この1月、ロンドン西部のノッティング・ヒルにパレスチナ料理の第一人者によるレストランAkubが誕生。その洗練されたスタイルで話題になっている。ベツレヘム生まれのシェフが提案する現代の味とは?
ロンドンに暮らして幸いに思うのは、120を超える国の本場の味に、日常的に接することができることだ。特に英国は歴史的に中東地域との結びつきが強く、移住者たちが手がけるレストランは星の数ほどある。レバノンやトルコ、イスラエルやイランの料理は、共通点は確実にあるのだが細部では異なり、使うスパイスやハーブ、ニンニクの量などでも区別できるものだ。
そしてパレスチナに特化した料理店は、ロンドンといえども少ない。「エルサレム料理」をうたう店を入れても両手で数えられるほどだ。そのリストには筆者が何年も前に参加したパレスチナの人々によるチャリティ目的のサパークラブも入れたいところで、かの地の家庭料理のエッセンスを垣間見た気がしたものである。
この1月、そんなロンドンに本格的なモダン・パレスチナ料理のレストラン「Akub / アクブ」がオープンし、注目を集めている。生みの親である共同オーナー・シェフは、現代パレスチナ料理の権威と言われるFadi Kattan / ファディ・カタンさんだ。ベツレヘムで生まれ育ったファディさんは2015年、初のレストランFawdaを故郷にオープン。祖母から受け継いだ味をベースにパリやロンドンで得た経験を活かし、母国の味を発展させてきた。国情不安などをかんがみ、今回のロンドンでのオープンとなったそうだ。
「Akub」とはパレスチナに自生するライフサイクルの早い食用アザミのことで、青紫色の花が美しい。同地の四季の移ろいだけでなく、ファディさんが考えるパレスチナという地域の本質を、この植物の名前で表しているそうだ。
メニューをざっと見ても、Nabulsi(チーズ)、Maftool(穀類)、Mousakhan(鶏肉料理)など、ふだん見慣れた中東料理とは違うキーワードが並ぶ。中東というとケバブのようなグリル料理を思い浮かべがちだが、パレスチナでは煮込み料理も劣らず人気で、野菜もハーブもふんだんにある。Akubでは英国産の生鮮食品を使って、パレスチナ産のフェアトレード食材を組み合わせ、地元ならではのフレーバーを再構築している。
伝統食を現代風に解釈した料理の中には、初めていただく味もあった。例えばイギリスでは珍しい小茄子を使った前菜。小さな茄子のお腹に野菜とクルミのピクルス、ハーブがたっぷりと詰め込まれ、ほどよい柔らかさの茄子とともに頬張る。甘酢に漬けた生野菜の歯ごたえとハーブの香りが、とてもデリケートだ。
各種ソースにはヨーグルトやタヒーニなどが使われているようだが、色は変幻自在。例えばカボチャのダンプリングはピンク色のビーツ・ソースで、エイヒレをブドウの葉で包んだ魚料理には、みずみずしいコリアンダーのソースを合わせるといった具合に。いずれもやはり、繊細な味わい。(ちなみにエイはユダヤ教で許されているコーシャ食材ではないところも、一般的なイスラエル料理と一線を画すところかもしれない。)
主菜に中東料理の定番である仔羊すね肉の煮込みを試してみたが(冒頭の写真)、運ばれてきた途端、お皿から立ちのぼる優しいアロマにうっとりさせられた。ミスタカと呼ばれるハーブのタイムのような香りと、アニシードの芳香を放つフェンネルの黄色く可憐な花が早春のラムを彩り、食卓に大輪の花を咲かせた。
そしてデザートには、フェヌグリークとカルダモンが香るババを。バラとピスタチオという中東の黄金コンビが純白のクリームを飾る特大ババだったが、あっという間にお腹に収まってしまった。パレスチナの食は欧州各地の影響も受けており、このデザートも両者のフュージョンと言えるだろう。
Akubの料理は、味よくお行儀がいい。ロンドンで洗練のモダン・パレスチナ料理をいただけることもありがたい。しかしもう少しシズル感があってもいいのかなと思った。仕事で忙しく飛び回るファディさんが全幅の信頼を寄せる女性ヘッドシェフに敬意を表すると同時に、次回はファディさん本人がキッチンにいるときにもお邪魔してみたいと思う。そしてパレスチナについて、食文化からもっとよく知るチャンスがあればと願う。
Akub
https://www.akub-restaurant.com
text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni