【全皿紹介】マンダリン オリエンタル 東京 フレンチファインダイニング「シグネチャー」新料理長が考える2021年のクラッシック


一年半余りの休業を経て、10月27日に再オープンしたマンダリン オリエンタル フレンチファインダイニング「シグネチャー」。副総料理長のニコラ・ブジェマ氏が直接指揮を取り、新しいコンセプトで生まれ変わった。

マンダリン オリエンタル 東京では、マンダリン オリエンタル ホテル グループの環境保全活動の一環として、館内で使用する使い捨てプラスティックの削減に取り組んでいる。4年ほど前から厨房のプラスティックをなくす取り組みを行っている。ホテル全体でも、客室内の水をプラスティックボトルではなく、サステナブルに配慮しながら最高のテイストをかなえるプレミアムウォーター「ノルダック」という浄水システムを採用し、ホテル内で洗浄・リユースできるガラス瓶に変えるなどのサステナブルなアプローチを行なってきた。

「フランスのクラッシックは、元々サステナブルなんです」と、料飲部長の内坂徹氏。再オープンに向けて1年間ほど、ブジェマ氏と検討を重ね、たどり着いたのが「フレンチクラッシックガストロノミー2021」とも呼べるスタイル。

コンセプトは、ブジェマ氏が生まれ育ったフランスの伝統的な知識や料理技術を基に、歴史に残るシェフとレシピに敬意を込め、彼がこよなく愛する古典料理に、モダンなエッセンスを加えた料理。そして、かつての「ホテルのメインダイニング」が持っていた華やかさを取り戻すと同時に、高価すぎて手が届かないレストランではなく、受け継がれてきたおいしさの根本を追求し、季節ごとに訪れることができる「戻りたくなるレストラン」を目指している。

それと同時に、2013年に来日し、今年40歳を迎えたブジェマ氏は、フランス・パリ近郊の出身。パリの「ラ・トゥール・ダルジャン」、アルザス地方の「オーベルジュ・ド・リル」などで腕を磨いてきた。料理人となって25年。古典的な手法を大切にするレストランで働いてきたからこそ、その技術を次世代に継承することが自分の務めだと感じているという。

では、「2021」と最後につくのはどういう意味か。古典料理、クラッシックと呼ばれるものの実際の中身が時代に合わせて進化してきたのと同じように、その核となる部分は大切にしつつも、今の時代に合わせて形を変えた料理、ということだ。

その、実際の料理を見ていこう。

アミューズは、一口サイズながら、ブジェマ氏がよく口にする「浸透力(オスモシス)」を生かしたもの。

ここで使われている浸透力、とはマリネ。さんまを塩でマリネして、洗ってから再度レモン汁でマリネ、それをまた洗って、オリーブオイルでマリネしている。

もう一つはブジェマ氏が大好きな食材だという、フォアグラのテリーヌ。鴨のフォアグラをマリネして、調理した後に、2週間寝かせる。それによって、塩やポルト酒などが浸透し、味が馴染んでゆく。「日数を変えて何度もやってみたけれども、ベストのタイミングが2週間だった」という、数多い試作の結果だ。

そして、ワインは評判の高いソムリエチームのセレクト。数々のソムリエ・コンクールで受賞歴のある、シェフソムリエ野坂 昭彦氏が、ペアリングを担当してくれた。

ハウスシャンパンは、アンリ・ジローのエスプリ・ナチュール。マグナムボトルで提供するのは、家で飲むのとは異なる非日常感を感じてもらいたいから。

コースは3皿(ランチのみ)〜6皿、前菜、魚・肉・デザートと、いずれもチョイスが可能。それに合わせたペアリングを柔軟に変えていくのも、ソムリエチームに自信があるからこそできる事。

前菜はクラッシックなクリストフルのシャリオでの提供。美しいプレゼンテーションの中から選べる楽しさも、特別感ある体験を盛り上げてくれる。

【シグネチャー】「フォアグラブリオッシュ レッドポートのジュレ」。

巨匠・フェルナン・ポワンのシグネチャー料理で、本来のレシピは大きなサイズで作るが、日本、そして今の時代に合わせた軽やかさを表現するために、ブジェマ氏は小型のパウンドケーキくらいのサイズに。とはいえ、フォワグラを一晩、塩やコニャックに漬け込んでマリネしてからテリーヌを作り、それをさらにブリオッシュ生地で包んでから焼き上げ、最後にポルト酒のジュレを流し込むというこの料理。何よりも、外側の生地はきちんと焼き上げなくてはならないが、中のフォアグラは熱を加えすぎると溶けてしまう。当然ながら、小さくすると、その火入れは難しくなる。

「何十回もの試作を繰り返してやっとベストの調理法を見つけた」という。口に入れた時の完璧な滑らかさと口溶けがとても印象的だ。テリーヌの状態で2週間寝かせることに加え、提供温度にも拘って、この口溶けを実現している。ほのかな苦味のあるビーツのピュレ、ポートワインのリダクションと共に。ペアリングは、ほのかな塩気を感じるバンドールのロゼ。

「フォアグラ リードヴォー 鶏 豚 4種類の肉のパテ 根セロリのレムラードと共に」

もう一つのおすすめは、修業先の「オーベルジュ・ド・リル」のマルク・エーベルランシェフのシグネチャー「フォアグラ リードヴォー 鶏 豚 4種類の肉のパテ 根セロリのレムラードと共に」。

フォワグラとリードヴォーの滑らかながらも微妙に異なるテクスチャーが楽しめる逸品、トリュフが香るレムラード、ブーケ仕立てのサラダはヘーゼルナッツオイルのヴィネグレットソースで仕上げ、軽やかながらもコクのある味わいだ。糖度の高いピノ・グリで作ったやや甘口のアルザスワインで、テロワールを合わせて。

ヘッドベーカー中村友彦氏こだわりのパン

カンパーニュは片面だけ焼いて、カリッとした面としっとりとした面の両方が楽しめる。基本のバゲットは、小ぶりながら丸みを帯びた成形で、内側のもっちり感と、しっかりとした発酵の旨みを感じるもの。バターが香るミルクブレッドと、基本のものをきっちりと仕上げている。

「ポワールウィリアムスでブレゼしたメゾンミトールのフォアグラ ビターチョコレート」

ストウブ鍋で洋梨のオードヴィと共に丸ごと蒸し焼きにした鴨のフォアグラは、レジス・マルコン氏やミッシェル・ブラス氏が愛用することで知られる、ポワティエのフォアグラ生産者、メゾンミトール(Maison Mitteault)のもの。そのジュと洋梨のオードヴィ、フォアグラに鶏のフォンとシェリー酒のアモンティリャードに、ダークチョコレートをほんの少し加えたソースをかけて。フォアグラの味わいを堪能できる一皿。

ペアリングは、カカオのコクとリンクして、やはりほのかな塩味があり、キリッとシャープな味わいのアモンティリャードと共に。

【魚料理】「甘鯛と手長海老の“アミラル風” ムール貝のグラタン リースリングソース」

「アミラル」とは海軍大将の意味で、通常、白ワインとフュメでポシェした魚に、エクルヴィス、ムール貝を付け合わせる料理。

フライパンで軽く火を入れた、絶妙なテクスチャーの甘鯛、オマールバターで45秒だけポシェした手長海老。ほうれん草で粒のままのムール貝を入れたホタテのムースリーヌを包み、ムール貝の小さなグラタンを添えて、「アミラル」の全ての要素を盛り込み、最後には、魚(サメガレイ)のフォンと、火を止めるギリギリで入れたリースリングで、白い花の印象を残して。痛みやすく、今ではなかなかちゃんと作っているレストランが少ない、魚のフォンをきちんと取っているというのも、好印象。

ペアリングはギガルのヴィオニエか、日本酒のIWAのチョイス。個人的には、日本酒に比べると酸があり、甲殻類と相性の良いヴィオニエはしっかりとしたソースのかかった甘鯛や手長海老に、逆に日本酒はムール貝のグラタンと合わせたい。

【肉料理】「A5和牛テンダーロインのロースト ボルドレーズソース ポムアンナ」

この日は北海道産という、和牛のフィレ肉を塊でローストし、ソースは、三つの異なるソースからなるボルドレーズ。最低でも一週間赤ワインでマリネした牛肉を使って作ったベースのソース。そして牛肉から抽出したジュと仔牛のジュで、さらにアロマとエッセンスを加えている。ソースを仕上げる際にペアリングでも提供しているボルドーのワインを贅沢に使っている。カリッと焼き上げたじゃがいも、ポムアンナの下には、ほんの少しだけ、きめの細かいマッシュポテトを敷いて。ソースは甘すぎず、ワイン由来の酸のキレと香りを生かしていて、A5の和牛の繊細な脂との相性も良い。

温故知新、今の盛り付けで見るとむしろ新しくすら見える、マッシュルームのトゥルネ。

「フレンチガストロノミーの原点とも言える、4つの要素、メインの牛肉・ポテト・赤ワインソース、そして付け合わせ(今回はマッシュルーム)を全て入れた一皿です」とブジェマ氏。

なめし革のような印象のある、メルロー主体のボルドー、シャトーシマール1998年と合わせて。

肉の多くは、骨ごと、塊での調理。4年ほど前から進めている、ホテル全体のサステナブルな取り組みから、プラスティックゴミの出る真空低温調理器の利用をやめたことも、クラッシックな手法を取ることの後押しになっているという。

【デザート】温かくて冷たいフレーズドボワのバシュラン

メレンゲと生クリームとイチゴ。そこに、野生のイチゴ、フレーズドボワのソルベとマダガスカルバニラのアイスクリームの冷たさと、最後にイチゴの温かいソースをかけることで、「温かくて冷たい」食感を生み出した。

小菓子は、オーダーが入ってからフレッシュに焼き上げ、軽く仕上げるアレンジを加えたマドレーヌ、フィナンシェ、チョコレートと、〆もしっかりとした王道のスタイル。

マンダリン オリエンタル 東京といえば、これまでも「ノマ」や「ガガン」を招聘するなど、イノベーティブなガストロノミーの印象が強かったものの、今回、その根底に流れるクラッシックを、前面に打ち出したのは、画期的と言える。

多くの人に選ばれてきたからこそ残ってきた料理が「クラッシック」。フランス料理好きは、ブジェマ氏のクラッシックの解釈を楽しく読み解けるだろうし、難しく考えずとも、「選ばれてきたおいしさ」は誰もが好きな味の原点。そんな原点を精度高く追求する、今の時代にあった「フレンチクラッシック」に期待したい。

取材・文・撮影= 仲山今日子  

仲山今日子
ワールド・レストラン・アワーズ審査員。元テレビ山梨、テレビ神奈川ニュースキャスター。シンガポール在住時、国営ラジオ局でDJとして勤務。世界約50ヶ国を訪ね、取材した飲食店や食文化について日本・シンガポール・イタリアなどの新聞・雑誌に執筆中。


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