地も手に入れてプロセッコの生産にも漕ぎ着けている。前者ではクラフトビールの伸長、後者ではフランスにおけるイタリア料理と食材のマーケットの拡大を見据えてのことだ。

ところで4つのシャトーにおける区画ごとの畑管理にドローンを使用していることも画期的であり、正確な管理にテクノロジーを駆使することも厭わない姿勢は、今後のワイン造りの世界にも寄与していくことだろう。

ワイン畑では、ドローンやロボットトラックなど、最新のテクノロジーを有効活用。
©Bernard Magrez

2021年には、ワインに関するスタート・アップ企業を助け、業界を活性化する「ベルナール・マグレ スタート・アップ ワイン」という支援団体を、行政の支援なく個人で立ち上げた。「シャトー・パプ・クレマン」に近接するシャトーを、スタート・アップ企業が集える施設として提供している。参加するのは、ぶどうの搾り滓で代替皮革を製造する製造会社や、急激な気候変化で生産に悩む農業従事者を対象にした保険会社、あるいはワインの醸造樽をテクノロジーで管理するテック企業などさまざま。

スタートアップを支援する団体「ベルナール・マグレ スタート・アップ ワイン」の施設。
©Bernard Magrez

今年2023年にはアルザス地方「インターナショナル・ワインアカデミー」の後援者になったばかり。このアカデミー内に「ベルナール・マグレ スタート・アップ ワイン」を開設し、ヨーロッパのスタートアップ企業の支援も行っていくとのこと。特に、データサイエンス、Web3、NFT、Metaversをベースにした革新的なプロジェクトに特化していくという。

未来を担うデジタルテックをワインセクターにも取り入れようとするマグレ氏。ワインの進化のキーを、彼が握っているといっても過言ではない。

「シャトー・パプ・クレマン」生誕770年を祝うランチ会で堪能したワインの数々。
©Aya Ito

text・photo:伊藤 文

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