速報!2023年版「アジアのベストレストラン50」後編


これまでお伝えしたように、先ごろ2023年版「アジアのベストレストラン50」が発表され、シンガポールで授賞式が開催された(現地からのレポートの前編・東京のサテライト会場のレポートの中編)。3年ぶりの開催であり、また世界のガストロノミー界に大きな影響力を持つトップシェフやアジアを代表するジャーナリスト、有名なフーディーズなどが一堂に会するとあって、ベスト100のリストに入っている・いないを問わずシンガポール国外からも多くのシェフが駆けつけ、公式・非公式を合わせ数多くのイベントが開催された。ここでは特に注目イベントからいくつかを紹介する。

公式セッションに「フロリレージュ」川手寛康さんら日本人シェフも
急成長するアジアのガストロミー界が発信する国境を超えてつながるパワー

「全アジアをワクワクさせるおもしろいできごとは、必ずこの人から始まる」。

マカオのフードジャーナリストが、「フロリレージュ」(7位。以下カッコ内は2023年の順位)川手寛康さんをそう表現した。シェフを当てるゲームをして「スーパースター、トール、ハンサムガイ」の3単語でその場の全員が「カワテ!」と正解するほどキャラが確立している川手さん。日本人離れした存在感を示している。

「50 ベスト シグネチャー セッションズ」と題された公式のコラボレーションイベントは、川手さんとシンガポールにあるイノベーティブシンガポール料理「Labyrinth」(11位/ハイエストクライマー賞)Han Li Guang(通称LG)さんとの4ハンズディナーで幕を開けた。

「いつも応援してくれる地元のガストロノミーファンに喜んでいただくと同時に、国外の方たちにシンガポールの食文化を知ってもらいたい。そのために川手さんの力をお借りしたいとお願いしました。反響は予想を上回るものでした」とLGさんはいう。

同じく「50 ベスト シグネチャー セッションズ」で抜群の存在感を示したのは「Le Du」(1位)ThiTid Tassanakajohn(通称Tonn)さん。タイのパティシエで日本文化に造詣の深い「Kyo Bar」Dej Kewkachaさん、スターシェフAndre Chiangさんのもとできらめく才能を発揮して独立したAndreの申し子「Born」(36位)Zor Tanとの6ハンズのランチは、多くのスターシェフが立ち寄る社交場となった華やかなものだった。

2022年の王者である「傳」(4位)長谷川在佑さん、かつて4連覇の偉業を成し遂げた「Gaggan Anand」(5位)のGaggan Anandさん、2023年1月に新たにスタートをきった福岡「Goh」福山剛さんは2日間に渡って6ハンズを開催。”アジアの人気者”が集まりながら、あえて公式ではなく非公式を選択し、SNSで告知して一般からの予約を広く受け付け、とりわけ地元のレストラン好きから熱狂的に歓迎された。

同じく非公式のイベントとしては、シンガポールで韓国の食文化を伝えるモダンコリアン「Meta」(17位)Sun Kimさんが、ソウルの三つ星「Mosu」(15位)Sung Anhさんを迎えて開催した4ハンズも未来を感じさせる興味深いものだった。

非公式ながら地中海料理「Lolla」(63位)Johanne Siyさんが開催した、ホスピタリティ業界における女性の問題にフォーカスした朝食会とランチョンも社会的に意義のあるものだ。Johanneさんは2023年の「アジアの最優秀女性シェフ賞」を受賞している。

京都から唯一ランクインした「cenci」(32位)坂本健さんは旧交のある「Basque Kitchen by Aitor」Aitor Jeronimo Oriveさんと非公式のコラボを開催。マネージャーでソムリエの文屋隆志さんたちチームもシンガポールへ飛び、cenciスタイルのホスピタリティを披露した。

「NARISAWA」(10位)は東京の店舗を改装のために一時的にクローズして、3月23日〜4月30日まで、シンガポールのMandala Clubでポップアップを開催している。期間中は、東京と同じくオーナーシェフの成澤由浩さん自身が毎日オープンキッチンに立つとあって、シンガポールのみならずアジア各国のメディアで大きく報じられた。

アワード当日の朝には、メディアが特に注目する話題性のあるシェフたちを限られたメディアが囲み、直接質疑応答を重ねる「ミート ザ シェフズ」が開催された。列席したシェフは「傳」長谷川在佑さん、「Labyrinth」Han Li Guang(通称LG)さんの他、香港「The Chairman」(13位)Danny Yipさん、インド・ムンバイ「Masque」(16位)Aditi DugarさんとVarun Totlaniさん、フィリピン・マニラ「Toyo Eatery」(42位/サステナブルレストラン賞)のJordy & May Navarraさんの5組。各国のガストロノミー事情やアジアの将来について語った。

photo:グッチ オステリア提供

その他のイベントで日本が関連したものとしては、公式では「La Cime」(8位)高田裕介さんが「Lolla」Johanne Siyさんとオフィシャルセッションの4ハンズディナーを開催。
非公式では、東京・銀座「Gucci Osteria Seoul da Massimo Bottura Tokyo」がソウルの姉妹店「Gucci Osteria Seoul」とコラボを開催。東京店のヘッドシェフであるAntonio Iacovielloさんらがシンガポールに集結した。

また、日本から唯一の公式スポンサーとして「獺祭」の蔵元「旭酒造」が参加したことも記しておきたい。

日本が関連していないイベントでは、公式としては「サンペレグリノ ヤングシェフ アカデミー」が、「Le Du」Tonnさんやシンガポールの薪焼き料理「Burnt Ends」(24位)Dave Pyntさんなど5名のシェフを集めた10ハンズランチョンを開催。非公式では、Andreさんが「Born」Zorさんと師弟ランチョンを開催した。
その他、追い切れなかったイベントもたくさんあった。これだけの数が同時多発的に開催されたのは、記憶する限り初めてのことで、個人的には日時が重なりいくつかの機会を逃したことが悔やまれる。

イベントの前夜祭的位置付けの「Chefs’ Feast」は、参加したシェフたちがもっとも楽しみにしていたイベントだ。古い友人との再会もあれば新しい出会いもあり、人が集まることで波動が起き、新しい動きへとつながっていく。

アフターパーティは、「Burnt Ends」で開催された他、「Le Du」Tonnさんや「Labyrinth」LGさん、シンガポールのボタニカルフレンチ「Euphoria」(25位)Jason Tanさんなど今をときめく6名のシェフとバーテンダーがシーフード料理「Keng Eng Kee」に集まり腕を振るった。

今回特に印象的だったのは、100位までのリストに載っておらず、入場制限のあるアワード会場に入ることができないにも関わらず、各国のシェフがシンガポールに飛んだことだ。その大半はガストロノミー界で成功したい次世代のシェフ。東京や香港のようにファインダイニングが百花繚乱ではない国や都市の料理人たちは、ひとりのスターシェフの誕生が街を変えるガストロノミーの力や、富裕層のインバウンドに結びつくフーディーズの影響力をよく知っている。

たとえば今年はスイス・ジュネーブ郊外の三つ星「Schloss Schauenstein」(2022年版「世界のベストレストラン50」40位)Andreas Caminadaさんが「シェフズ・チョイス賞」のプレゼンターとしてシンガポールに滞在した。Andreasさんは何もなかった土地に、ガストロノミーの力で街を興し文化的コミュニティを創り上げた先人だ。そんな世界的に成功したスターシェフとこれからの時代を担う若手とが直接つながれるのが、このアワードの本来の目的だった。

ランキングの価値を知り、それを得るためにネットワークを駆使し、ソーシャルメディアを使いこなして自分の存在を誰かに知ってもらう。そのための労力を惜しまない若いシェフたちは、健全な野心でキラキラと輝いて見えた。

加えてこれだけの人を集めることができたシンガポールの、国際都市としての機能の高さにも注目したい。これにはアジアのハブ空港で各地からアクセスしやすいこと、狭い土地に数多くの施設があり公共交通機関が整っていること、英語を公用語として話しMICE対応に慣れていることなど、国がホスピタリティ産業ひいては観光業を重要な産業とみなしていることがある。

3年間の沈黙を経てアジアはいま新しい時代に向けてすごい勢いで動いている。さぁ、どうする日本。シェフたちは早くも未来に向けて全力疾走を始めている。

text, photo:江藤詩文 Shifumy

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