フランス料理技術講習会 by栗田雄平氏 〜国産食材からのインスピレーション グランメゾンのEntréeを学ぼう!〜


「月曜シェフ塾」は、フレンチやイタリアンを中心としたプロの若手料理人、ホテル勤務者などを対象にした、低価格で調理技法を学べ、試食もできる料理講習会だ。講師は、業界を代表する高い見識と調理技術を有する一流シェフ。レストラン業界の休みが多い月曜日を基本に開催している。

2023年8月28日(月)、東京・池袋にある「武蔵野調理師専門学校」のセミナールームにて、「銀座レカン」料理長を務める栗田雄平シェフによる「フランス料理技術講習会」が開催された。今回は「〜国産の食材からのインスピレーション〜 グランメゾンのEntréeの魅力を学ぼう!」をテーマに、岩手県八幡平産の食材などを用いた3品のアントレを学んだ。

まずは冒頭で、今回使用する八幡平産の食材についての紹介があり、八幡平サーモンの生産者である有限会社清水川養鱒場の髙橋愛さんが「栗田シェフが八幡平サーモンの良さを存分に引き出してくださると思いますので、ぜひご賞味いただけたら」とコメント。八幡平サーモンは、日本名水100選の一つである金沢清水の湧水と独自配合の餌で、約3年間1000日かけて稚魚から育て上げられる。鮮やかなオレンジ色の身が特徴だ。

ほかにも八幡平産の食材として、料理人から多くの高評価を得ている安比まいたけ、引退した競走馬の馬糞から作った堆肥で栽培されている八幡平マッシュルームの紹介も。栗田シェフは今回、乾燥舞茸とブラウンマッシュルームを選んだ。2種のキノコを生と乾燥とで対比させながら仕上げるという一品に期待が高まる。

尚、八幡平の食材は、ヤマト運輸による生産者と飲食店をつなぐ新サービス「ヤマトフードマーケット」の導入が進められている。これは、全国各地の食材が最短で翌日に店舗へ届けられるWeb仕入れサイトで、八幡平マッシュルームはすでに取り扱いを開始、八幡平サーモンと安比まいたけも順次取り扱い開始予定だ。

現在は全国約8000人の生産者が登録し、常時1500アイテムを掲載。1カートにつき500円(税抜)の利用料で、商品選びから発注までスマートフォンから行える手軽さも魅力となっている。

【1品目】八幡平マッシュルームのムース 夏鹿と安比まいたけのコンソメジュレ

「今回、乾燥舞茸を選んだ理由は、乾燥したキノコの魅力をご紹介したいと考えたからです。生のキノコと乾燥キノコの対比として、ブラウンマッシュルームと乾燥舞茸を使います。マッシュルームの凝縮したうま味と、ほかの液体に舞茸のニュアンスを移す技法の対比でもバランスを意識した一皿です」と栗田シェフ。

まずは鍋を火にかけて、スライスしたブラウンマッシュルームのスウェから。バターを加えて炒めながら水分をしっかり引き出していく。「火入れはマッシュルームに限らず、食材がうまみのピークを迎えるまでの最短スピードを心がけます。それを超えると風味は飛んでいくので、沸いたら風味を逃さないように紙蓋をして、強火で水分を飛ばしていきます」。

しっかりスウェしたマッシュルームにフォンブラウンを加えて5分ほど煮立て、その後はミキサーにかけてマッシュルームのピュレを作っていく。

次に、できあがったピュレの少量を鍋に取り、火にかけてゼラチンを加える。ゼラチンが解けたら鍋を氷水に浸けて冷ましながら、6分立てのクレームフェッテを2〜3回に分けて加え、マッシュルームのムースを作る。ここでのポイントは「ゼラチンが固まらず、クリームが溶けない温度を保ちながら一気に仕上げること」と栗田シェフ。

マッシュルームのピュレとクリームの完成後は、夏鹿と安比まいたけのコンソメジュレ作り。今回は鹿でフォンを取り、乾燥舞茸の戻し汁として使ったフォンドシブルイユをクラリフェしていく。栗田シェフは「加熱せずに戻しただけで、どの程度の味が出るのか確かめてみてください」と、舞茸のダシが出た状態のフォンドシブルイユの試飲が参加者に配られた。

「よく焼いた鹿の骨とスジを赤ワインベースで1日半漬けたフォンドシブルイユに、乾燥舞茸を入れて戻したのがこちらです。このままスープとしても使えるくらい、すでに味の骨格ができています。さらにクラリフェすることで、しっかりと舞茸と鹿肉のニュアンスを乗せるイメージですね」と栗田シェフ。

鍋を火にかけ、アシェした舞茸に香味野菜を加えてよくなじませる。鍋を火から下ろし、夏鹿のスネと腿のミンチを加えて練り混ぜ、さらに卵白を加えた後、再び火にかけ約1時間クラリフェする。「鹿肉は粘り気がなく、コンソメの仕上がりにもゼラチン質が一切出ません。そのままでは散りやすいため、クラリフェでは卵白を多めに使います。特に今回は、舞茸の水分も加わってコンソメがさらにまとまりづらいので注意が必要です」。

ここで栗田シェフはクラリフェについて解説。「クラリフェはフランス料理に欠かせない技法の一つで、一般的には卵白を使います。目的は液体中の動物性タンパクを取り除いてピュアな美味しさだけ残すこと。雑味とうまみを切り離すイメージですね。最も重要なポイントは卵白を固める温度帯。冷たい温度から徐々に熱を加えることで卵白が固まるので、始めのうちはしっかりかき混ぜて、50℃を超えたら混ぜるのをやめます」。

そのタイミングを見極めるのが重要で、「私は最初、『指を入れて3秒間我慢できないくらいの温度』と教わりました。ほかにも『色を見る』などいろんな方法が言われていますが、最終的には長年の経験によって体で覚えていきました」と、栗田シェフは続ける。表面が白い泡で覆われた鍋に目を向け、「これはコンソメが澄んできた証拠。漉してローリエと黒胡椒で味を整えたらゼラチンを加え、冷やして完成です」。

盛り付ける器はカクテルグラス。舞茸の上にマッシュルームのムースを絞り、エギュイエットに切った夏鹿のローストを並べ、コンソメジュレをたっぷりと。

その上にブラウンマッシュルーム、上から乾燥舞茸のラペをふりかけ、トップにはカカオのラングドシャを飾って完成となった。

【2品目】活帆立貝と大和しじみのアスピック 黒にんにくとビゴール豚のマルムラード

続いては、「この2〜3年のコロナ禍をきっかけに、以前にも増して国産食材に目を向けるようになりました」という栗田シェフが、今年7月に訪れた青森県の食材を使ったアントレだ。

「フランス料理の技法でしっかり仕上げさえすれば、国産食材はどんどん使っていいと考えています。今ではフォアグラを除くフランス料理のあらゆる国産食材が手に入るようになりました。今後も積極的に使っていきたい」と語る栗田シェフ。ここで使用するのは青森産のホタテ、そして大和しじみ、そして黒にんにくだ。構成のメインとなるのは、大和しじみのタプナードを活帆立貝の貝柱でサンドし、ジュレを流し込んで固めたアスピック。

アスピックの定義は『澄んだジュレで素材を覆ったもの』であり、ここでもクラリフェが必須の技術となる。「ここではシジミと帆立貝のジュレを作ります。魚介のクラリフェは卵白だけで雑味を取り除くため、火加減と温度が特に重要です。肉のクラリフェよりも繊細な技術が求められますね」と栗田シェフ。

まずは落とし蓋をしてひと煮立ちさせたシジミをザルにあげ、冷ましたジュに塩でよく揉んだ帆立貝のヒモを加えて火にかける。クラリフェには卵白と、その半量の生ハムも使用。「シジミのうまみは、あくまで下地のようなもの。そこに帆立貝のうまみと動物性の塩味として生ハムを加えることで、味のバランスを取っています」と栗田シェフ。

ジュを取った後のシジミは、帆立貝の肝、黒オリーブ、アンチョビペースト、ケッパー、ピュアオリーブオイルを合わせてタプナードにし、帆立貝の貝柱でサンドしてセルクル型へ。隙間にジュレを流し込んで冷やし固めると、つややかなアスピックができあがった。

黒ニンニクとビゴール豚のマルムラードは、黒ニンニクを少量のフォンブランでプレゼしてミキサーにかけたピュレに、シジミのタプナード、ビゴール豚の生ハムを加えて完成。

アスピックの上に載せているのは、ゼラチンを加える前のシジミのジュを少量煮詰め、5倍量のクレームフェッテと混ぜ合わせたもの。これは「シジミにはない油脂を加えるのが目的です」と栗田シェフ。さらにレモンのゼストを振りかけて香り付けを。そして枝豆、香草のサラダ、少量のレモンオイルを置いて盛り付けを終えた。

アントレとはフランス語で「入り口」。現代は前菜を指す言葉として定着しているが、フランスの古典料理にはほとんど出てこない言葉であり、エスコフィエの残した書物の中にもほとんど記述がないという。「当時の前菜は、あくまでメインディッシュの前に出てくる一品。オードブルやスープのように簡素なものでした。時代が前菜もしっかり楽しむスタイルへと変わっていく流れの中で、『前菜はメイン料理の前に食べるもの』から『前菜と言えばアントレ』という形になったのだと思います」と解説する栗田シェフ。

「そのような中でもアスピックは当時から存在していました。真ん中に穴の空いたダリヨル型を用いるのが古典的な方法ですが、フランス料理の理にかなっていれば形は違っても良いというのが私の考えです」と栗田シェフ。フランス料理の歴史を紐解きながら、時代とともにフランス料理のスタイルが変わってきて今があることを見せてくれた。

【3品目】八幡平サーモンのマリネ 蕎麦粉のミルクレープ

「見た目の鮮やかなオレンジ色が印象的なサーモンです。味見させてもらって生よりも若干熱を加えた方が真価が発揮されると考え、厚切りで出すことにしました」と栗田シェフが語るのは、今回のラストを飾る3品目のメイン食材、八幡平サーモン(ニジマス)だ。

サーモンはしっかり火を入れるとパサつきやすいため、マリネした後に50℃のオイルの中でコンフィすることで、ハラっとほどける食感に仕上げる。「今回は、サーモンの味わいを最大限に発揮したマリネと、燻製の香りを付けたサーモンクリームのミルクレープという2通りのサーモンを楽しんでいただく前菜です」と栗田シェフ。

まずは3枚におろしたサーモンから、尾の部分、ハラミ部分を切り離してバットに並べ、マリネしていく。岩塩と焼塩、そして三温糖を合わせたマリネ用の塩は、まんべんなく振りかけた後に、ハラミなど身が薄い部分は指でなで落として調整する。

厚い部分は4時間半〜5時間、薄い部分は2時間半〜3時間を目安にマリネし、よく洗い流して水分を拭き取る。ここで中骨を抜き、きれいな部分はピュアオリーブオイルとアネットとともに真空パックし、2〜3日かけて全体に塩をなじませてから使用する。

完成したサーモンのマリネは、フヌイユで香りを付けた50℃のピュアオリーブオイルで約10分コンフィする。身崩れしやすいため、両手で丁寧に扱いながら取り出して油を拭き、皮を削ぐ。栗田シェフは血合いもきれいに取り除き、2cm幅でカットしていく。

続いて、尾とハラミの部分は桜のチップで約30分かけてしっかり燻製にかけ、ミルクレープに塗るムースに仕立てる。まずは燻製したサーモンを細かくカットし、フードプロセッサーでペースト状に。「食材の本来の色が変わって白っぽくなるまで、しっかり回してペースト状にするのがポイントです。そうしないと、この後に加えるバターなどの油脂とのつながりが悪くなってしまいます」と栗田シェフ。

さらに裏漉しをしてゼラチンを溶かしたブイヨンドレギュームを加え、さらに6分立てのクレームフェッテを少しずつ加え、アネットのシズレを加えて仕上げる。固さの異なるものを合わせる時は、固いものの中に柔らかいものを入れるイメージでなじませていくのがポイントだ。

ムースが完成したら、薄く焼いた蕎麦粉のクレープと交互に重ねていく。「クレープ1枚に塗るムースの量を決めておくと仕上がりがきれいになります。真ん中が高くならないように注意を払いながら、最後は軽く重しをして冷やします」と栗田シェフ。冷やしたら縁を切り落として形を整え、均等にカットしていく。

ミルクレープをイクラ、ケッパー、ピンクペッパー、アネットで飾り皿の上へ。今回ソースとして用意したのは、脂肪分47%の生クリームにレモン果汁、塩を加えてちょうど良い濃度に調整したクレームドシトロン。このソースはサーモンマリネとミルクレープどちらにも合うため、2か所に分けて皿に盛り、サーモン用には鮮やかなグリーンのフヌイユオイルも添える。

こうして国産食材を使った3品のアントレを完成させた栗田シェフ。1品目と2品目では、フランス料理らしい作り込んだ味の出し方として、食材をコンソメ、ジュレ、ソースに形を変える技法を。続く3品目では、マリネ、コンフィによって八幡平サーモンをそのままの形で食材の素晴らしさを引き立てる技法を紹介してくれた。

参加者からは「乾燥舞茸に対するイメージが変わった」、「八幡平サーモンはぜひ自分の店でも使いたい」といった声も。フランス料理の伝統をアイデンティティーとして守りながら、確かな技術と深い解釈によって仕上げられた美しいアントレ3種から、多くのことを学び、インスピレーションを得たことだろう。

栗田 雄平(くりた ゆうへい)

1979年東京生まれ。東京の著名レストランで研鑽を積み渡仏。帰国後は乃木坂のレストラン「FEU」で松本浩之料理長のもと、7年間副料理長を務めた。その後、「ロテスリーレカン」料理長を経て、2020年7月より「銀座レカン」8代目料理長に就任。

銀座レカン 公式サイト
https://www.lecringinza.co.jp/lecrin/

八幡平市商工会 伴走型小規模事業者支援推進事業
ハチクラWEB 
https://hachimantai.shop/

八幡平サーモン(有限会社清水川養鱒場)
https://shop.shimizugawa-troutfarm.com/

安比まいたけ(有限会社安比まいたけ)
https://www.appimaitake.co.jp/

八幡平マッシュルーム(ジオファーム・八幡平)
https://geo-farm.com/

ヤマトフードマーケット
https://www.yamato-foodmarket.com

text:田中はなよ photo:竹田博之

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