日本中のシェフが注目する地方のシェフ小林寛司さん(ヴィラ・アイーダ)


季節ごとに実る自然の恵みをあるがままに食すること

ヴィラアイーダ 小林寛司さん

自家菜園の有機野菜で自然を味わうレストラン

和歌山県岩出市の住宅街に佇む一軒家レストラン「ヴィラアイーダ」。海と山に抱かれた自然が色濃く残るこの場所で、自家菜園の朝採れ野菜やハーブをふんだんに使用した、イタリアンというジャンルを超えた独創的な料理でゲストをもてなしている。「和歌山は魚、野菜、肉、果物など食材の宝庫」と話すオーナーシェフ小林さんの作る料理は、レストランのすぐそばにある自家菜園の種まきから始まる。このアイーダ農園では、季節を彩る野菜やハーブ、米など、年間を通じて約100種類もの野菜が栽培されている。小林さんは毎日営業前に自ら畑をまわって、その日に何が採れるかチェック。そして、今日食べるのが一番おいしいと感じた食材を収穫し、そこからメニューを決めてゲストに振る舞うのだ。「休日や手が空いた時間に畑を耕したり、雑草を抜いたりするのも料理の一部。収穫した野菜は、夏であればピクルスやトマトをソースも作ったりします。そうやって自然のサイクルに沿って食べ物をいただくことが本来あるべき姿で、人間も自然の一部なのだということを実感させられます。やっぱりその季節になると旬のものが一番おいしいし、体も自然と欲するんですよね」

料理のアクセントとして食材同士をつなぐスパイスや調味料。これらも自家農園で栽培された野菜やオリーブ、ハーブなどを調合して作った自家製。季節によって作るものはもちろん異なり、豊かな香りと料理の奥行きを演出する。

その季節に体が欲するものはやっぱり必要な栄養があるから

 今が一番おいしい食材をできるだけシンプルに食べられることにこだわる小林さんの料理に欠かせないのが、ハーブやスパイスの組み合わせ。また、それらを使った調味料も自家製というこだわりぶりだ。「フレッシュな食材を調理することは、味の広がりを生み出すことで、ハーブやスパイスはその料理の奥行きを出すためのもの。それを組み合わせることで豊かな味の料理が表現できるんです」と小林さん。季節ごとに採れるハーブは料理のアクセントになることはもちろん、消化促進や殺菌・抗菌作用、滋養強壮など、その時々に必要な効能も含まれている。

「僕は単にこれが一番おいしい組み合わせだと思って作った料理が、結果的に体によい、必要なものが摂れる料理になっているのだと思います」

 自然と共存しながら収穫された食材は、旬の食材をおいしく食べるという以前に、その時々に必要な栄養を摂取することに繋がっているのだ。

 また、アイーダ農園で収穫された食材は、料理以外にもコンフィチュールやピクルス、オリーブの塩漬け、ソースといった保存食にも使用され販売されている。ここにも、小林さんの素材をそのまま活かすという考えは反映され、保存料には、砂糖や塩、コショウといった自然のものを使うこと、何事も手を加えすぎないことを大切にしているという。

「四季を感じながら、土を耕し草を引き、収穫する。今食べるもの以外は、夏野菜であればピクルスにしたり、大根を干してパウダーにした保存食や加工食品を作っていく。そんなふうに季節とともに生きていくと、昔の人の知恵と工夫というものが豊かに生活していくためにいかに理にかなっているものなのかということを実感できるようになりました」

イタリアで学んだ料理が育む心の豊かさ

小林さんの今の原点は、イタリアでの修業時代にあるという。調理そのもののテクニックのみならず、イタリア料理の奥深くに根付く郷土への愛着や自然を愛でる気持ち、そこから生まれる心の豊かさ。その精神は小林さんが生まれ育った和歌山で受け継がれ、今の「ヴィラアイーダ」の根源となっている。

「イタリアで修業してきたものの、店で出す料理はイタリアンと定義付けてはいません。あえて言うなら“イタリア料理の精神を受け継いだ料理”という感じでしょうか」と小林さん。「ヴィラアイーダ」でシェフが腕をふるう料理の中には、人間が生きるうえでの豊かさについて、ひとつのスタイルが表現されている。

毎朝、畑をまわって食べごろを迎えた野菜を収穫するのが小林さんの日課。収穫した野菜は、まずはかじって味や香りを確かめ、その日のメニューや調理方法を考えるという。

焼くだけで素材の旨味を引き出す究極の調理法

この日、小林さんが用意したメニューは「丸ごと焼いた緑長ナスと熊野牛」。収穫したばかりの緑長ナスを網の上でじっくり丸焼きにし、炙った熊野牛のイチボを添えた、この季節ならではの料理だ。

「調理のポイントは、ナスの皮に焦げがつくまでじっくり焼くこと。この焦げは口に入れると旨味に変わり、味のアクセントになります。そして、中から湯気が立つまでじっくり待つこと。それが、ナスの旨味が凝縮された印でもあります」

このシンプルな丸焼きという調理法は、旨味が凝縮され、しかもナスに含まれるカリウムを効率よく摂取できるという利点もある。特に夏の暑い時期には、汗によってミネラルが失われ、筋力低下や慢性的な疲労感など、いわゆる夏バテの症状を引き起こす原因になる。小林さんが日ごろ感じている「その季節になると体に必要な食材を自然に欲するようになる」という感覚は、季節ごとに起こりやすい体の不調を旬の食材から摂れる栄養素によって補うという役目も果たしている。これは、四季を通じて人間が健康的に暮らしていくために必要な能力であり、自然との整合性がきちんと取れている証拠ともいえる。

丸ごと焼いた緑長ナスと熊野牛
皮の部分が薄く、一般的なナスと比べて果肉がジューシーな緑長ナスを丸ごと焼いたメニュー。付け合せに熊野牛のイチボを添え、自家製ネギオイルやハーブで味わう、夏の恵みがたっぷり詰まったひと皿。

和歌山の自然を味わい尽くすさらなる接点を求めて

そんな小林さんに今後の展望を聞いてみると「できればこれからは山菜や木の実など、違った自然の恵みを探しに、山の中にも入っていきたいですね」とのこと。都会で暮らす人々が何時間もかけて足繁く通う「ヴィラアイーダ」。ほんのひととき、“自然のサイクルの中で暮らすこと”を味わえるこの場所で、畑以外にもフィールドを広げた小林さんの世界観にますます期待したい。

Kanji Kobayashi
1973年、和歌山県生まれ。大阪のレストランを経て渡伊。「リストランテ ドン アルフォンソ 1890」などで4年間の修業を積み、和歌山で「リストランテ アイーダ」をオープン。 2005年に宿泊施設を併設した「ヴィラ アイーダ」としてリニューアルオープン。

白石亜矢子=取材・文、井原完祐=撮影

本記事は雑誌料理王国278月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 278月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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