“農園ガストロノミー”という新ジャンルを築き、リードする一人として、国内外で野菜料理の魅力を説くことも多々。年間300種の野菜を育てながら独自の道を拓き続ける小林寛司さんが、今描こうとする野菜料理とは。
「冬の名残と春の気配が重なった今日の気候を映しています」と小林さん。取材に訪れたのは、冬のように冷え込んだ3月半ば。最初に登場したのは、新タマネギが主役の美しい一品。グラスの底で煌めくのは、冬の間に仕込んだベルガモットのジャム。その上に漬けたばかりの新タマネギのピクルスを重ね、咲き始めのスミレの花で彩りを添えている。続く温前菜は「ホウレンソウのお浸しです。身体が温まるので」。肉厚なホウレンソウは、そのまま温かい地に入れて優しく火入れ。シャキッとした歯切れよさと共に訪れるのは、濃厚な貝の旨み。その秘密は地の鶏コンソメにあり。サザエの肝を鶏コンソメで優しく温め、複雑な旨みと香りだけを密やかに移すとは、何ともスマートだ。

緻密に構築された、ミニマルな仕立て。畑を耕しながら野菜料理を追求して25年以上。農園ガストロノミーとして世界に名を響かせる小林さんの料理は、鋭さがありながら、その味わいは温かくて優しい。

「都会のレストランと同じことをしても、誰もここまで来てくれません。“アイーダにしかできないこと”を探し続けています」と小林さん。近年から野菜やハーブをほぼ自家栽培に切り替えたことも、その一環。いつでも何でも手に入るわけではないし、自己流の手入れも多々で完璧ではない。しかし、それゆえかえって表現の幅は増したと語る。
「今朝がた畑のナスタチウムを見たら、ワサワサと葉が5cm以上まで育ち茂っていたんです。厚みが出て食感も強いのでフレッシュであしらいにするには厳しいけれど、若葉に比べて香りが桁違い。味も酸味もギュッと濃い。これをどう生かそう、と考え始めます」
量はある。ならばスロージューサーにかければ、生のままでも食感が口に障ることなく味と香りを最大限に楽しめると思いつき、元気なナスタチウムは生き生きとした前菜へと変身を遂げた。味付けは、わずかな塩だけ。盛り合わせた揚げヨモギ餅に負けない力強い辛味と青々しさが、「畑の隣の厨房」の豊かさと大らかさを鮮烈に物語る。「ブロッコリーは薹が立つまで放っておくと、甘味は減りますが野菜らしい香りが出てきて、甘味が要らない料理に役立ちます。ダイコンは花が咲いた後にサヤが出来て、そこから種を採るのですが、そのサヤも火を通すと中の豆がホクッと甘くなっておいしい。成長段階を自由に選べる環境にあることで、僕ならではの旬をとことん突き詰められる。どれも、農に携わる者の特権です」

採れ過ぎたら、たとえばキャベツでも何でも丸ごと焼くなど大胆な挑戦をしてもいい。根菜も果菜もピクルスやオイル漬け、炭パウダーなど保存が利くものに作り替えてもいい。食べ頃はいくらでも作れるのだ。
小林さんが長年の畑仕事を通して見出したのは、旬に対する先入観や既成概念をリセットして、野菜の新たな可能性を拓く楽しさだ。けれどそれは、一朝一夕に叶うことではない。スプラウトから若葉、未熟、成熟、完熟、過熟、果ては種採りまで。野菜の成長を絶え間なく見守り続けてきた膨大な経験と知識、独自の旬を捉える着眼点、柔軟な発想力。長年かけてそのすべてを兼ね揃えた今の小林さんだからこそ成せる表現だ。
繊細な旬の見極めは、調理法にも影響している。「素材に加える調理の手数を減らし、素材を皿の上で重ねることで奥行きと深さを作ります。この時、それぞれの野菜をしっかり感じるバランスに仕立てるのが大事」。なお一皿で重ねるのは、基本的には3〜5要素にとどめているという。

素材に加える手数を削ぎ落すぶん、“適切か”をとことん吟味するのも大切。「気温は冬並みだけれど、日差しには春の暖かさがある。ダイコンはただ寒い真冬ならじっくり煮込みますが、こんな日は軽く茹でるぐらいがおいしく感じます」と浅めにゆがき、ほっくり感と根菜の香りを残す火入れに。ダイコンそのものに味は入れず、和辛子とビネガーを加えたフロマージュブランや塩柚子を薬味に添える。一方、辛味が強く硬質な黒ダイコンは、薄切りにしてピザに。400℃の高温、短時間で焼き上げると辛味がやわらぎ、奥にある甘味が前に出る。「軟水の土壌で育った日本の野菜は、旨みが豊か。火入れだけで味を構成できる強みがあります。加えて、野菜は未だ知らないものがあるほど種類豊富。いつまでも新しい味に挑戦できるのが、野菜料理に飽きない理由ですね」。

要素を最小限にすると、料理を仕上げるスピードもアップする。「目の前で焼き上がるピザの味は格別でしょう? 時間をかけて飾るより、作りたてをまっすぐ届ける方が素材が持つ“熱”は伝わるんです。それに、季節の野菜の苦味や酸味、甘味はその時期に人が必要としているもの。これを鮮やかなまま届けるのが、食べた時のおいしさに一番繋がるんだろうな、と最近は思っています」

その一方で下準備は徹底。「朝採った野菜やハーブは洗い、使う順に細かく分けてバットに並べておくとか。細かいけど基本です」。畑の素材を生かしきるピクルスやジャムなどの保存食も、アイーダらしい料理を段取りよく作る下準備の一つ。随所にさりげなく使う、旨み豊かな柿酢も実は自家製。見えないところでかけられている丁寧な時間が、料理に深さを生んでいる。



開業から27年、一時は宿泊設備を備え、改装は思いつく度に何度もした。客層も客席数も変わり、マダムの有巳さんと2人だけの営業でも無理のない形をと、1日1客に限定して6年が過ぎた。「エスプーマやテクスチャー剤を駆使した料理に手を出したり、物珍しい野菜を育ててみたり。その度に迷ったり突き抜けたりして、1周どころか3周ぐらい回っての今です。ようやく肩の力が抜けてきましたね」と吐露する小林さん。寄り道や遠回りもしたけれど、これまで費やした時間と労力は何一つ無駄にはなっていない。

シンプルな佇まいの中に力強さと説得力があるのは、豊かな経験を生かした研ぎ澄ましを経ているから。のびやかな感性と理論が両立しているから、小林さんの料理には、まぶしいまでの個性があるのだ。

小林 寛司(こばやし かんじ)
1973年、和歌山生まれ。『ドン・アルフォンソ1890』などで約4年修業し帰国。98年に実家の畑の一角に「アイーダ」を開く。「ミシュランガイド京都・大阪+和歌山2022」では二つ星とグリーンスター。「アジアのベストレストラン50」のランクイン、海外でのコラボレーションや学会登壇も多数。

ヴィラ アイーダ
和歌山県岩出市川尻 71-5
不定休
text: Miho Kawashima Photo: Gorta Yuuki
