ダイコンの日本への伝来は弥生時代とされ、ヤマイモやサトイモ、ウリなどとともに、日本最古の伝来野菜のひとつとされる。エジプトや地中海東岸一帯が原産地とされ、そこからヨーロッパとアジアに伝わった。アジア側のルートは、中東を経て北と南。北の道は中国北部や韓国を経て日本へ。寒地を経たので〝かたいダイコン〟に。南の道はインドや東南アジアを経て九州や沖縄へ。こちらは暑さに強い〝やわらかいダイコン〟となり日本に来た。
ふたつの道が〝再会〟した日本では、多様なダイコンが生まれた。世界一の重量を誇る「桜島大根」と世界一の根の長さを誇る「守口大根」、ニンジンのような姿の「アザキダイコン」。ほかにも、その土地の土や気候に適応して形を変えたダイコンがいくつもある。ここではその形に注目しながら、100年以上前から栽培されるダイコンを紹介する。
伝統的なダイコンはないが、現在は道内各地で栽培され、収穫量は全国1位2012年、17万t)。雪氷で保存する雪氷ダイコンが人気。
鮮やかな紅い色と強い辛みがある。水分少なく、繊維が多いのも特長だ。地元では冬場に凍みダイコンにして保存食にしている。
目が覚めるほどの辛さの辛味大根。
山形県内に伝わる3種のダイコンは、藩政時代から栽培されており、主に漬物にされる。梓山大根は直江兼続が栽培を広げたとも。
約300年の歴史を持つ。白い根の部分は小さいが、茎と葉の部分は1mにもなる。栽培農家わずか1軒で、存続の危機に直面している。
全国でも金山町(太郎布高原)だけに自生する。高麗人参のような形だが、辛みが強い。「あざむく」が転じて名前がついたとも。
1920年頃、練馬細大根と美濃早生大根を交雑して誕生。沢庵漬けに向く。
辛みが強く、大根おろし向き。 1600年代の記録に登場する武蔵の国の特産品。
江戸時代末期に、亀戸香取神社周辺で盛んに栽培されていた。普通の大根よりも小ぶりでキメが細かく、カブのような食感が魅力。
多摩川流域の肥沃な土地で育つ。江戸時代に現在の杉並区付近で栽培されていた「源内づまり」という品種が世田谷区大蔵付近に伝わった。
長野県は山の多い地形のため、村が隔離されたことで独自の生活文化を形成されたという。ダイコンにも多種多様な地域性を反映し、伝統的なダイコンが8種類もある。
肉質はとても柔らかく、辛味と甘味のバランスも良い。
大根には珍しく表面の色が赤紫色で、中は真っ白。
長さ20cm、根径 5~6cm程。首部は淡い黄緑色。
肉質はち密できめが細かく、歯切れよく風味がある。
芭蕉が更科紀行で詠んだ辛み大根。首部より下が太い。
辛味と甘味がバランスよくあり、水気が少ない。
硬くて水分が少なく、とても辛いのが特徴。
蕪のような形で、肉質は緻密、水分が少ない辛み大根。
根の長さが1mにもなる。細根大根とも呼ばれ、江戸時代には長良川沿いの農家が年貢米として大根を収めていたともいう。
冬の寒さから身を守るために糖分をため込む。味に甘味と深みがある。
愛知県と岐阜県を流れる長良川流域で栽培が始まったとされ、現在は愛知県扶桑町と岐阜市の2カ所のみで続けられている。
宮重大根は、青首大根の元祖といわれ、市場に流通している大根の半分以上はこの系統に属す。江戸時代、尾張藩主に毎年献上されたという。方領大根は肉質密で、煮るとおいしい。
「伊勢たくあん」に用いられる。宮重系を母体とし、練馬、美濃早生を交雑。
聖護院大根は、江戸時代後期に尾張から、聖護院の農家に伝わったダイコンがルーツ。栽培するにつれ、丸い形になっていったと言う。
とっくりの形をした小型の「とっくり大根」は、辛みがやや強く主に沢庵漬け用に。岩国赤大根は表皮が鮮明な赤色で、中が純白の丸ダイコン。
ギネスに認定された世界一大きいダイコン。重さは通常で約6kg、大きな物になると約30kg、直径約40~50cmに。200年以上の歴史。