パンデミックに突入する直前の2020年に発表されたミシュラン・ガイド・フランス版にて、新しい格付け「グリーン・スター」が発表されたのは記憶に新しい。約50店のレストランが表彰された。他国のミシュラン・ガイドでも順次取り入れ、2023年2月3日現在、世界中で421軒のレストランがグリーン・スターに格付けされている。21世紀に入り地球環境問題が世界的に切迫しているなか、レストランガイドとして、美味しい店を紹介するだけで漫然としているわけにはいかない時代となった。
2015年の国連総会では、人類が地球上で暮らし続けていくために必要な国際社会共通の目標として「2030年までに達成すべき、持続可能な開発目標(SDGs)」を掲げた。その翌年には国連総会が国際デーとして「持続可能な食文化の日」を設け、毎年6月18日に定めた。食糧生産における環境破壊や生物多様性の損失、食糧不均等問題など、近い将来に人類の存続さえ左右しかねない世界的な課題に、世界中の人々が一人ひとり取り組むことを喚起させるためだ。
フランスには、マクロン大統領が推し進め2018年に採択された「エガリム法」がある。主な内容は「農業流通を改善し、農家に妥当な報酬を支払う」、「食品の衛生・環境、栄養面での品質を向上させる」、および「全ての人に持続可能な食料を提供することと食品ロスとの闘い」である。2020年からは、外食産業でのプラスチックのコップとストローの使用を禁止。2021年からは、残した食べ物や飲み物を持ち帰るためのドギーバッグなどの再利用やリサイクル可能な容器の提供の義務化など、サービス全般においても社会的責任を果たすことが求められている。このように食と環境保全が密接に結びついている時代にあり、環境配慮型のレストランが世界的に増えている。ミシュランとしても「グリーン・スター」の格付けを加えたのは自然な流れでもあった。
パリ11区にある1つ星レストラン「セプチーム」のオーナーシェフ、ベルトラン・グレボー氏も、2020年の発表からグリーン・スターを獲得しているシェフの一人だ。2017年からレストランの隣に小さなラボを設け、発酵食品の研究開発に取り組んでいる。
「食材を発酵させ保存する技術は先人たちの知恵でしたが、サステナビリティを問われ、飽食かつ飢餓という不均衡に直面している現代にこそ、活かすことができる。食材を保存してフードロスをおさえるという循環は、未来の料理に貢献できるあり方だと感じたのです」と、パンデミック以前に語っていた。フランスで多用される、塩水を利用した乳酸発酵にヒントを得てさまざまな野菜をピクルスにした。人参を皮ごと、あるいは料理に使わない葉なども漬けてみると、素材の個性的なうま味が深まり、減塩にもなった。このグレボー氏の考えは若手の料理人達にも波及して、ピクルスを常備し、料理の味わいに深みを持たせる隠し味としても利用されている。またグレボー氏は同時期にノルマンディ地方にオーベルジュ「デュヌ・イル」もオープン。菜園も作り、食材のショートサーキットにも取り組んでいる。
パンデミック以降、自然を求め地方へと目を向ける料理人が増えた。特にパリからだが、都会から地方へ引越しをするレストランが目立つようになった。グレボー氏の動きは、その先駆けであったといっていい。新しいところでは、世界各国のレストラン1000軒をランキングするフランスのガイド「ラ・リスト」の2023年版で「発掘すべき新店」に選ばれた店の一つであり、本誌パリ情報でも紹介した「ル・ドワイユネ」。オーナーシェフはパリで活躍し、注目されてきたオーストラリア人の2人。
30代後半のジェームズ・ヘンリーとショーン・ケリーだ。場所はパリから南に35kmほどのエソンヌ県サン・ヴラン、車で1時間弱ほどの場所だ。オーベルジュは巨大な菜園を備えている。目の前で育てた新鮮な野菜を味わえるという贅沢は、何ものにも変えがたい。
また、マルセイユの3つ星レストラン「プティ・ニース」の元総料理長セバスチャン・タントも、やはりパリ郊外コンピエーニュに菜園付きの店をオープン。ジュヴェルニーに近く、もともとカトリーヌ・ドヌーヴの郊外の別荘だった場所もオーベルジュになった。エコロジーをテーマにしたスタートアップのホテルグループの傘下に入ったが、レストランの監修をするのはパリのパラスホテル「プラザ・アテネ」のメインダイニングで3つ星だったアラン・デュカスのレストランの元シェフ、ロマン・メデールだ。「菜園で栽培できる野菜や果物は限られるが、それは地元生産者の発掘にも繋がっています。できるだけショートサーキットを守れるよう、地元との繋がりを強めて食材探しに力を入れています」と、メデールは言う。
昨年、ロワール河畔のブロワにオープンした「フルール・ドゥ・ロワール」も、その潮流上にある。オーナーシェフであるクリストフ・エは、隣町にあった2つ星「メゾン・ダ・コテ」を移転。「皿に乗せる食材はほぼ100%地元のもの」と誇るが、チョウザメ肉にキャビア、トリュフ、サフランなどの食材も上り、驚きを隠しえない。食卓の色彩がすなわち、この地方の豊かさである。「畑の一角にコンポストを設け、自然の恵みはすべて頂くか、土に返す」とも。牛の骨で作るガラムや、魚の骨から作るゼラチン質の多いソースも、料理に華を添えてくれる。
このように、地域に貢献しながら環境問題も考えるのがシェフたちのスタンダードとなった。1954年に発足したホテルとレストランの非営利会員組織「ルレ・エ・シャトー」が昨年の年次会議で新副会長に選出したのも、マントンの3つ星レストラン「ミラズール」のオーナーシェフ、マウロ・コラグレコだった。 コラグレコはサステナブルな料理を推進する活動家としても知られている。自家菜園を持ち、有機ゴミは自分たちでコンポスト化して有用な堆肥にするなどは、以前から取り組んでいた。イタリアで立ち上がったプラスチックフリー認証機関と協力し、2019年の年末にレストランとして初めて認証を得ている。例えば、以前は年間計7万kmも消費していたという食品用ラップを、全く使用しないという結果にこぎつけた。こうしたコラグレコの活動に賛同して、フランスでも多くの料理人がプラスチックフリー認証に挑戦し、獲得店も増えている。例えばジャン・シュルピス率いるアヌシー湖畔の「ジャン・シュルピス」(2つ星)、エマニュエル・ルノー率いるムジェーヴの「フロコン・ドゥ・セル」(3つ星)などである。
海の環境にも意識は向けられている。大西洋沿岸の港町ラ・ロシェルに自身の名前を冠したレストランを持つ 3つ星シェフのクリストファー・クッタンソーは、ここ数年、自然保護団体やメディアを通じて、持続可能な漁業を推進するキャンペーンを展開している。 大西洋の海の健康がここ数年良好であることが知られているが、こうしたクッタンソーなどによる活動家としてのシェフたちの呼びかけも、起因しているとい言っていい。
これからのシェフたちは、もはや料理を作るだけではない。地域を、あるいは国の健康と未来を担う、フランスの大使でもある。
text:Aya Ito