【いわてから食の未来を考える】岩手の食の最前線を訪ねるVol.1


2022年10月に開催された「いわてガストロノミー会議」。

同会議は、東日本大震災後に国内外から寄せられた多くの支援に感謝の意を表し、ガストロノミー(美食学)の視点から岩手三陸の豊かな食材や食文化を発信する国際会議として2019年にスタートした「三陸国際ガストロノミー会議」が前身。発信地を岩手県全体へと改め、2022年、新たに発足した。

その開催に先駆け、岩手各所でさまざまな取り組みを行う生産者を訪ねるツアーが実施された。ツアーにはシェフをはじめとする飲食業者や観光業界関連者が参加。

本記事では、深刻化する気候変動や環境問題とともにサステナブルな取り組みが模索される高まりの中で、今後の食のあり方をそれぞれに追求する生産者とその取り組みを2回に分けて紹介。第一回目の今回は大船渡市、釜石市、大槌町の生産者にフォーカスする。

津波に負けない自生椿に注目
国内初!無農薬・ノンカフェインの椿茶
三陸椿物語「椿茶」/株式会社バンザイ・ファクトリー(大船渡市)

東日本大震災から一年後、2012年の春。津波をかぶった三陸地域でたくさんの椿が花を咲かせた。椿は生育が遅いことで知られるが、じっくりと地中深くに根を張るため、一度育つと強い木になる。多くの樹木が津波に流された中で、再び花を咲かせる姿に多くの人が心を打たれたという。

「時間がかかっても深く根を生やして、人生の荒波にも負けない誇りを持って生きたい」と、三陸の椿のような生き方“椿マインド”を胸に、土地固有の地域資源を使った新たな商品をつくり、働く人を創出したいと、震災後に岩手県大船渡市でスタートした株式会社バンザイ・ファクトリー。

椿を素材にした商品開発と並行し、被災した未活用地に椿の苗木を植樹する活動を行うレッドカーペット・プロジェクトも開始。植樹活動が人々の交流の機会を生み、茶色いままの土地に椿が咲き誇ることで街の景観が向上。その椿を商品化することで雇用を創出するという取り組みだ。

そうして商品化した一つが「三陸椿物語」の「椿茶」だ。

店内に展示される造花の椿
店内に展示される造花の椿

椿は日本が原産国で、岩手県大船渡市と陸前高田市の市花でもある。大船渡市の熊野神社には樹齢1400年の日本最古かつ最大のヤブツバキが現在もあるが、古くから三陸地域には椿が広く自生していたそうだ。

日本茶の原材料となる茶の木はツバキ科ツバキ属に分類され、椿は茶の原種だ。椿の葉が茶葉として広く普及しなかった最大の理由は、葉の表面が蝋成分で覆われているため、葉が硬いこと。さらに発酵しない点も一因だと考えられる。

「三陸椿物語」では、採取した枝から葉の部分だけを切り離し、葉を一枚一枚拭きあげるという初期工程をすべて手作業で丁寧に行うことでその要因をクリアにした。人の手で拭くことで葉の表面が磨かれてしっとり柔らかくなり、香りや味の向上につながるだけでなく、生産工程では複数の就労支援施設と連携をとるなど、多くの雇用も生み出した。

椿茶には、三陸海岸近くに自生する椿を使用。リアス式海岸から生じる波飛沫や潮風が虫除けになるだけでなくミネラル豊富な環境をつくり、厚く大きな葉を育む。通常、茶の木を含むツバキ科の栽培では茶毒蛾という猛毒害虫が問題になるが、東北には生息しないため農薬や殺虫剤も一切使用しない。

淹れた茶の色は一般的な日本茶と似ているが、口に含むとコクのある甘さがふわりと広がり、後味はすっきりとしている。甘味は椿葉の持つほんのりとした甘さと、15%ブレンドされる岩手県内陸部栽培の甘茶のさわやかな甘さによるもので、ノンカフェイン・ノンシュガー・ノンカロリーだ。

椿葉85%という高配合の椿茶はこれまで国内になかったことから、都内の高級ホテルやレストランなどで採用されるほか、引き出物やギフトとしても人気を集めている。

ほかにも、三陸産の米崎りんごの果汁に椿茶をブレンドしたジュース「三陸椿林檎」や、椿茶を練り込み米油で揚げた「三陸椿米菓」、ヘアケア商品の「三陸椿髪油」(油成分には椿油だけを使用)、岩手県大船渡市のメカブに椿茶を加えた粉末と塩を合わせた調味料「三陸椿若布」など、さまざまな椿商品が続々と誕生している。

株式会社バンザイ・ファクトリー
https://tsubakimonogatari.com/

足並みをそろえて“量より質”にこだわる
三陸の海を代表するブランドに
恋し浜ホタテ/佐々木淳(大船渡市・綾里漁業協同組合)

足並みをそろえて“量より質”にこだわる 三陸の海を代表するブランドに 恋し浜ホタテ/佐々木淳(大船渡市・綾里漁業協同組合)
小石浜養殖組合の佐々木淳さん。手に持つのは、海中に吊るしてホタテの稚貝を育てる採苗器。

親潮と黒潮がぶつかる三陸沖は、世界三大漁場の一つにも数えられる海産物の宝庫だ。リアス式海岸により入り江の多い沿岸エリアではその地形を生かし、ホヤやワカメ、カキなどさまざまな養殖が盛んに行われている。

その中で抜きん出る存在のひとつが、岩手県大船渡市の越喜来(おきらい)湾で養殖される「ホタテ」。昭和60年ごろに築地市場で日本一の卸値をつけ、その品質の高さを知られることになった。

2009年には地名の小石浜から「恋し浜ホタテ」と名付け、漁協による直販でのみ出荷するスタイルを採用。従来の出荷方法では「岩手県産ホタテ」として扱われるため、「恋し浜ホタテ」として市場に出回らないからだ。

そういった取り組みが身を結び、三陸の海を代表するブランドとして人気を確立。全国的にもその名が知られるようになり、現在は街の広告塔としても活躍する。

ホタテ養殖は、大きく分けて「地蒔き」「垂下」「耳吊り」3種類の方法がある。その内「耳吊り」は大船渡市で考案された養殖方法。ホタテのエサとなるプランクトンは海面から25m以内に多く、耳吊り式はその水深にホタテを滞在させて養殖する。

親潮と黒潮に加えて北上山系からの雪解け水が注がれる越喜来湾は、ホタテの栄養となるプランクトンが豊かに育まれる。沖に出る出口が狭く一年を通して波が穏やかな地形は耳吊り養殖にうってつけで、「恋し浜ホタテ」もその方式が採用されている。

ホタテは、出荷されるまでに約2年を要する。

まずは約4ヶ月間、採苗器で受精卵から1cm〜1.5cmの稚貝に育てる。稚貝は座布団カゴと呼ばれる専用カゴへと移され、カゴの中で約1年をかけて8cm〜10cmの大きさへと育てていく。その1年の間は、約2ヶ月ごとにカゴの中の数量の調整を行う。

その後、耳吊りの工程へと移る。ホタテの「耳」と呼ばれる部分に穴を開け、ロープにあらかじめ準備しておいたピンに通して海中へと吊るし、約1年をかけてでじっくりと大きくしていく。岩手県の規定である11cmを超えたものが順次出荷される。

耳吊り養殖ではホタテが効率よく栄養を取れるので、貝柱を含む身に厚みが出て、甘みも濃厚になる。また、通常ホタテは貝をパクパクと開閉しながら海底を移動するが、耳吊りで養殖されるホタテは砂をかまないため身が柔らかく砂抜きの必要もない。

扱える漁場も限られ、ホタテ専門の漁師も少ない「恋し浜ホタテ」は、その名がつく以前より“量より質”を求めるために漁師間で養殖の数量制限を取り決め、希少で高品質という市場価値を高めてきた。現役世代もまた、そういった先人の教えを守り続けている。

佐々木さんは、現在年間約20万個を生産。「ホタテにとって条件の良い水深へいかに滞在させるかが漁師の腕の見せどころ」と話す。深すぎるとプランクトンが減り、浅すぎても波によるダメージを受けるため、海をみながら日々調整を行う。

貝の周りにヨーロッパザラボヤなどの雑物が付着するのは海が豊かな証拠ではあるが、付着しすぎると成長に影響が出るため、出荷時とは別に1〜2度、雑物を落とす作業が必要だ。耳に穴を開ける作業や、ロープのピンに通す作業、そのほかの作業もすべて一枚一枚手作業で行われている。

濃厚な甘味と絶妙な塩気がたまらない肉厚な「恋し浜ホタテ」の品質は、そうした丁寧な取り組みにより保たれている。

一年を通して水揚げされる「恋し浜ホタテ」は全国発送も積極的に行い、注文も随時受け付けている。冬は身が一番大きく、春は卵巣が発達するなど、季節ごとに少しずつ味わいを変えるため、何ヶ月も前から出荷を心待ちにする根強いファンも多い。

綾里漁業協同組合
0192-42-2151
https://koishihama.net/

獲った魚をおいしく食べてもらうまでが漁師の責任
船上での鮮度管理を徹底し、魚の付加価値を向上
どんこ/佐々木洋裕 (釜石市・尾崎白浜漁港)

岩手県釜石市尾崎白浜でタコや毛ガニをメインにカゴ漁を行う佐々木洋裕さんは、ドンコを扱う数少ない漁師としても知られる。ドンコの正式名は、エゾアイナメ。タコや毛ガニと同様に海底に生息する深海魚で、北海道から九州まで広く生息するが東北周辺に最も多い。

柔らかく上品な白身は刺身ではもちろん、フライにすればふわふわ、煮付けにすればほろほろの口溶けが楽しめる。加えて、マイルドな味わいの肝は一度食べたら魅了されるとも言われ、知る人ぞ知る東北の美味だ。

冬に美味しい魚と紹介されることも多いが、「それは人間の都合。本来は通年美味しい魚です」と佐々木さん。水分の多いデリケートな魚で、とくに夏は日差しや高温により数分でダメになってしまうそうだ。傷みやすいので値がつきにくく、獲れても海に捨ててしまう漁師も少なくないという。

「せっかくおいしく食べられる魚を、自分たちの管理のせいで食べられないものにするのはもったいないし無責任。私は上げるカゴの数を減らしてでも、獲った魚はすべておいしく食べてもらいたい」と、佐々木さんは船上での鮮度管理を最優先に徹底する。

カゴを上げる際には氷いっぱいのバケツを用意。ドンコは水揚げ直後に間髪入れず氷詰めし、そのままエラを切って血抜きを行う。熟成させて使いたいというニーズがあれば、船上で「神経締め」までを担う。

神経締めは、エラを切って水槽で脱血処理を行った後に、頭に穴を開けて脊髄へワイヤーを通して神経を壊す方法。魚の鮮度を長く保つだけでなく、熟成が進み旨味が増すため、魚の付加価値を上げる技術として注目されている。

宮川徹さん(左)と佐々木洋裕さん(右)
宮川徹さん(左)と佐々木洋裕さん(右)

「こんなにおいしいのに、ドンコという魚は地元でもあまり知られていません」。佐々木さんは、地元の人にももっとドンコを知ってもらいたいと、20年以上の期間、扱ってくれる地元のお店を探していたという。

その一方で、地元食材が思うように手に入らずに頭を悩ませていたのは、釜石駅から徒歩1分の場所にある和食店「和の膳 みや川」の店主・宮川徹さんだ。「地場ものを地場で消費するという形をとりたくてもそれが叶わない。釜石産の魚が欲しくても釜石では買えないのに、中心地へ行くと釜石産の魚がずらりと並んでいるのは僕にとっては不可解でしかなかった」。

三陸の海産物は品質も高く人気もあるため、豊洲などの大きな市場で高い値がつく。そのため、釜石でも地産の魚のほとんどが中央市場へ出荷される流通経路が確立されている。それぞれの思いを抱える中で知り合いを通じて2019年に二人は出会い意気投合する。現在、佐々木さんは定期的に、帰港したその足で新鮮なドンコを宮川さんに届けている。

「自分が獲った魚を地元のシェフに使ってもらえるということは、思った以上の収穫がありました。料理する現場を直接見に行くことができ、地元だからこそのざっくばらんな意見交換もできる。何より地元の人に食べてもらえることがうれしく、同時により大きな責任を感じるようになりました」と佐々木さん。

宮川さんは、「最初に市場価格で取引したいとお話ししました。より高値で取引できるところに出すのは商売なので当たり前のこと。市場と同価格でより新鮮な地元の魚が確実に手に入るのであれば、僕にとっては大きなメリット。地元の流通が少しでも確立できればという思いもありました」と続ける。

「みや川」では、浜から直接届けられるという利点を最大に生かした新鮮なドンコ料理を提供する。船上で最適な処理をされたドンコのため、届いてすぐに下ろせば冷凍せずに一週間程度は鮮度を保つという。

「まさに地元ならではの贅沢な味を提供することが叶っています。お客さんに喜んでもらうことは当然ですが、素晴らしいドンコを店まで届けてくれる佐々木さんの思いに応えなければという責任も感じ、骨の一つまで無駄にすることのないように使っています」と宮川さん。

取材日に水揚げされたドンコ
取材日に水揚げされたドンコ

近年、佐々木さんは仲間とともに、神経締めの魚をもっと普及させるべく料理人に実際に使ってもらう活動を精力的に行う。

「人によってはもちろん、料理のジャンルによっても魚の管理でしてほしいことが異なると思うので、どんどん取り入れて試していきたい」と、神経締めの魚を使いたい料理人に出会うために、盛岡などの中心部へもたびたび足を運ぶ。

2022年からは岩手大学に協力を仰ぎ、鮮度管理や血抜き、神経締めについての研究も進める。一週間熟成した後の魚や、遠方へ運んだ後の魚などについて学術的な解析を行い、どうしたらもっとおいしい魚を届けられるのかを追い求めている。

それらと並行し、小中学校の社会科見学や観光客の漁業体験なども積極的に受け入れ始めたそうだ。「観光事業はあまり興味がなかったけれど、人が来ればドンコを知ってもらう機会になります。地元の活性化や、漁師や漁業の将来のためにも少しずつでも動いていけば、10年後や15年後にはもっといい方向に変わっているかなと楽しみながら活動しています」。

和の膳 みや川
岩手県釜石市鈴子町2番1号 サン・フィッシュ釜石2階
0193-22-1234
https://miyakawa.cc/

「害獣」を「まちの財産」として価値あるものに
官民連携により町ぐるみで地域課題に取り組む
ジビエ/MOMIJI

工場前で処理の説明をするMOMIJI株式会社代表兼ハンターの兼澤幸男さん。
工場前で処理の説明をするMOMIJI株式会社代表兼ハンターの兼澤幸男さん。

2020年5月、三陸海岸のほぼ中央に位置する大槌町で岩手県初のジビエ業者・MOMIJI株式会社が誕生した。MOMIJIで扱うのは「害獣」と呼ばれてきた野生の「鹿肉」だ。設立までの道のりは険しく2年以上の歳月を要したと、MOMIJI代表兼ハンターの兼澤幸男さんは語る。

農林水産省の発表によると、野生鳥獣による被害は農作物だけでも全国で年間約155億円(令和3年度)を計上する。それ以外にも列車や車との交通事故、外壁を壊すなどの生活被害、樹皮の食害による森林被害などがあり、いずれも深刻な状況になっている。町の大部分を山林が占める大槌町も例外でなく、農作物被害額は年間1000万円に及ぶ。

そういった被害実態から全国各地で野生鳥獣の狩猟や捕獲が推進されているが、捕獲された野生鳥獣の中で食肉として処理されているのは全体のわずか1割。残りのほとんどは埋設、または焼却処分されている。

人間の都合で「害獣」として奪った命のほとんどが何の活用もされずに捨てられている実態をどうにかしたい、「害獣」ではなく「まちの財産」として価値あるものに変えたい。

そんな思いを抱えた兼澤さんは、当時復興推進隊として活動していた藤原朋さんとともに、2017年に「大槌ジビエ勉強会」を発足。この課題は地域一体で取り組まなければ解決に至れないと、地元の猟友会をはじめ、役場や町づくりに関わる方などに声をかけ、官民連携の地盤づくりから始めた。

町民、行政、猟友会。それぞれの立場や専門性の違いから異なる考えを本気でぶつけ合い、全員が納得するまでに約2年半を要した。しかし、その長い話し合いを経たからこそ、全員で解決する課題であることをそれぞれが認識し、現在まで良きパートナーとしての関係性が築けていると考える。

勉強会と並行して、出荷規制解除を県知事へ申請。獲ったシカのほとんどが余儀なく処分されていたのは、原発事故の影響で野生鳥獣肉の出荷が認めてられていなかった背景がある。まずは県指定の検査機関で放射線物質検査を行い、安心安全を証明。段階を経て県内初の規制解除がおり、ようやく事業化へと至った。

2020年5月、MOMIJI株式会社の設立と同時に、勉強会のメンバーを中心にしたチームによる「大槌ジビエソーシャルプロジェクト」もスタート。岩手県第一号のジビエ事業を必ず成功させるとともに、町ぐるみで「害獣」を有効活用する取り組みが本格化した。

月齢約5ヶ月の鹿肉はプレミアム商品のチョップ肉として販売。もっちりと柔らかい肉は歯切れよく、ほんのりとした甘みが広がる。
月齢約5ヶ月の鹿肉はプレミアム商品のチョップ肉として販売。もっちりと柔らかい肉は歯切れよく、ほんのりとした甘みが広がる。

現在、全国にはジビエの加工施設は約700施設あるが、ジビエ業者の8割程度は赤字、あるいは無稼働と言われている。その中で、MOMIJIは2年目から黒字を叩き出した。常時数頭先まで予約が埋まっている状況が続く理由のひとつは、クオリティの高さにある。

北上山地の広葉樹の森でドングリなどの実をたっぷり食べているシカは、旨味のある肉質で大型に育つ特徴がある。牛や豚も若い肉が柔らかいようにシカも同様で、年齢を重ねるほど特有の臭みや硬さが出るため、MOMIJIでは雌なら4歳、雄は3歳までの若い個体に限定して捕獲を行う。

銃で狙うのは頭か首のみ。エサを食べてリラックスしている状態のシカを一発で仕留めることで、シカは撃たれたことにも気づかないという。ストレスを極限に抑えることで肉質も良い状態をキープ。また、ヘッドショットは、外した場合にもシカに無駄な怪我をさせることがほぼない。

兼澤さんが最も重視するのが処理スピードだ。処理する時間が長引けばその間に腐敗が始まり臭みが出てくるからだ。シカを捕獲したら山中を走って駆け寄り、体温を早急に下げるためにその場で手早く的確に血抜きする。外気温が15℃以上の日は山へ氷を持参し個体を素早く冷やす。そして、捕獲から1時間以内に加工工場まで運び込むことをルールにしている。

「日本のジビエガイドラインでは『2時間以内に搬入してください』と書いてありますが、実際にやってみてそれでは遅いと感じました。いくつかのジビエ業者の視察にも行きましたが、どこも猟場から工場までかなり距離があり、山が近い大槌町だからこそできることかもしれません」と兼澤さん。

加工工場についてからもすぐに解体をスタート。個体を吊して水洗いをし、皮を剥ぎ内臓を取り出す。枝肉にした後、さらに小さなブロックへと切り分ける。安全性確保の点から、電解水殺菌や放射性物質検査も行っている。

さまざまなMOMIJIクオリティをクリアした鹿肉は繊細で上質な肉質で柔らかく、臭みはないが鹿肉ならではの旨みをしっかりと堪能できる。料理人を中心に、その味わいに魅せられた全国のファンからオーダーが入る。

岩手県内に野生のシカは推定11万頭。年間捕獲頭数は約2万頭に及ぶが、現在活用されているのはMOMIJIで捕獲する300頭弱のみだ。現在の工場は狭くその頭数が限界だが、ニーズに生産が間に合っていない状況が続くため、2023年に新たな工場を整備。新工場では、年間1000頭の処理が可能になるという。

大槌町の年間捕獲量である500頭(内300頭弱はMOMIJI)はもちろんのこと、隣の遠野市の3000頭、釜石市の1500頭なども、将来的にはすべて有効活用するのが目標だ。そのための商品開発にも余念がない。

肉以外の部位もすべて有効活用する。シカ皮は、環境に優しい植物タンニンなめしによって、高級素材として知られる鹿革へと生まれ変わったのち、革製品として加工。骨は高栄養食として注目を集める骨からとるスープ「ボーンブロス」として商品化することが決定した。1年で生え変わるというシカの角は、犬用のデンタルケア用品として販売するほか、タペストリーといったインテリアグッズとしても人気を集めている。

お客さんのリクエストから、2022年には狩猟同行ツアーを企画。宿泊費別の1泊2日で3万円強という価格設定ながらも、累計で8回実施し全回とも定員に達した。また、食育教育として子どもたちと一緒にシカをさばいてカレーにして食べるといった体験授業も開催し、大きな反響を得ている。

ハンターの役割は有害捕獲や駆除ではなく、山と里を守り、おいしく食べることで命の循環をさせることと伝え続けた結果、近年は1人に満たないことも多かった大槌町のハンターの新規登録者数が令和3年には11人になるなど、減少の一途を辿っていたハンターの増加にもつながった。

そういった活動が広く評価を得て、2020年には『「新しい東北」復興ビジネスコンテスト2020』優秀賞を、2021年には『第5回ジャパンSDGsアワード』特別賞を受賞した。

「大槌ジビエソーシャルプロジェクト」が新たに取り組んでいるのが「いわてジビエ」だ。MOMIJIを成功させるために行ったノウハウやオペレーションを県内の他地域へ広め、新たにジビエ事業を立ち上げようとする団体に伴走型支援を実施することで、県全体が一体となって害獣問題に取り組むことを目指す。

「これからはシェアの時代。良い活動はどんどん広めていくべき」と、兼澤さんと共に事業の中心的役割を担う藤原さんは話す。「これまでは安定した物量の確保が難しいことから実現できなかった事業もあり、広域で連携することができれば、やれることがまだまだたくさんあります。何より、自分たちの活動をシェアすることで社会的課題を少しでも解消できるならそれが僕らの本望です」。

MOMIJI株式会社
岩手県上閉伊郡大槌町安渡1-3-20
0193-27-8741
https://momiji-gibier.com/

大槌ジビエソーシャルプロジェクト
https://otsuchi-ogsp.com

text・photo:君島有紀

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