World news Paris:週末はパリを抜け出して郊外へ オーベルジュ「ル・ドワイユネ」で過ごす癒しのひととき

もともとは、世界的に有名な彫刻家とニキ・ド・サンファルとジャン・ティンゲリーがアトリエとしていた場所がレストランに。

食の都パリで、食ジャーナリストして活動する伊藤文さんから届く美食ニュースをお届けする本連載。ここ数年、海外渡航が制限されていたこともあり、自国の“ローカル”の魅力を再発見しようという動きが起きている。それはフランスも例外ではないようだ。ある週末、伊藤さんはパリ郊外へ飛び出して、オーベルジュ「ル・ドワイヨネ」を訪ねた。

コロナ禍を経験して、多くの人々が自然とのふれあいを大切に思い始めていることを、如実に感じている。パリ市内ではなく、パリ郊外や地方に活路を見出す料理人たちが増えていることも、そう感じる理由の一つだが、そうしたなかで、一歩先に時代を読み、パリ郊外に居を構え、オーベルジュ「ル・ドワイユネ」を始めた2人の料理人が推進するプロジェクトに熱いまなざしが集まっている。

「ル・ドワイユネ」のオーナーシェフ、ジェームズ・ヘンリー(右)とショーン・ケリー(左)。自分たちの作った作物を、ダイレクトに皿に載せたいという夢を果たしている。
「ル・ドワイユネ」のオーナーシェフ、ジェームズ・ヘンリー(右)とショーン・ケリー(左)。自分たちの作った作物を、ダイレクトに皿に載せたいという夢を果たしている。

その2人はパリで活躍したオーストラリア人だ。30代後半のジェームズ・ヘンリーとショーン・ケリー。ヘンリーの経歴はパリ11区のワインバー「オ・パッサージュ」が、シェアするプレートを提案する斬新な料理で人気を博したのちに、自身の店「ボーンズ」を2013年にオープン。一方、ショーン・ケリーは、ロンドンの名シェフ、ファーガス・ヘンダーソンに師事。「セント・ジョン」で修行したのちに、ヘンリーが出たあとの「オ・パッサージュ」、「ヤード」でシェフを務めていた。2人ともパリのフードシーンを盛り上げてきた人物である。

2人のプロジェクトは2017年からすでに始まっていた。場所はパリから南に35キロほどのエソンヌ県サン・ヴランにあり、パリの中心から郊外線に乗り約50分で最寄の駅まで到着できるといった、魅力的な立地だ。さらに、もともとデュ・バリー伯爵夫人の別宅でもあったという、由緒ある敷地でもあり、1970年代には、世界的に知られているアーティスト、ニキ・ド・サンファルと彫刻家ディンゲリーが1970年代にモニュメント作品を次々に生み出した場所だった。土地にエネルギーを感じたのは無論だろう。

敷地内にある畑。農業の経験はまったくの素人だったが、いまや、レストラン関係の友人たちにも作物を分けることができるようになった。
敷地内にある畑。農業の経験はまったくの素人だったが、いまや、レストラン関係の友人たちにも作物を分けることができるようになった。

プロジェクトの中心にあるのは、畑を備えたオーベルジュを作るということ。まずは菜園作りから取り組んだ。ところがヘンリーもケリーも菜園に関する知識はなかった。そうした中で、さまざまな情報を集め、イギリスの園芸家であるチャールズ・ダウディングの提唱するノーディングシステム(有機マルチを敷いた表土に直接植え付ける方法)にたどり着いたという。そして、レストランとする目の前の広大な土地に10の区画を作り、フランスでは珍しい野菜も栽培することに。例えば、アルメニア種や韓国産のキュウリ、北海道産のかぼちゃ、ホワイトビーツ、様々な種類のトマト、えんどう豆、大根、ハーブ類、等々。果樹園も作り、梨、チェリー、リンゴ、プラムなどの木も植えている。

こうして始めた菜園作りだが、実りが非常に良く、2019年からは、今のパリを牽引するシェフたちに収穫した野菜やフルーツを届けることも一つの事業としてきた。例えば「シャトーブリアン」や「セプチーム」、「パッセリーニ」といった、今を馳せるレストランばかりだ。ヘンリーとケリーは、フードシーンを盛り上げてきたシェフとしての経験を背景にして、野菜の栽培に携わることで素材の可能性がより見えてきたという。そうした知識を他のシェフたちと分かち合えることも喜びである。例えば「捨てていた野菜の葉や花も料理に使うことができ、廃棄を減らすことができる」といった、料理人の社会的責任に対する気づきの共有だ。

もともとは、世界的に有名な彫刻家とニキ・ド・サンファルとジャン・ティンゲリーがアトリエとしていた場所がレストランに。
もともとは、世界的に有名な彫刻家とニキ・ド・サンファルとジャン・ティンゲリーがアトリエとしていた場所がレストランに。

さて、レストランは今年初夏にやっとオープンにこぎ着いた。
ニキ・ド・サンファルとジャン・ティンゲリーがアトリエとしていた厩舎跡がレストランに。「イザベル・マラン」やスキンケアブランド「イソップ」も手がける建築事務所Ciguë(シグー)が担当して、木造の梁を充分に引き立てながら、外の光をふんだんに取り込めることのできる空間となった。

とれたての野菜に、黒オリーヴとアンチョビのソースなどを添えた、フレッシュなオードヴル
とれたての野菜に、黒オリーヴとアンチョビのソースなどを添えた、フレッシュなオードヴル
クリームなども何も入っていない、100%トウモロコシのスープ。まろやかさが秀逸。
クリームなども何も入っていない、100%トウモロコシのスープ。まろやかさが秀逸。

料理は35ユーロのランチコースと80ユーロのコース。前者はオードヴル2品、前菜、メイン、デザート1品で、後者はオードヴル5品、前菜2品、メイン、デザート2品。採れたての新鮮で質の良い野菜や果物を、繊細に火入れ、あるいは香りを乗せる料理は絶品。ニワトコの花水のグラニテを乗せた牡蠣、黄色いトマトを乗せたパン・コン・トマテ、トマトとアンチョビ、オリーヴなどを乗せたミニ野菜。100%トウモロコシのスープ。ビンナガと燻製させたトマトなどである。

ソムリエのティボー・ショヴェが担当するワインリストも必見。「スター・ワインリスト・オブ・ザ・イヤー デンマーク」2020年で表彰されたこともある人物で(ちなみに審査員には、フランスを代表するソムリエの一人でMOF称号を持つパスカリヌ・ペルティエも)、ワイン醸造家との深い関係性があってこそのセレクトだ。

今年冬前には宿泊施設もオープンする予定であり、また畑でとれた食材も一般向けに販売する予定だそう。週末はパリを脱出して自然の中で息抜きをしたいというパリジャンの心を掴むだろう。

レストランを畑から眺める。
レストランを畑から眺める。
エントランス。秋には宿泊施設もオープンする予定だ。
エントランス。秋には宿泊施設もオープンする予定だ。

LE DOYENNE(ル・ドワイユネ)
https://ledoyennerestaurant.com/
Instagram @le_doyennerestaurant_

text:伊藤 文

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