釣りが趣味で、ルアー釣りも船釣りもこなすという川手寛康さん。東京育ちだが、釣り歴は20年以上で、時間があれば神奈川県や静岡県の海に出かける。そんなシェフが魚について意外な言葉を口にした。「釣り好きの人は、『自分で釣った魚が一番旨い』とよく言いますよね。でも、僕の場合は違う。もちろん釣り上げた魚はその場でしめ、きちんと下処理をして持ち帰りますが、これが、さほどおいしくない。毎日店に届く魚の旨さには、到底太刀打ちできない。『やっぱり自分は素人だなぁ』と思い知らされるんです」
それは、釣り好きのプロの料理人として、プロの漁師と、プロの目利きに心底感謝する瞬間でもある。
「これも僕が信頼するプロのチームが漁獲して送ってくれたもの。普通のブリとは違うんですよ」と言って、川手さんが見せてくれたのは山口県の萩沖で獲れたブリ。このブリは、加熱調理すると身が真っ白になるのが特徴だ。天然ブリと聞いて、多くの人が連想するのは赤身のブリだが、この萩産のブリとは品種が違うのだろうか。
「品種は同じですが、処理の仕方が違います。天然ブリの身は赤く、白いのは養殖と思われがちですが、天然ものも養殖のブリも、血抜きさえしっかりすれば、どちらも加熱すると真っ白に仕上がる」そうだ。
船上でしめる天然ものは血抜きが不十分だったり、死んでから血抜きをしたりすることがあるので、血が回って身が赤くなることが多いのだ。そんなブリは生臭ささが増して、せっかく天然ものであっても、おいしさが損なわれてしまう。
川手さんのもとに届くブリは、1匹ずつ釣り上げられたあと、生きたまま鉄のケージに入れられて、海水の中を陸へと運ばれる。注文が入ってからしめられ、血抜きも完全に行われる。「こういう業者さんは、魚に関して決して妥協しませんから、本当に信頼できます」。川手さんは、彼らに敬意を表すと同時に、自分が求める魚の質を知ってもらえるように、店で自分の料理をふるまったり、メールで料理写真を送ったりしてコミュニケーションを図る。プロとして通じ合える生産者や業者とは、常に密にやりとりして、お互いに理解を深めていきたい、と語る。
ブリ【鰤】
地方名: ヤズ(中国・四国地方)、ワカシ、ワカナ、ワカナゴなど(東京)
スズキ目アジ科に分類される海水魚。通常は群れをなし、春から夏には沿岸域を北上し、初冬から春には沖合を南下する。日本では日本海南部と、北海道南部から九州の太平洋岸を回遊している。
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「優秀な業種さんからは学ぶことも多いんですよ」。川手さんが「フロリレージュ」を開いて間もない頃、突然、知り合いの業者から、「料理人が、あんなアンコウを使ってはだめだ」との電話を受けた。川手さんが雑誌に紹介したアンコウ料理を見た上での電話だった。
川手さんはその頃、秋のアンコウを仕入れてメニューにのせていた。身はじっくりとローストし、皮や内臓はテリーヌに。「しかし、脂のノリの悪い秋に、しかも火入れがしやすいという理由で小さいアンコウを使っていた僕のやりかたに疑問を抱いた忠告でした」。魚の目利きなら、もっと厳しく、魚は脂がのった旬のものを選ぶべきだ、という指摘。川手さんはこの忠告に従って、それ以降、「アンコウは、真冬に大物を仕入れる」と決めた。
萩のブリのコンフィとアーモンドとヘベス
ブリの身の白さを強調するために白いソースと合わせ、ヘベスのサラダとオイルをあしらった。白いソースのおもな材料はアーモンド。アーモンドと水をミキサーにかけて煮詰めたものを、カキからに煮出しただしと白ワインビネガーに香草を漬け込んだジュースでのばした。
ブリは11〜13キロ、サワラは7キロ、タイなら4キロ以上といった、川手さんが要望する魚の大きさを示すリストに、「アンコウは12、13キロ」という項目が加わった。
これ以外にも、ヒラメやマグロ、シシャモやスッポンなどは、シェフが冬に好んで使う魚だ。この日、厨房で下処理をしていた本シシャモも自慢の食材のひとつ。「寿司ネタ専門の業者から仕入れているのですが、市場に流通しているシシャモとは外見からして違うでしょ」。たしかに表面は透き通り、つやつやと照り輝いて見える。こうした食材に出会うと採算は二の次になってしまう。「デキるオーナーとはいえませんね」と苦笑するが、経営面より料理人としての喜びを優先する店だからこそ、人は集うのである。
ブリの背身をコンフィし、油を拭いて粉をつける
ブリの大きさは2人前で約160g。58~60℃のハーブオイルの中で12 、13分コンフィして、芯温40℃を目指す。オイルから出したら油を拭き取って、表面に(側面以外)薄く薄力粉をまぶす。
フライパンで表面に焼き目をつける
薄力粉をふった面のみフライパンで焼く。280℃くらいで、両面、各1分ずつぐらいが目安。ここで芯温を50℃くらいに上げる。ソテーしたハラミなどを一緒に盛ってもよい。
コンフィ用のオイルの配合はシードオイル:オリーブオイル=2:1。香草はベルべーヌ、スペアミント、レモングラス。
1978年、東京生まれ。東京・西麻布「オオハラ エ シイアイイー」「ル ブルギニオン」を経て、2006年に渡仏。モンペリエ「ジャルダンデ サンス」などの星付きレストランで修業し、帰国後、「カンテサンス」のスーシェフを務めて、09年に「フロリレージュ」で独立。
フレンチレストラン フロリレージュ
frenchrestaurant Florilege
東京都港区南青山4-9-9
AOYAMA TMI 1F
☎03-6440-0878
●12:00〜13:30LO 18:30〜21:00LO
●水休
●コース 昼4200円 夜10500円
●20席
www.aoyama-florilege.jp/
上村久留美=取材、文 星野泰孝=撮影
本記事は雑誌料理王国232号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は232号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。