World news Paris : アラン・デュカス氏と七賢がコラボした「アラン・デュカス スパークリング・サケ」を、パラスホテル「ル・ムーリス」で堪能。


食の都パリで、食ジャーナリストして活動する伊藤文さんから届く美食ニュースをお届けする本連載。2022年10月のある日、伊藤さんは歴史あるパラスホテル「ル・ムーリス」で開かれたランチイベントに参加した。この日のお目当ては、アラン・デュカス氏と七賢がコラボして作った日本酒「アラン・デュカス スパークリング・サケ」だった。

パリ・チュイルリー公園に面する、パリを代表するパラスホテルのひとつ「ル・ムーリス」。10月吉日に、そのメイン・ダイニング「ル・ムーリス アラン・デュカス」にて、山梨銘醸「七賢」による「アラン・デュカス スパークリング・サケ」を披露するランチイベントが、両者の共催にて開催された。日本では昨年2021年に、すでにリリースされているが、フランスでは初のお目見えとなった。

会場となったダイニングルームは、ヴェルサイユ宮殿の「平和の間」をイメージした内装。重要文化財にも指定されている、フランスの文化を凝縮したような空間である。2016年のホテルの全改装では、フィリップ・スタルクがインテリアを手がけ、その贅を今の時代に蘇らせたのは記憶に新しく、世界に誇るフランス料理界を代表するアラン・デュカス氏のパリの居城であり、今回のスパークリング・サケの発表にふさわしい会場となった。

「ル・ムーリス アラン・デュカス」に七賢が勢ぞろい。日本酒に合わせた料理を創作した料理長アモリ・ブウール氏にも称賛の声が集まる。
photo:伊藤 文

ランチイベントに到着し、着席の前に歓迎の印として振る舞われたのは、その「アラン・デュカス スパークリング・サケ」である。ほんのりと冷えたそのスパークリング日本酒のテクスチャーに驚いた。立ち上る繊細な泡を、白くたおやかな花の香りとともに包み込むような口当たりだ。口の中を優しく覆うと言ったら良いか、柔らかな水を彷彿とさせるようで、スパークリングドリンクで求められがちな泡立ちとは逆方向の、岩清水のような飲み物だった。

このスパークリング・サケをアラン・デュカス氏の期待に応え、ともに作り上げたのは、名酒「七賢」を生む「山梨銘醸」の醸造責任者、北原亮庫氏(39歳)である。2014年に当役職に就任し、1歳上の兄で「山梨銘醸」の13代目、北原対馬氏とともに、約300年の歴史を持つ自社を継ぎ、そのDNAを次の時代へ繋ぐための哲学を堅固にしている。

亮庫氏は、「持続こそが力」を信念に、自身の道を着実に堅固にしてきた。実は、サッカー選手の中田英寿氏と同じ高校出身で、プロのサッカー選手を目指したが、怪我がきっかけで半ば諦めた。そして日本酒の世界へと、足を踏み入れたときの決意が、「持続こそが力」だった。

「山梨銘醸」の醸造責任者、北原亮庫氏

コラボレーションのストーリーは2017年に遡る。「サケ・コンペティション2017」にて、協賛するダイナーズクラブによる「ダイナーズクラブ若手奨励賞」を受賞したことが、「アラン・デュカス氏の調香師」との異名を持つジェラール・マルジョン氏との出会いにつながった。

マルジョン氏は1999年の「スプーン」のオープン以来、日本に毎年6、7回は足を運んできた。「ミステリアスな飲み物」である日本酒についても経験を深めていた。亮庫氏から招かれ蔵へ訪問をした時のことは今でも忘れないという。マルジョン氏は亮庫氏に「あなたの酒をテイスティングする前に仕込み水を飲みたい」と頼んだそうだ。七賢では、仕込み水に白州・甲斐駒ヶ岳の伏流水を使用しているが、酒蔵内には、その伏流水を採水している場所があると聞いていた。蔵に到着したばかりの時刻は深夜23時。コップを持っていき、飲んだ水に感銘を受けた。「たぐいまれなる味わい」だったのだ。テクスチャーの柔らかさはすでに日本酒のようだった。「一緒に日本酒を作ろう」という言葉が口をついて出た。そして翌日マルジョン氏はすべての日本酒をテイスティングした後に心を決めた。アラン・デュカスとして、一緒に「コメのシャンパーニュ」を作る、と。これが2018年のことである。

ジェラール・マルジョン氏。完成した「アラン・デュカス スパークリング・サケ」を手に。

対する亮庫氏は、酒造りの中で、日本全国の水を飲み比べてきた。そんな中で、山梨銘醸の歴史のもととなる、白州の水の特異性を改めて知るのである。初代蔵元の中屋伊兵衛が白州の水に惚れ込んで、この地に蔵を構えたということの意味――。標高2900mの甲斐駒ケ岳の頂に積もる雪解けの水が、数十年を経て流れ出た水を使う。歴史を辿れば、海底にあった地溝帯が隆起して出来た特殊な地層であるからこそ、柔らかさの中にミネラル感を備えている。亮庫氏は常に、白州の水を中心に、さまざまな味わいを合わせ、バランスに優れた日本酒を作ることに注力してきたという。マルジョン氏からの白州の水への称賛は、何よりも力となったに違いない。

マルジョン氏はコラボレーションにあたって、亮庫氏に大切な20のキーワードを投げかけた。「謎めいた、悩ましさ、心の安らぐ、平穏、リュクス、活力ある、ミリ単位の酸味、辛口、複雑性、余韻の長い、唾液を分泌させるような・・・・・・」など。それをマルジョン氏は「シトー会的なのですよ」(シトー会とは、カトリック教会に属する修道会のこと)と笑う。つまり、彼自身が常に求めるのは、華美な味わいではなく、内に秘めた、滲み出るような美なのだ。

キーワードには「Expresson 2019」の文字もあった。これは三世代にわたり大切に熟成管理された25年熟成大吟醸古酒を使用した瓶内二次発酵による2019年限定のスパークリングだったが、これをマルジョン氏が試飲した時に、ほぼシャンパーニュの味だと思ったそうだ。亮庫氏曰く、「リンゴ酸を際立たせており、爽やかさのある味わい」。これで方向性が決まった。

仕込み水となる白州の水は、甲斐駒ケ岳の頂に積もる雪がもたらす

今回は、3通りの日本酒をブレンドするという特殊な方法をとっている。1つは、味わいに深みをもたらすよう、仕込み水の代わりに日本酒で仕込んだ貴醸酒。2つ目は、日本を表す桜の樽で寝かせ、ほのかな香りをつけた純米酒。この桜の樽は、亮庫氏が苦労をして探し当てたものである。3つ目は、「Expresson 2019」の特徴でもあったリンゴ酸に着目した、リンゴ酸を立たせた濁り酒。これらをブレンドし瓶内二次発酵させ、ドサージュなしで澱引きしてクリアに仕上げた。2020年はご存知の通り、パンデミックに入って、直接のやりとりは不可能だったが、オンラインで試作のテイスティングを行いながら、細密なブレンドを成功させたのだった。

「地中海からインスピレーションを得た日本酒である」ともアラン・デュカス・グループは定義づけるが、それは地中海と白州の水にある「l’Essence de l’Eau/水の精」という共通項からだ。海底から隆起した地層を通った雪解け水に、地中海と同じミネラルを感じるのは、水の持つ、ある種、霊性が宿る永遠性に敬意を払いながら、同じスピリッツを持って食卓芸術に挑むプロフェッショナルだからこそだろう。

「アラン・デュカス スパークリング・サケ」は優れたシャンパーニュと同様、どんな料理にでも合うし、コースを通して楽しめるとマルジョン氏。「ル・ムーリス」の料理長アモリ・ブウール氏は、スパークリング・サケをはじめ、七賢が作る日本酒のためにランチコースを編み上げたが、至高なるマリアージュとなったことは言うまでもない。

サケスパークリングのお披露目会にて。左から、北原亮庫氏、北原対馬氏、アラン・デュカス氏、ジェラール・マルジョン氏。
photo:Arisa Suda

山梨名醸
https://www.sake-shichiken.co.jp/

text・photo:伊藤 文

関連記事


SNSでフォローする