【いわてから食の未来を考える】岩手の食の最前線を訪ねるVol.2

痒いところに手が届く“加工もできる魚屋”地元の魚屋だからこそ持つ情報も活用を/丸友しまか有限会社(宮古市)

2022年10月、「いわてガストロノミー会議」の開催に先駆け、岩手各所でさまざまな取り組みを行う生産者を訪ねる視察ツアーが実施された。本記事は、今後の食のあり方をそれぞれに追求する生産者とその取り組みを紹介する第2回目。今回は宮古市、田野畑村、野田村、普代村の生産者や取り組みにフォーカスする。

痒いところに手が届く“加工もできる魚屋”
地元の魚屋だからこそ持つ情報も活用を
/丸友しまか有限会社(宮古市)

宮古市魚市場や大船渡市魚市場で水揚げされた旬の魚介類を扱う、岩手県宮古市の丸友しまか有限会社。首都圏近郊を主とした飲食店への鮮魚の卸しや、「らでぃっしゅぼーや」などの個配サービスへの水産品の提供に加え、自社オリジナル商品の開発や販売なども幅広く行う。

加工も多く請け負うが「自分たちはあくまで魚屋」と話すのは、社長の島香友一さん。扱うのは“前浜でその日に獲れた魚”のみだ。魚市場では、確かな目利きで納得した魚だけをセリで仕入れ、“加工のできる魚屋”として細かなニーズにも対応する。

昨今では、ゴミ処理に経費がかかることや、厨房の狭さ、人員不足といった理由から、取引先の飲食店の半数以上がフィレや切り身の状態での発送を希望する。フィレや切り身だと店舗での作業を効率化できるだけでなく、出荷の段階で品質や鮮度を確保できるメリットもある。

「温暖化の影響と思われますが、切ってみたら身がダメだったというケースが稀にあります。見ても触っても外側からは全くわからないことがあるんです」。そういった事例もあるので、丸友しまかでは、品質や鮮度を担保するためにも、魚まるごとのオーダーの場合も手つかずを希望されない限り、エラやお腹を最低限キレイにしてから発送している。

「さまざまなシェフとお付き合いしてきてわかったことは、一人ひとりこだわりが異なるということ。血抜きや神経締めといった魚の処理方法はもちろん、切り身のサイズや真空パックの内容量、魚の詰め方、氷の入れ方など、些細なことからできる限り希望に応えています」。

丸友しまかオリジナル商品の「宮古トラウトサーモンのへしこ」。福井の珍味として知られるサバの糠漬けをサーモンで展開。あと引く塩味と濃厚な風味でサーモンの新たな楽しみ方に出会える。

一方で、飲食店からのリクエストに応えることが難しくなったこともある。価格や固定品種の確保だ。

秋サケが豊富に獲れることから宮古市は「サケのまち」と親しまれてきたが、震災で海の状況が変化したことや温暖化の影響から、秋サケをはじめ、漁獲量全体が年々減少を辿る。加えて、これまで獲れることのなかった南方系の魚の水揚げが増え、獲れる魚の種類や時期の予測が難しい状況が続く。

「たとえ希望の魚が揚がっても、セリ落とせないこともあります」と島香さん。宮古市魚市場では、中央市場へ出荷する仲買業者も、加工業者も、街中の魚屋もすべて同時にセリする。宮古の魚は質が良く全国で需要が高いため、水揚げ量が少ないと必然的に価格が釣り上がる傾向にある。

また、オーダーでは“旬”の認識が異なることも少なくない。例えば、サワラ。一般的には春が旬の魚だが、宮古の場合、春のサワラはお腹に卵を持つため身質が落ちる。本州一の水揚げ量を誇るマダラも同様に、冬は白子や鱈子に栄養がいくため、身を味わうならば夏ダラが格別だという。

「使いたいメニューによっては白子をフレッシュで提供し、身はワンフローズン(水揚げ直後に凍結させて高い鮮度をキープする産地ならではの手法)した夏ダラの活用をすすめることもあります。同じ魚でも地域や時季によって状態が異なり、歩留まりなども大きく異なってくる。地元の魚屋だからこそ持っている情報も案外たくさんあるので、そこも含めてどんどん活用してもらいたいですね」

丸友しまか有限会社
岩手県宮古市千徳第13地割32-15
0193-62-1332
https://www.marutomo-shimaka.jp/

“捕る”漁業から“育てる”漁業へ
漁獲量減少の危機を救うべく養殖に取り組む
宮古トラウトサーモン/宮古市産業振興部水産課

令和4年の水産庁の発表によると、世界の養殖収穫量は過去20年間において約4倍に拡大し、現在は生産量全体の50%超を養殖が占めている。日本でも生産量は23%に留まるが生産額では約50%を占めるなど、漁業のトレンドが“捕る”から“育てる”へシフトチェンジしつつあることを実感させられる。

震災以降、秋サケをはじめ、タラ、イカ、サンマといった主要魚種の水揚げ減少が続いている宮古市でも、その補完を目的に「トラウトサーモン」の養殖に取り組み始めた。ニジマスを品種改良したトラウトサーモンは、大型で身色がよく刺身としても加工品としても広く重宝されている。

トラウトサーモンが選定された主な理由は、出荷時期が魚市場の閑散期と重なる3月〜7月であること、当初の候補であったギンザケよりも単価が高く刺身商材としての人気も高いこと、加工に向いていること、海外マーケットへの出荷も期待できることなどが挙げられる。

養殖初回は2019年11月に10tの種苗を投入。400gの稚魚を2kg以上に成長させて、水揚げ50t以上を目標にスタートした。2020年4月に初出荷。初競りでは1kgあたり1000円という高値で落札した。初年度の結果としては、総水揚げ量は目標を超える51tを記録。価格平均は863.6円と、概ね順調な滑り出しとなった。

2020年はコロナ禍の影響を受けて水揚げ量(89t)も単価(平均632.83円)も伸び悩んだ。しかし、2021年は水揚げ量こそ108tと目標の120tに届かなかったが、単価は平均1036.12円と高値を打ち出した。市場からの引き合いも強く、商品としての実力と成長を感じさせた

浄土ヶ浜パークホテルの久坂正男料理長による、宮古トラウトサーモンをふんだんに使用したお弁当。
浄土ヶ浜パークホテルの久坂正夫料理長による、宮古トラウトサーモンをふんだんに使用したお弁当。

最も食べる寿司ネタとして10年以上トップを走り続けるサーモン。その人気から国内産養殖サーモンの需要が高まり、現在「ご当地サーモン」は全国100ヶ所以上でさまざまな取り組みが行われる。岩手県内でも宮古市をはじめ、久慈市、大槌町、山田町、釜石市の5つの自治体でそれぞれサーモンを養殖する。

ご当地サーモンは、漁場確保の難しさや環境汚染への配慮などさまざまな理由から生産量が数十t規模のものが中心となり、地元でしか出回らないものも多い。そのため、収益の安定化や地域活性化へとつなげるためには、特産品としてのブランド確立が重要となる。

視察中には、丸友しまかの「へしこ」や、海鮮丼の具材をビンにつめた「瓶ドン」などの土産品をはじめ、飲食店や道の駅などでも「宮古トラウトサーモン」を使ったメニューをたびたび見かけ、新たな名物としての現地での認知度や期待値の高さを垣間見た。市内のスーパーなどでも広く陳列され、地元消費者の間でも人気は上々のようだ

視察ツアーでは、浄土ヶ浜パークホテルの久坂正男料理長による宮古トラウトサーモンをふんだんに使用した弁当が用意された。刺身では、もっちりとした食感にほどよい脂のりでクセのないさっぱりとした味わいの宮古トラウトサーモンを堪能。炊き込みご飯、麹味噌漬け焼き、コロッケにも使用され、炊いて焼いて揚げてと手を加えても個性を損なわない、汎用性の高さも十分に感じられた。

目下の課題は「稚魚の確保」だという。当初は県内の養殖業者から購入した稚魚を扱っていたが、トラウトサーモンの稚魚を育てる専用施設を市内に整備し、規模拡大と増産を目指す。さらなる成長が期待できる宮古トラウトサーモンの今後を見守りたい。

宮古市産業振興部水産課
0193-62-2111

未来に続く食糧生産基地を作る
SDGsの最先端をいくサステナブルミルク
田野畑山地酪農牛乳/吉塚牧場(田野畑村)

放牧地を案内する吉塚公雄さん。視察では息を切らしながら牧山の中腹まで歩いたが、牛たちははるか頭上の急斜面でくつろいでいた(吉塚さんの背中の中心あたりに見える黒い点が牛)。

岩手県田野畑村は、村土の約9割弱が森林・原野という典型的な中山間地域だ。中山間地域とは平野でもなく山林でもない傾斜地のこと。日本は国土の7割を中山間地域が占め、古くから棚田や果樹園として利用されてきた一方で、本来は農業に不利な地理的条件であるため、その活用が課題となっている地域も少なくない。

吉塚牧場は田野畑村の傾斜地を活かした「山地(やまち)酪農」を実践する日本で数少ない牧場だ。

山地酪農は牛本来の生命力を生かす酪農スタイル。昼も夜も一年中、牛を牧場ならぬ牧山へ放牧する。45度という急勾配も含まれる起伏に富んだ山中も、牛は難なく自由に歩き回り野草をふんだんに食べてストレスなく育つ。

牛が食べる野草の主となるのは、在来野草のニホンシバ。繊維質が豊富で牛にとって最高のごちそうになるだけでなく、大地に根をしっかりと張るため表土の流出を防ぎ、台風などの自然災害にも強く洪水を起こさない山をつくる役割も担う。

「田畑にすることができない傾斜地と在来野草のニホンシバを主に活用して、牛と山を育てるのが山地酪農。人間が食べられない草や葉を牛が食べ、牛乳という価値の高い食料を生産する。お天道様と雨と豊かな表土という尽きることのない最大の資源を活用した、牛にも人にも地球環境にもやさしい酪農です。なぜもっと普及しないのか不思議でならない」。

そう話す吉塚公雄さんは千葉県の出身で、大学時代に山地酪農を知り深く共鳴。提唱者の猶原恭爾(なおはら・きょうじ)博士から直接指導を受け、先に田野畑村で山地酪農を始めていた大学の先輩である熊谷牧場の熊谷隆幸さんを頼り、移住した。牧場づくりは山の開拓からスタート。移植したニホンシバが定着し、傾斜地に適した牛がそろうまでに10数年を要したという。

「ただ牛を山に放牧するのではなく、野草が自生する環境をいかに整えるかが重要なんです。そこさえ乗り越えれば、普遍的に牛乳が生産できる。ニホンシバが表土を守るので四季折々の野草が50種以上自生する。野草は言わば山菜です。牛は栄養価の詰まった野草を腹一杯食べ、ミネラルたっぷりな湧き水を飲み、山で伸び伸びと過ごす。牛たちの糞尿が大地の肥料になり、また野草を育む。そういう自然な循環サイクルができあがる。山地酪農はSDGsの最先端をいく農業なんです」。

加えて、吉塚牧場では一頭あたりの草の量と質を十分に保つため、1haあたり1.5頭までと自主制限を設け、現在18haの放牧地で約30頭の牛を飼育する。冬の間は野草が十分に生えないため、春から秋にかけて近隣の農地を借り、無農薬・無化学肥料で牧草を100%自給する。「絶対に購入飼料に依存することなく、徹底的にやっています」。

そうして育つグラスフェッド牛の乳量は、穀物や配合飼料で育つ一般的な牛の乳量と比べて三分の一以下と希少だが、それが正常な量だと吉塚さんは話す。

山地酪農を実践する吉塚牧場と熊谷牧場が生産する希少な「田野畑山地酪農牛乳」。口に含むとこっくりと濃厚な甘みが広がるが、後味はみずみずしさを覚えるようなさっぱり感があり驚いた。四季折々で牛が食べる野草が異なるため、牛乳も季節によって味わいを変えるそうだ。

「生産効率は決して良くありませんが、牛や山が健やかであることが第一。山地酪農は山をそのままの形で守れるので、未来に続く食糧生産基地になる。若い人や子どもたちが明日に希望が持てるような畜産農業だと考えています。伝え広めていくことで、日本だけでなく世界の農業を変えられると確信しています。それには、まず成功例となること。ゆくゆくは山地酪農家を増やしていきたいね」。

吉塚農場
岩手県下閉伊郡田野畑村蝦夷森161-3
0194-34-2725
https://yamachi.official.ec/

江戸時代からの製法を未来へつなぐ
職人が手塩にかけた天然海水塩
のだ塩/株式会社のだむら(野田村)

株式会社のだむらの営業主任・佐々木さん。工房には4つの特注窯が並ぶ。
株式会社のだむらの営業主任・佐々木さん。工房には4つの特注窯が並ぶ。

岩手県野田村で江戸時代から伝わる製造方法で手作りされる塩がある。薪窯直煮(じきに)製法の天然塩「のだ塩」だ。

野田村の製塩の歴史は江戸時代に遡る。当時、野田村の海岸は国内有数の砂鉄産地で製鉄も盛んだったことから、鉄窯で海水を炊く「直煮製塩」が始まった。一時期は塩の名産地として名を馳せたが、塩専売制度により徐々に衰退し歴史が途絶えてしまった。

野田村の伝統を途絶えたままにしてはいけない。そんな思いが集まり、平成2年に「のだ塩工房」は野田港に建設された。江戸から伝わる製法での塩作りは試行錯誤を繰り返しながらも順調な道のりを歩むが、東日本大震災に被災し工房が流出。一年後に、海を見下ろす現在の高台へと再建された。

のだ塩を作る「薪窯直煮製法」は、至ってシンプルな製塩方法だ。材料は海水のみ。野田港から地下海水を汲み上げ紫外線殺菌。2tのタンクに入れて高台の工房へと運ぶ。工房で窯へ海水を注ぎ入れたら、薪をくべて4日間かけてじっくりと煮詰めていく。

窯に注がれる海水は1回最大で180〜200t。薪で加熱しながら100℃前後の温度を保つ。水分が蒸発して減ったらまた海水を注ぎ足す。それを4日間何度も何度も繰り返すことで塩分濃度が上げていく。

4日後、火を落として塩を集めるがその際、ニガリ成分や窯の周辺についた石灰を含む塩は雑味となるため丁寧に取り除く。脱水機にかけて2〜3日乾燥室に入れて乾燥させた塩は、金属探知機にかけた後に手作業でふるいにかけてゴミを取り除いていく。

煮詰め初めてからおよそ一週間後、まさに手塩にかけた「のだ塩」の完成だ。一回の塩作りで約2000ℓの海水を使用するが、できる塩の量はわずか40kg程度だという。

火入れ4日目の窯の底から塩をすくって見せてくれた。ニガリは村内の豆腐屋さんで使用されている。
火入れ4日目の窯の底から塩をすくって見せてくれた。ニガリは村内の豆腐屋さんで使用されている。

製造方法がシンプルだからこそ、ちょっとしたことが出来上がりの違いにつながる。最も重要なのは温度管理。窯の中の海水の状態を見極めながら温度を調整していくことが、職人の腕の見せどころだという。手間と時間をかけた塩は、旨味成分を凝縮し結晶となって窯底へと沈澱していく。

「のだ塩」は尖った塩辛さはなく丸みのあるまろやかな塩味と、海水塩としては大きめの結晶が特徴。海のミネラルがたっぷりと含まれるので、口に含むと甘味にも似た旨味がふわっと広がるのを感じる。

以前の工房では燃料に重油を使っていたが、再建を機に薪へと変更した。針葉樹林にある工房では、薪に燃えやすい特徴がある松を採用する。震災後しばらくは津波で流出した松を有効活用していたそうだ。薪で炊くことでより、さらに旨味が深まり味わいもまろやかに変化したそうだ。

「岩塩などと比べると確かに生産効率はよくありませんが、この工程だからこそできる味わいが『のだ塩』にはあります。ニガリ成分を含まない『のだ塩』は味わいも食感もソフトでまろやか。料理に使えば、素材の味をしっかりと引き立ててくれます」と佐々木さん。

改行当初は年間3tと少ない生産量だったが、現在は年間12tまで増やすことに成功した。

「のだ塩」のほかにも、ニガリから採取する希少でコク深い味わいの「白銀塩」や、燻製による香りの要素を加えた「薫海(かおり)」も展開。県内をはじめとするシェフからの支持も厚く、名実ともに野田村を代表する特産品として成長する。

株式会社のだむら
0194-78-4171
岩手県九戸郡野田村大字野田31-31-1

今ある資源をとことん活用し地域循環
食事に寄り添う山ぶどうワイン
紫雫~マリンルージュ~/涼海の丘ワイナリー

10月のヤマブドウを試食。濃厚な甘味と酸味もしっかりあり、バランスの良い味わい。

2016年に岩手県野田村で誕生した「涼海(すずみ)の丘ワイナリー」。震災後に地域資源を活かした地元完結型事業を目指して立ち上がった小さなワイナリーだ。

醸造所には元食堂だった建物を、熟成は旧玉川鉱山跡の坑道を天然貯蔵庫として活用。醸造するワイン「紫雫~マリンルージュ~(しずくマリンルージュ)」は、赤・ロゼ・樽熟成(赤)の3種を展開し、原料には野田村の特産品であるヤマブドウを100%使用する。

ヤマブドウは主に東北北部に自生する日本古来の在来種で、岩手県は生産量日本一を誇る。野田村はその栽培面積の約4割を占め、古くから滋養あふれる果実として搾り汁がハレの日などの特別な日に振る舞われるほか、お見舞いや出産前後の贈り物としても親しまれてきた。

ヤマブドウというと強い酸味や独特の渋味をイメージする人も多いだろう。涼海の丘ワイナリーでは9月末に収穫する早生ブドウはロゼ、赤と樽熟成には10月末から11月の晩生品種と、2種のヤマブドウを使い分けるが、晩生のヤマブドウの糖度は平均で18〜20度程度と、一般的に贈答品として扱われる高級ブドウと同等の糖度を持ち、最も甘いものだと25度を超えることもあるそうだ。

野田村ではヤマブドウを海から近い高台で栽培するが、夏の間も太平洋から山へ向かって吹きつける冷たく湿った風「やませ」にさらされる。夏場も平均18度程度と気温が上がらないため、じっくりと熟成されるので高品質なヤマブドウが育つという。

霜が降りる時期も遅いため、ワイナリーではその特性を利用して収穫時期をギリギリまで遅らせて完熟したヤマブドウを収穫する。「樹上完熟は傷みやすいなどリスクも大きいですが、糖度を可能な限り高めることにこだわっています」と、涼海の丘ワイナリー所長でソムリエの坂下誠さんは話す。

「ワイナリー設立は地域の農家支援も目的の一つでした。果肉や果汁が非常に少ないヤマブドウは捨てるところが多いため、高くても1kg 300円以下と二束三文の値しかつかないことから兼業農家がほtどでした。糖度が18度以上あればワインだけでなく、ジュースにもできるので1kg400円以上で買い取れる。ヤマブドウの付加価値をあげることで専業が成立するようになり、新たに若い方も参入してくれるなどうれしい変化もありました」。

ワイン造りで使用したヤマブドウの搾りカスも有効活用する。圧搾した皮は三陸のウニや養殖銀ザケのエサとして、種からはグレープシードオイルを搾り、茎は九州のお茶屋さんからの声かけでお茶としてで販売されている。「資源を無駄なく活用できる循環が実現できたのも成果のひとつです。ヤマブドウのほとんどすべてが捨てることなく活用されています」。

白ワイン酵母を使用するロゼもヤマブドウの濃い赤色が反映される。
白ワイン酵母を使用するロゼもヤマブドウの濃い赤色が反映される。

野田村のヤマブドウの味わいが活かされた「紫雫 Marine Rouge」。

ほどよく軽い飲み口の「ロゼ」は、フルーティーでヤマブドウの爽やかな甘味と心地よい酸がバランスのいい一本だ。「赤」はハーブのような野趣の趣ある香りで、芳醇な果実味が広がった後にキレのあるヤマブドウの酸が口の中をすっきりと整える。「樽熟成」はヤマブドウのふくよかな旨味を濃密に感じるなめらかなテイストの中に、オーク樽によるチョコレートのニュアンスとベリー感が一緒に楽しめる。

ロゼは果汁だけを使う直接圧搾法を採用。赤・樽熟成は、果皮や種子とともにアルコール発酵させる醸し発酵と二次発酵を行うヨーロッパに伝わる昔ながらの製法で醸造する。

ヤマブドウは実が小さい上に種を4つも含む。そのため、圧搾や発酵中の攪拌などの作業には通常のブドウとは比較にならない労力を要する。加えて、元食堂の建物をそのまま活用している醸造所は狭く天井も低いため、果実や果汁を運ぶ作業もスタッフ総出のバケツリレーで行うそうだ。

ヤマブドウならではの良さを引き出すために発酵時間も長く設定している。一般的な赤ワインの発酵期間は4日〜10日程度だが、4週間から5週間をかけて仕込む。10月に仕込んだ「紫雫 Marine Rouge」は、翌年の2月から3月にかけてようやく完成する。決して効率のいいワインではない。

「発酵期間はとくにタンク管理が重要になるので1ヶ月以上気が抜けない日が続きますが、収穫時期も発酵期間もギリギリのところを攻めています。個性をしっかりと描き出せることは小さなワイナリーだからこそできること。うちの強みを伸ばしながら年々品質の向上を目指していきたいですね」。

熱がこもる坂下さんの言葉の背景には、岩手県がヤマブドウ商品の激戦区だということのほかに、多くの山ぶどうワインが“お土産品の域を出ていない”という現状がある。

「山ぶどうワインはただ酸っぱいだけ、お土産品だ、というようなイメージを払拭したい。『紫雫 Marine Rouge』は、ヤマブドウならではの酸が幅広いお料理とバランスよく愉しむことができるような“食事に寄り添ったワイン”に設計しています。まずは一人でも多くの方に知っていただきたい。野田村の風土だからこそ産まれた山ぶどうワインをぜひご賞味ください」。

涼海の丘ワイナリー
0194-75-3980
岩手県九戸郡野田村玉川第5地割104−116
https://www.suzuminookawinery.com/blank-1

おいしさを届けるため鮮度にこだわり抜く
シェフたちが絶大な信頼を寄せる神経締め師
神経締め鮮魚/カネシメ水産(普代村)

岩手県で最も面積が小さく、最も人口の少ない普代村で、イクラを主とする水産加工と鮮魚出荷を行うカネシメ水産。二代目として代表取締役を務める金子太一さんは、水揚げ量の減少や人手不足、高齢化が課題の水産業界において「現状維持は退化でしかない」と、技術革新や意識改革に精力的に取り組んでいる。

料理人のこだわりや使う料理に合わせた締め方で鮮魚を出荷するニッチなマーケットへ向けた取り組みとして、鮮魚の付加価値を高める「神経締め」を早くから取り入れてきた金子さん。独自の研究を重ね、魚種に合わせた最適解を導くことから「神経締め師」として多くのシェフが信頼を寄せる。

昨今「神経締め」という言葉自体は広く認知されるようになったが、その方法や詳細についてはあまり知られていない。よくある誤解として、「神経締めをしたからと言って魚がおいしくなるわけではありません」と金子さん。

魚に限らず生きものは死ぬと死後硬直してから緩解し、その後腐敗が始まる。腐敗するまでのスピードは魚種によって異なり、腐敗までの時間が短い魚は「足が早い」などと表現される。神経締めは主に死後硬直までの進行を遅くし、魚の鮮度やおいしさを長く保つための技術であり、魚の質自体をあげる技術ではない。

そのため、金子さんはまず水槽で魚を休ませてリラックスさせた状態にすることから始める。魚は、暴れる(=ストレスを感じる)ほどに旨味が減っていくからだ。まずは、捕獲で受けたストレスを水槽で軽減し、旨味に直接つながる魚の体力を戻してからスタートする。視察ではクロアナゴを用いて神経締めの工程を実演・披露した。

「私のやり方では、まずエラをハサミで切って血抜きします」と金子さん。アナゴを網で捕まえてエラの付け根の白い部分をハサミでカットし、素早く水槽に戻すと水槽内にじわじわと赤が染まる。その間、わずか十数秒。なるべくストレスを与えないために“すべての処理は手早く”が基本だ。

魚の生臭い匂いは、魚体内の血が腐ることで立ち上がる。「血抜き」は特有の臭みが取れるだけでなく、腐敗までのスピードを遅らせることにもつながる。

「血抜きもさまざまな方法があり、魚種に合わせた方法を取っています。魚種によって酸素の必要な摂取量が異なりアナゴは比較的少ない酸素で生きるので、エラの片方を1箇所だけ切ってエラ呼吸を利用して心臓から遠い部分の血も残さず血抜きします。アナゴは包丁の入っていない形を希望されることが多いため、現状ではこの方法がベストと考えています」と、金子さんは説明する。

眉間のスパイクの穴からワイヤーを入れる様子。魚体によって使うワイヤーを変え、骨髄を残さずに削ぎ落とす。
眉間のスパイクの穴からワイヤーを入れる様子。魚体によって使うワイヤーを変え、骨髄を残さずに削ぎ落とす。

エラを切って数十分、まだ水槽内でゆったりと泳ぐアナゴを再び捕獲。スパイクというT字型のアイスピックのような道具を眉間へ打ち込み、素早く脳を破壊する。スパイクの穴からワイヤーを入れて脊髄へと通して擦り、伝達機関を完全に削ぎ落としていく。

「脳から発信する“死んだ”というサインを素早く徹底的に遮断して、自分が死んだことにさえ魚に気づかせないのが神経締めです。身の劣化がゆっくりと進むため鮮度を長く保つので、遠方の料理人さんにも新鮮な魚を届けることができる。神経締めした魚は加熱調理するとわかりすく身が膨張するんですよ」。

神経締めした後の処理も手を抜かない。生き物は死ぬと自然に体温が上がるため、その前に素早く氷水に入れて冷やし込むが、冷やしすぎても死後硬直を早めてしまうため慎重な温度管理が必要だ。酸素に触れることも劣化を進める原因となるため、機械で酸素を抜いた海水に一度通すことで魚の酸化を抑制してから発送を行う。

一方で、「なんでもかんでも神経締めがベストだとは思っていません。例えば、煮付け。自宅で試してみたところ、神経締めした魚よりも何も処理していない魚の方がずっとおいしかった」。今後は魚種だけでなく料理方法によっても締め方を使い分けることも視野に入れるなど、現状の方法を正解とせずに絶えず試行錯誤を繰り返している。

さまざまな取り組みの根底にあるのは、「なんとか工夫をして大好きな魚をみなさんにおいしく食べてもらいたい」という熱い思いだ。

「ゴールはみなさんにおいしく味わってもらうこと。神経締めはその過程のひとつに過ぎません。漁師さんの思いを汲んで、私の役割は魚を丁寧に下処理してベストな状態で料理人さんのもとへ届けること。料理人さんは、漁師さんや私の思いも乗せておいしい料理に仕上げる。それが私の理想の形です」。

金子さんが神経締めする鮮魚は、さまざまな意見を交換した上で思いが通じ合う人とのみ取引すると決めている。「時間も手間もかけて最善を尽くした魚も、扱いによってはただの魚に戻ってしまいます。使いたいという方にはできる限り直接会って、きちんと大事に扱ってくれるかどうかを確認したい。魚に込められた思いや価値をわかってくれる方に提供すると思えば、もっと頑張れますから」。

カネシメ水産
岩手県下閉伊郡普代村第1地割上村43−25
0194-35-3555
http://kaneshime.web.fc2.com/

一度食べたら忘れられない品質を求めて
荒れた外海で命懸けで養殖するホタテ
荒海ホタテ/荒海団(野田村)

採苗器を手に荒海ホタテを紹介するホタテ漁師の安藤正樹さん
採苗器を手に荒海ホタテを紹介するホタテ漁師の安藤正樹さん

岩手県野田村の沿岸に南北9キロに渡り、野田港・玉川漁港・下安家(しもあっか)漁港と三つの漁港を有する野田湾。外洋に向けて開いた湾のため、東日本大震災では甚大な被害を受け、養殖施設はすべて壊滅。漁船も1隻しか残らなかった。

ほとんどの漁師が廃業を考える中で、再開の背中を押したのが「野田村のホタテがまた食べたい」という声だ。

地域の誇りである「ホタテ」をもう一度イチからやり直そう。ホタテはさまざまな場所で養殖されているため、生産量では到底かなわない。それなら、徹底的に自前の海にこだわり、一度食べたら忘れられないくらい品質の良いホタテを育てていこう――。

こういった信念を掲げて、漁師や漁協職員、観光物産館のスタッフ、それぞれの家族など「ホタテ」に携わるすべての人からなる団体を立ち上げた。一度聞いたら忘れられないインパクトのある名前をみんなで考え、団体名を「荒海団」、野田村のホタテは「荒海ホタテ」と名付けた。

「例えるなら、荒海ホタテはスーパーアスリート」と、荒海ホタテ漁師の安藤正樹さんは言う。

一般的にホタテは波の穏やかな内湾で養殖されることが多いが、野田湾は外洋に面しているためホタテ漁場も慣れた人でも船酔いしてしまうほどの荒々しい海にある。漁に出られないことも珍しくなく、漁師にとっては毎回命がけの船出となるが、ホタテにとっては最高の漁場だ。

海中の流れも早く潮通しが良いため水質がキレイで、エサとなる新鮮なプランクトンも沖から常に豊富に流れてくる。「常に筋トレをしながら、おいしいご飯を食べて育つようなもの」と安藤さんは笑う。

過酷な環境で育つ荒海ホタテは、貝からはみ出さんばかりの大きい身はよく締まり、肉厚の貝柱はプリプリの弾力のある食感とハッとするほど澄んだ甘味が楽しめる。

「いわてガストロノミー会議」の懇親会で振る舞われた、北上市「ときよじせつONODERA」の小野寺伸也シェフによる荒海ホタテを使った料理「荒海ホタテ 海水とグレープフルーツのゼリー寄せ」。
「いわてガストロノミー会議」の懇親会で振る舞われた、北上市「ときよじせつONODERA」の小野寺伸也シェフによる荒海ホタテを使った料理「荒海ホタテ 海水とグレープフルーツのゼリー寄せ」。

ホタテの養殖では稚貝を他産地から仕入れることも多いが、自前の海に徹底的にこだわる「荒海ホタテ」は卵から野田湾で採取する。

ホタテガイの産卵期は4月下旬から5月上旬。1個体から1億粒以上の卵を産み、卵はラーバと呼ばれる幼生となり海を浮遊する。ラーバの付着する性質を利用し、細かい網目のテグス網を玉ねぎ袋に入れた採苗器を投入。一袋あたり3500個くらいのラーバを採捕する。

そのまま採苗器内で約3ヶ月育て、8月上旬ごろに採苗器を海から上げるころには1センチ前後の稚貝となる。次に四角く平らな網カゴ(通称:座布団カゴ)の中へ50枚ずつ移し、海の中へと吊り下げて成長させる。11月ごろには6センチほどの大きさになるので、また海からあげて座布団カゴに15個ずつ入れてまた海に戻す。

カゴの中が過密にならないよう細心の注意を払いながら、大きくなるに従って海からカゴを上げて数を減らしてまた海へと戻すという作業を最低5回以上繰り返し、2年の年月をかけて12センチほどの大きさまで育て上げる。

カゴ養殖には、ホタテが貝の口をパクパクと開閉して泳ぎながらエサを食べる自由に動けるほかに、貝への付着物を防げるというメリットもある。

ホタテに最適な水域にカゴ養殖ならではの好環境を整えられ、成長とともに一枚一枚手に取られてきめ細かな成長管理を受けながら、箱入り娘のように育てられる荒海ホタテ。雑味のないクリアな味わいはもとより、見た目にもきれいな貝からもその箱入り具合が想像できる。

最後の仕上げとして、出荷前には地下からくみ上げた冷たい海水に一時保管することで滅菌すると同時に、貝がリフレッシュした状態で出荷を行う。

見た目も味わいも品質も納得するホタテが生産できるようになったが、目下の課題は後継者の育成だ。地域外の人材が地域協力活動を通して定住・定着を図る「地域おこし協力隊」の支援を受け、2022年から1名ホタテ漁のメンバーを増やしたが、解決策はまだ及ばない。

「せっかく良いものを生産できる浜に恵まれているから、それを残していけるように、もっと担い手を増やしていけるように。漁師は大変だけど、やりがいも誇りもある仕事。僕たち漁師はもっと子どもたちが憧れる存在にならなくてはいけない」――。ホタテ漁師の安藤さんは、仲間とともに前に進み続ける覚悟を語った。

「ちなみに、私の妻は、料理人なんです」と安藤さん。夫は漁師として1次産業、妻は料理人として6次産業を担い、村に賑わいと活気をもたらしている。

荒海団 営業センター
0194-78-2101
岩手県九戸郡野田村大字野田36-219
https://araumidan.jp/promise/

「岩手の食の最前線を訪ねる」vol.1では、大船渡市、釜石市、大槌町という3箇所の生産者を紹介しています。

text・photo:君島有紀

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