ロンドンの5つ星ホテルがこぞって、ラグジュアリーとカジュアルを両立させた日本食レストランを立ち上げ成功している。今、ロンドナーが好む日本食店のあり方とは? 最前線をレポートしよう。
ジャポニスムが21世紀の欧州で今も息づいていると言うと、驚かれるだろうか? と言ってもアートではなく、食の話なのだが。
ロンドンで日本食人気はここ何年も続いており、衰えるところを知らない。店が増えたおかげで現地の人々の舌も肥え、ジャンルも多様化が進んでいる。毎年相当数の“ジャパニーズ・レストラン”が立ち上がるので、もはや把握しきれないほどだ。
例えば昨年から現在までの短い期間内に、菊乃井出身の林大介さんによるRoketsu、高級店を経て独立した丸山泰治さんのMaruやTaka(後述するビーバーブルックの和食部門の立ち上げを手伝ったのは彼だ)、つい先月パリ経由でやってきたミシュランシェフ渡邉卓也さんのTakuなど、日本人シェフによる話題店が次々と創業している。ロンドナーたちがどれほど本物の和食に焦がれているか、このオープン・ラッシュがよく物語っている。
中でも驚いたのは、昨年から今年にかけてきらびやかな5つ星ホテル内に立て続けにオープンした日本食レストラン2軒。
行ってみて思った。「英国のジャポニスムはまだ終わっていなかったのだ」と。
両者ともにロンドンきっての高級地区、チェルシー周辺にある。ビーバーブルック・タウンハウスのFuji Grill(冒頭写真)と、マンダリン・オリエンタルのThe Aubreyだ。
チェルシーの一等地に佇むBeaverbrook Town Houseは、昨年9月のオープン。数年前、ロンドン南西部郊外のサリーに高級ホテル、ビーバーブルック・ホテルを立ち上げたチームが、都市型のブティック・ホテルとして手がけたもの。
サリーにある元祖ビーバーブルックには、当初から日本人のトップシェフ(前述した丸山さん)が率いる高級和食店が併設されていて、その伝統をタウンハウスでも踏襲。Fuji Grillが実現することになった。
一方、The Aubreyは香港を代表するラグジュアリー・ホテル・グループ、マンダリン・オリエンタル・ハイド・パークの看板レストランとして今年初めにオープン。19世紀末のデカダン画家、オーブリー・ビアズレーの名を冠している通り、そこはかとない世紀末感を漂わせている。
時を隔てずしてオープンした、この2つのホテル・レストラン。まさに現代のジャポニスムだ。Fuji Grillは富豪のオーナーさんが大の日本びいきであるため、壁には日本画コレクションが所狭しと飾られている。The Aubreyのインテリアはさらに耽美的で、桃山美術よろしく金屏風のような壁絵と無数の日本画が同様に壁を飾っている。裏を返せば、日本的な美に惹かれる富裕層が現在も多いということだろう。
しかし面白いのはメニュー構成だ。
ロンドンでは今、究極の贅沢スタイルである「Omakase」が大はやり。これに倣い、両レストランともに平均して一人3万円超程度のおまかせコースを用意しており(カクテルを中心としたものもある)、「Experience体験」と銘打って売り出している。
それとは異なりアラカルト・メニューはカジュアルな「居酒屋」路線だ。The Aubreyでは揚げ出し豆腐や鶏の唐揚げ、ナス田楽に天ぷらなど、日本の大衆文化にフォーカスしたメニュー作りでロンドナーが好む「カジュアル感」を演出している(もちろんキャビアを添えたければふんだんに用意されているのだが)。
つまり「おまかせ」のゴージャスと、「居酒屋」のカジュアル、両者を併せ持つことが昨今の高級店には必要とされているのだ。ロンドンでは高級店といえども白いテーブル・クロスを使うレストランは今や少数派となってきている。富裕層のカジュアル志向が進む限り、レストランもそれに合わせていかざるを得ないだろう。
Fuji Grill, Beaverbrook Town House
https://www.beaverbrooktownhouse.co.uk/eat-and-drink/the-fuji-grill
The Aubrey, Mandarin Oriental Hyde Park
https://www.mandarinoriental.com/en/london/hyde-park/dine/the-aubrey
text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni