福井県美浜町の食材をふんだんに使ったコース料理が、2024年度の福井県ふるさと納税の返礼品に新たに加わる。提供するのは元「桃の木」小林武志シェフの新店「KOBAYASHI」と、日本料理「乃木坂しん」。ある秋の日、食材や生産者たちに会いに美浜町を訪ねた。
福井県の若狭湾の東側に位置し、海と山、そして三方五湖といった豊かな自然を擁する美浜町。ここで作られる食材を使ったコース料理が、2024年度の福井県ふるさと納税の返礼品の一つになるという。このコースを提供するのは、元「桃の木」の小林武志さんが2024年にオープンする新店「KOBAYASHI」、そしてオープン以来連続してミシュラン1つ星を獲得している「乃木坂しん」だ。
コースに使用する食材を探しに、小林武志さんと、「乃木坂しん」料理長の石田伸二さん、ソムリエの飛田泰秀さんは敦賀駅に降り立った。ここから2日間で美浜町の豊穣な食の世界に分け入ってゆく。
小林 武志(こばやし たけし)
愛知県出身。辻調理師専門学校を卒業し、同技術研究所で講師を務めた後、吉祥寺の「知味 竹爐山房」をはじめ、数軒で研鑽を積み、2005年に「御田町 桃の木」を開業。2015年から5年連続でミシュラン2つ星を獲得し、2020年に港区三田から東京ガーデンテラス紀尾井町に移転。23年に閉店し、現在は六本木に「KOBAYASHI」を開業準備中。
石田 伸二(いしだ しんじ)
日本料理「乃木坂しん」料理長。徳島の料亭からキャリアをスタートし、2011年に銀座の日本料理店(当時三つ星)に入社、同年8月にグループ店料理⻑に就任する。13年には同店のパリ店開業に伴い渡仏、帰国後は同店料理⻑に就任する。2016年、ソムリエの飛田泰秀氏とともに「乃木坂 しん」を開業。2017年から連続でミシュラン1つ星を獲得している。
飛田 泰秀(とびた やすひで)
日本料理「乃木坂しん」シェフソムリエ・支配人。銀座のフランス料理店「オストラル」から南青山「ランベリー」、「ラ・ロシェル溜池山王」などを経て、東京・銀座の日本料理店(当時三つ星)では支配⼈兼シェフソムリエに。同系列フランス・パリ店の開業などを経験し、2016年、石田氏とともに独立し「乃木坂 しん」を開業。
最初に向かったのは若狭牛を取り扱う精肉店「HGMおはよう」。開店間もなくの店内には、地元の人から人気のコロッケやメンチカツがずらり! ここで取り扱っているのは「若狭牛」だ。
若狭牛は福井県内で12か月以上肥育された黒毛和種のこと。その中でも、枝肉格付が3等級以上、霜降りの規格であるBMS(脂肪交雑等級)4以上の高品質な和牛肉のみが「若狭牛」として販売されている。
こうした条件に加え、不飽和脂肪酸・オレイン酸の含有率が55%以上のもの。そして福井県が決めるアニマルウェルフェアの肥育基準を満たした農場で生産されたものを「三ツ星若狭牛」と認証している。
「生産者さんによっても肉の個性が出てきます」というのは代表の馬野忠和さん。
「それはありがたいですね。肩ロースのブロックなどを使って何か考えてみたいです」と小林さん。
次に向かったのは、菅浜地区では、区民が主体となって取り組むレモン&ハーブ畑の「菅浜わくわく協働体」。休耕田を利活用してハーブを約 400 本、レモンを約 80 本植栽している。美浜町のモデル地区として行政が支援しているという。
「レモンは5年目になりました。この畑にはマイヤーレモンとリスボンを半分ずつ植えています」と話すのは、代表の榎本強さん。ほぼ無農薬で育てていて「虫は手で潰しています」という。「このあたりは冬は雪が降るので、レモンの木に雪よけをつけるんです。レモンの木に雪が積もる姿も綺麗なんですよ」。
訪問時はまだ実は青かったが「この状態の香りがとてもいい。これでグリーンレモンチェッロを作ります」と飛田さん。「レモンの葉も使えそうですね。香港ではスッポンを炒める時にレモンの葉を細切りにして入れたりするんです」と小林さん。
榎本さんは有志で炭焼き小屋を作り(なんと手作り!)、炭作りもしている。子どもたちの炭焼き体験なども受け入れている。「山を守ることで、川や海の水がきれいになり、治水にもつながるんです」という言葉に、3人とも深くうなづいた。
「うちは備長炭を使っていますが、こちらの炭を合わせて使ってみたいですね。熱源の分散にもなりそうです」(石田さん)
次の目的地は三方五湖の一つである、久々子湖のシジミ。実は見学に先駆けて、昼食でシジミ汁を食べていた3人。旨み豊かなシジミ汁に期待が高まる。
久々子湖は古くからシジミ漁場として有名で、献上物に用いられたことも伝えられている。久々子湖は三方五湖の最下流に位置し、そのさきは日本海に通じている。日本海と直接つながる、塩分濃度の比較的高い汽水湖だ。
シジミが取れるのは浅瀬の数カ所。採れる品種は宍道湖などと同じヤマトシジミだ。「ジョレン」と呼ばれる、竿つきのカゴの入り口に鋤のような爪がついているような器具を引き、シジミを捕獲する。カゴの中に入ったシジミはさらに「とおし」と呼ばれるザルに入れる。「とおし」の目は12ミリあり、それより小さいシジミは湖に返されるのだ。
「久々子湖の資源保全のため、とおしの目は今年から1ミリ広げた12ミリにしました。そのほか、1週間の漁獲量を一人あたり30キロ以内に制限したり、毎年解禁する区を変えたりしています」と、組合長の宮田さん。
最も味がのるのは、産卵直前の6〜7月。鰻も取れるという言葉に石田さん、小林さんの目が光る。ぷっくりと太ったシジミを見ながら、「シジミしんじょうもいいな」(石田さん)、「鴨と合わせて使ってみたい」(小林さん)と料理のアイデアを膨らませた。
活きイカが見られるというので向かった先は、なぜか海を背にした田園の中。建物の中に大きな水槽があり、見るとイカがたゆたっている。
「親の代から定置網漁をしてきました。このあたりはイカがたくさん取れるんです。春からヤリイカ、剣先、アオリイカと種類が変わっていくんですね。取れたての美味しさを多くの人に届けたいと、2年前から活きイカの発送を始めました」と話すのは、代表の知場功さん。活きイカを海水と共に専用袋に入れ、酸素を充填して密閉する。これで24時間は生きたまま発送可能だとか。イカ以外にも、冬には越前蟹を活きのまま発送する。
「生きたまま届けば、使える幅が広がりますね。生(刺身)で食べるだけではなく、例えば〆てすぐから、少し熟成させるなど、自分がイメージする状態で使い分けができるのが、料理人としては嬉しいです」(石田さん)
この日の最後に訪問したのは、キュウリ生産者の「福一」。美浜町にある道の駅「はまびより」でも抜群の人気を誇る生産者だ。
代表の福田新八さんは元々、福井県立大学の海洋生物資源学部で魚の勉強をしていた。その後、農協に就職して営農指導員に。「実家は非農家なので、野菜作りのことを分からなくては」と畑を借りて家庭菜園を始めたのが就農のきっかけとなった。
こだわりは肥料作り。魚のアラと米ぬかをベースに富山県産のイワシ、貝殻、エビやカニのエキスなど、魚介類を使った肥料設計をしている。「福井は魚介が美味しいので、魚介と親和性の高い野菜が作れたらと設計しました。実際に美浜町のお鮨屋さんに太巻きにはウチのキュウリが合うとか、居酒屋さんに刺身やへしこ(サバの糠漬け)と合うなどと評価していただいています」と福田さん。
キュウリ栽培から始めて、今はナスやピーマンも育てている。どれも艶やか!
「僕のスペシャリテである【茄子のから揚げ】に、この長ナスはドンピシャに合いそうです」(小林さん)
2日目の始まりは美浜町の漁港から。朝5:30に定期網を引き上げに行った船が続々と港に到着していた。
「僕たちは以前、福井県産食材のコラボイベントのご縁をいただいた時に、こちらの美浜町漁業組合さんをご紹介いただきまして、以降も定期的にブリやサワラを送っていただいています。サワラはお作りや蒸しもの、ぶりは焼いたり炙ったり…。どちらも状態がいいので、色々な料理に用途が広がります」と石田さん。
特に寒ぶりは「若狭美浜寒ぶり・ひるが響」というブランドで売られている。これは11月下旬〜翌1月に美浜町日向(ひるが)で水揚げされた8キロ以上あるブリのことで、「美浜三段締め」という処理法に大きな特徴がある。
まずは生かした状態でブリを持ち帰り漁港内の水槽に入れ、魚体を落ち着かせ胃の中を空っぽにする。その後徹底した血抜きを行い、神経締めをする。「こうして現場を拝見することが自分にとってはとても勉強になります」と石田さん。「仕入れるところから料理が始まることを再認識しますね」と飛田さん。
一方、港に水揚げされた様々な魚種をじっと見つめていた小林さんは、「その日に取れた色々な種類をすりみにして送ってもらってもいいですね。香港料理にはすり身を使った料理が多くあるので」と話した。
続いて訪ねたのは、JR小浜線の美浜駅前にある、イチゴ観光農園「ハマベリー」。2022年にオープンした施設内には、6品種のイチゴがおよそ2万株栽培されている。観光農園として近隣や遠方からのお客が楽しめる一方、地域農業を支える人材の確保・育成を目的とした研修施設としても機能している。この研修施設「美浜アグリチーム」ではキュウリのほか、イチジクの施設栽培も行っている。
一面真っ白な空間にイチゴの苗がずらり。環境制御された空間で高糖度のイチゴができるという。イチジクは葉も使えるかもしれない、という声も出た。
もう一つ、大型の施設栽培を訪ねた。「無限大ハウス」と言われる施設に入ると、トマトがたわわに実っていた。ここは福井県農林水産部で23年間勤務した木子博文さんが平成29年に作った施設だ。
「私たちは露地栽培でキャベツなども育てていまして、この施設内でのトマト栽培は今期で7作目になります。ここ美浜町は冬は寒く、日照時間も短い。そこをカバーするためにこのような施設を作りました」と木子さん。施設はコンピュータ制御で24時間自動管理し、常に最適な環境でトマト栽培を行っています。
「紅い鈴」という商品は、中玉品種をやや小ぶりに仕立てたもの。トマト品種は「Mr.浅野のけっさく」と「華小町」の2種類を使っている。
「美味しさ重視で作っています。この場合の『美味しさ』として私が意識するのは糖度というよりはグルタミン酸の値。寒くなると、トマトのグルタミン酸は上がるんです」
「乃木坂しんでは、タコの湯引きにトマトのジュレを合わせたりします。華小町は少し小ぶりに作っているためやや皮が固いかもと木子さんはおっしゃいましたが、果肉の歯ごたえもしっかりあるので、咀嚼するうちに気にならなくなる」と飛田さん。「とても綺麗に選別されていて頭が下がる一方、この少し傷ついてしまってラインから外れているトマト、これも十分使えそう。これも加工して使いたいですね」(小林さん)。
続いて訪ねたのは、全国から日本酒好きが訪れるという銘酒蔵、三宅彦右衛門酒造。看板商品は「早瀬浦」だ。
「蔵に来られる時にお気づきになったかもしれませんが、ここ早瀬という集落には田んぼは一枚もありません。通常、日本酒蔵さんの周囲には田んぼが広がっています」と説明してくれたのは、当主の三宅範彦さん。「田んぼが一枚もない集落で300年以上続いている酒蔵は全国的に珍しく、その理由の一つはやはり、地理的な条件です」。
蔵のすぐ目の前には湾がある。ということはつまり、北前船を代表とする海運が貿易の要であった江戸時代には、ここは主要な集落だったのだ。「三国、敦賀、小浜などの大きな港は『津』、早瀬のような村の生活のためにマーケットが立つような集落(港)は『浦』という言葉がつきました。『全国津々浦々』っていう言葉がありますが、大きな街から小さな町までという意味ですね。というわけでまずは、物流があったというのが大きな理由です」
また漁師町のため、無事を神様に祈る神事が多かったこと。最後の理由としては、ミネラル豊かな水が確保できたということだ。
小林さんが目を止めたのは、早瀬の地層を示した模型。
「専門家によると、このあたりはジュラ紀の地層というのがだいぶ上に来ているらしいのですね。この井戸から今も水を汲んで酒を造るわけですが、この水がミネラルを含んでいて、発酵が旺盛なんです。近海でとれるの魚介類や、へしこなどの伝統発酵食に合うっていうのも、うちの恵まれている点なんですね」(三宅さん)
「ワインと一緒ですね。水がテロワールを表現しているという点にも大いに共感しました。私が好きな地方のワインと同じような地層をしています」(小林さん)
美浜町を南北に流れる耳川沿い。その上流に位置する新庄地区の渓流の里に2017年にできた獣肉加工施設「BON1029(ぼんいちぜろにきゅう)」では、近隣で取れた鹿肉などのジビエ肉などを販売するほか、見学も受け付けている。ここを運営しているのはサンガ。「自然とともに生きる暮らしの提案」をコンセプトに、近くにジビエ肉の料理を提供する「カフェMIROKU」も運営している。
「ここでは猟師さんが仕留めた鹿を持ってきて解体します。1時間以内に内臓を摘出し、皮をはいで、枝肉という状態にします」と説明してくれたのは、代表の中村俊彦さん。
枝肉になった鹿肉は速やかに熟成庫へ。庫内の温度は0〜4℃で、個体の状態を見ながら3日間から1週間の熟成をかけ、旨味をのせて出荷するという。
「夏は雄鹿の味が最も乗るシーズン。冬にかけては牝鹿がいいですね」と中村さん。
部屋に置いてあった「ハクビシン」と書かれたカゴに気がついた小林さん。
「ハクビシンも取れるんですか?」(小林さん)
「取れることは取れるんですが、食用にする人は少ないです」(中村さん)
「なんと勿体ない! 中国だとハクビシンは高級食材なんですよ。欲しいなあ」(小林さん)
同じく新庄地区、ケヤキや杉の森の中にある大きな山小屋が見えた。ここは森の多様性を体験できる「森と暮らすどんぐり倶楽部」が運営する喫茶店だ。
「会社員をやめて、山に入って22年目になります。ワサビや山野草を栽培するほか、季節になると山に山菜を取りに行きます。このあたりで取れる山菜は僕の知る限り20種類くらいで、おいしい種類はもう少し限られています」と、代表の松下照幸さん。
「山菜は、僕の師匠が得意でよく使っていました。僕も興味があります」と小林さん。
山小屋から出て、わさび田まで歩く途中で小林さんが目を止めたのは、たわわに実って赤く熟成した実山椒。「香りもいい。これはいい山椒ですね!」。
「わさびは2年ものの栽培にも取り組んでいるところです。味わいもより乗ってくる」と松下さん。
こうして2日間で美浜町を「馳走」した石田さん、飛田さん、小林さん。旅で出会った食材と旅の中で得たインスピレーションで、コース料理を作り上げる。
text:柿本礼子, photo:水野直樹