2023年3月28日、10周年となる『アジアのベストレストラン50』の2023年版ランキングが発表され、シンガポール政府観光局(STB)の協力のもと、シンガポール・セントーサ島にある「リゾート・ワールド・セントーサ」で授賞式が開催された。トップに立ったのはタイ・バンコクのイノベーティブタイ料理「Le Du」。日本の最高位である2位には東京のモダンフレンチ「セザン」が輝いた。同時にすべての部門賞が発表され、日本からは先行して発表された『アイコン賞』に「レフェルヴェソンス」の生江史伸さん、『イネディット・ダム社 シェフズ・チョイス賞』に「フロリレージュ」の川手寛康さんが選ばれた。3年ぶりの開催となった授賞式と関連イベントの模様を開催地シンガポールからお届けする。
空気が変わった―。
トップ3の発表を残すのみとなった瞬間。会場には歓喜と興奮に加えて、国境を超えて集まった1000名以上の関係者やメディアが抱えるさまざまな思いが交錯していた。
今年で10周年を迎えた『アジアのベストレストラン50』。“レストラン業界のアカデミー賞”とも称されるこの派手なアワードがローンチしたことが、アジアのガストロノミー界の発展に大きな影響を与えたことは間違いない。
この10年を振り返ると、今年と同じくシンガポールで開催された2013年の第1回は、1位に東京の『ナリサワ』、2位に『日本料理 龍吟』と日本勢がツートップに選出された。アワードの開催地となったシンガポール、バンコク、マカオの3都市はいずれもガストロノミーツーリズムのデスティネーションとして認知度が大きく向上している。
一方で、10年が経ち影響力が増したこのアワード特有のボジティブとネガティブの両面が、節目となる今年のランキングに凝縮されて表出した。
今年50位以内にランクインした日本のレストランは下記の通り(カッコ内は2022年版の順位)。
2位「セザン」(17位)
4位「傳」(1位)
7位「フロリレージュ」(3位)
8位「ラ・シーム」(6位)
10位「ナリサワ」(15位)
12位「茶禅華」(11位)
14位「ヴィラ アイーダ」(14位)
20位「オード」(13位)
32位「チェンチ」(43位)
44位「レフェルヴェソンス」(71位)
また、先行して発表された51-100位には、60位に富山の「レヴォ」、64位に「日本橋蛎殻町 すぎた」、67位に「エスキス」、75位に「日本料理 龍吟」、80位にマンダリン オリエンタル 東京の「ピッツァバー on 38th」、90位に「エテ」、91位に「オマージュ」の7軒がライクインした。
今年、アジアのメディア関係者を中心に特に注目を集めたのが、日本の3軒にまつわる話題だ。ひとつはもちろん『傳』の2連覇はありえるか。ふたつめは“ザイユーカワテ”という造語ができるほど親しまれてきた日本の2大スター『傳』と『フロリレージュ』のツートップは守られるか。3つめは国外のフーディーズから見てミステリアスな部分が多い『ヴィラ アイーダ』は順位を大きく変えるか。
結果は報じられた通り。自画自賛ではないがメディアの事前予測は的を射ていたと思う。この”日本3大トピックス”に加えて、バンコクのバランス問題、ソウル市全面支援による韓国の本気、インドがすごい、などなど、“レストラン業界のアカデミー賞”らしくゴシップも含めてさまざまな噂が飛び交ったが、ここでは日本に絞ってお伝えしたい。
『アジアのベストレストラン50』の運営会社であるウィリアム・リードでコンテンツディレクターを務めるウィリアム・ドリューさんより、今年の日本の結果について話を聞く機会を得た(一部は「ヴィラ アイーダ」の小林寛司さんがインタビュアーを務めてくれた)。
「10年に渡りアジアのガストロノミー界において日本は大きな存在感を示してきた」と言うドリューさんが繰り返したのが、この10年で広がったアジアのガストロノミーの多様性だ。国別に見てもインドやベトナム、インドネシア、フィリピンなど、さまざまな国からさまざまな料理ジャンルのレストランがランクインしている。
「(このアワードは)行動範囲が広がり料理の好みが多様化したフーディーズに注目される情報を提供することで、多くの国や地域でガストロノミーツーリズムを促進し、食文化の相互理解と交流に貢献してきました」とドリューさん。「日本では、10年前は東京が中心で大阪などの都市が地方のような存在でしたが、現在は大阪、福岡、京都といった都市はフーディーズにとってすでにおなじみとなり、和歌山のヴィラ アイーダや富山のレヴォといったローカルな場所にあるレストランがランキングに多様性をもたらしていることを嬉しく思います」と言う。個人的にも「ヴィラ アイーダ」と「レヴォ」を訪れたいそうだ。ちなみに、今年はベスト10のうち半数を日本のレストランが占めるなど、日本勢の数の多さに批判もあるが、他のコンペティションのように日本だけを独立させる予定は今のところない。
また、日本を代表する“ザイユーカワテ”の順位については「『傳』が表現する日本料理の楽しさ、『フロリレージュ』のライブ感溢れる劇場型タウンターは、世界の食通がプレミアムダイニングにもカジュアルさを求める時代の気分にマッチしたのだと思います。ランキングの変動については、料理のおいしさやホスピタリティといったレストランが提供するもの以外にも、さまざまな要因が関係します。『フロリレージュ』が新店舗に移転するのは、新しいストーリーを紡ぐいい機会になるでしょう」と語った。
日本の評議委員長(チェアマン)を務める中村孝則さんは「いち早く国境を開いたタイやシンガポールのような国と入国制限が長く続いた日本とではフーディーズの行動が異なった」ことを前提としたうえで、それでもベスト10に日本から5軒がランクインしたこと、「アイコン賞」と「シェフズ・チョイス賞」を日本のシェフが受賞したことを評価した。
また、このアワード特有のランキング方式を考慮すると「情報があまりなく、ボーター(投票者)が予約を取りにくく、席数も営業日も少なく、海外から来るボーターにとってアクセスの面からも行きやすいとは言えないヴィラ アイーダがランクを維持したことは、日本の個人オーナーの店や地方の店にとって希望になったと思います。来年はレヴォの躍進も期待しています」と話した。
ちなみに日本人が受賞したふたつの賞―「レフェルヴェソンス」の生江史伸さんが選ばれた『アイコン賞』は、アジアのガストロノミー界に影響を与える行動が客観的に分析されて評価される。「フロリレージュ」の川手寛康さんに贈られた『イネディット・ダム社 シェフズ・チョイス賞』は、料理人の投票による(メディアや関係者は投票できない)もので、プロのシェフから尊敬される料理人として認められたことを意味し、「シェフがもっとも欲しい賞」とも言われる。どちらもランキングを揺るがすパワーバランスとは距離のある、フラットな目線から選ばれた賞だ。
『アジアのベストレストラン50』については、特に日本では「もっとおいしいお店もある」といった類の批判があり、また今年のランキングについてはとりわけさまざまな見解もあるだろう。だが、ホスピタリティ業界もひとつの巨大なビジネスであると捉えた場合、日本の国際競争力の弱さが浮き彫りになったことは否めない。奇しくも『傳』の長谷川在佑さんが口にした「僕たちは3年ぶりに海外の友だちとみんなで集まれる嬉しさが先になり、順位についてはあまりこだわっていなかった。ランキングは欲しいと思って努力した人のところに行く」が現実となった。
ランキングの価値を知り、それを得るためにあらゆる手段を尽くして努力を惜しまず、一瞬たりとも気の抜けないパワーゲームがあちこちで繰り広げられ、ものすごいスピードで進化と発展を遂げるアジアのガストロノミー界の激流を3年ぶりに体感した日本の料理人たち。海外を全面肯定するわけではないが、この熱狂を体験した人としていない人とでは見える世界が違うはずだ。
アジアのエネルギーを浴びた彼らはこの先どこへ向かうのか。「しびれる結果に燃えてきた」。「フロリレージュ」の川手寛康さんが、日本のシェフたちの思いをそう代弁してくれた。
中編では、2023年版『アジアのベストレストラン50』アワードの同日同時刻、東京のサテライト会場「The Kitchen Salvatore Cuomo GINZA」で開催された、パブリックビューイングでアワードを楽しむイベントをレポートする。
2023年版『アジアのベストレストラン50』
1〜50位のリストはこちら
51~100位のリストはこちら
text, photo:江藤詩文 Shifumy