地理的に南北に長いイタリアは州によって気候や風土が異なり、地域ごとに多彩な食文化を有する。オーストリアとスイスに国境を接するイタリア最北の州、アルト・アディジェではアルプスの麓にブドウ畑が広がり、ミネラル豊かなワインとともに、独自の郷土料理のレシピがある。歴史的にドイツやオーストリアの影響を色濃く受ける当地は、イタリアにありながら一般的なイタリアのイメージと異なり、かなりユニークだ。2023年9月に現地に赴き、「アルト・アディジェ ワインサミット」のプログラムを通して体験した料理とワインのマリアージュを紹介する。
オーストリア領だった歴史が長いアルト・アディジェはイタリア語とともにドイツ語が公用語として話されており、食文化もドイツやオーストリアの片鱗が垣間見える。冷涼な山岳地域では牛が放牧され、冬になるとジビエも食する。豚肉も日常的に食べられ、保存食としてのサラーメ(加工肉食品)が発達してきた。小麦の生産量が多くないためトウモロコシや穀類から作るポレンタや米が主食として浸透している。パスタはラビオリやアニョロッティなどの詰めものが主流、パンはライ麦やカラス麦で作られる薄くて硬いものが多い。パンやケーキにはフェンネルシードやアニスを多用し、甘苦いフレーバーをもつ。
アルト・アディジェではそんな料理に合わせて、多彩なブドウが植えられ、バラエティ豊かなワインが造られている。アルプスの麓の山岳地帯で標高300mから1000mにまでブドウ畑が広がっている。冷涼な気候ではあるが北からの冷たい風をアルプス山脈が遮り、南からは広大なガルダ湖を抜けて地中海の温暖な空気が流れるため、ブドウはしっかりと成熟。土壌はドロミテ山塊に由来する石灰岩のドロマイトをはじめ、火成岩の一種である斑岩などがベース。そんな畑が育むブドウは、ミネラルが豊かでキレがありながら、ボリュームのある白ワインや、柔らかくて料理を受け止めるマイルドな赤ワインを生む。
ここでは、現地で郷土料理とともに供されたワインを紹介する。
毎日口にする燻製の生ハム「スペック」
スペック デッラルト・アディジェ(speck dell’Alto Adige IGP)は豚モモ肉の塊を塩と香辛料に漬け込んでから表面を軽く燻製して生のまま熟成させた生ハムで、ここアルト・アディジェの特産品。朝食やランチ、ディナー時の前菜(イタリア独自のアペリティーヴォの習慣はあまり見受けられない)に、またパンに挟んでスナック代わりとして日常的に食卓にのぼる。ドイツ語の「Speck(シュペック=ベーコン)が名前の由来だそう。ほかに鹿肉や猪の生ハムや燻製のサラーメも食べられている。
アルト・アディジェのチーズといえばステルヴィオ(Stelvio DOP)。ロンバルティア州境ステルヴィオ渓谷の酪農地域でつくられる牛乳製のセミハードチーズだ。北イタリア全域で見られるハードチーズ、グラナ・ パダーノやパルミジャーノ、またゴルゴンゾーラもおなじみで料理にも用いられる。
こうした燻製サラーメやチーズが前菜や食事のスターターとしても定番。ピノ・ビアンコやソーヴィニヨン・ブラン、ゲヴェルツトラミネールといった白ワインとともに楽しまれる。またタンニンや酸がマイルドで淡い色の赤ワイン、スキアーヴァで始めることも多く、これならメインまで通すこともできる。
パン粉の団子カネデルリ
カネデルリ(Canederli)もアルト・アディジェ独特の料理。パンにチーズや卵、ほうれん草などの野菜やキノコを練り込んで団子状にしたもので、ザウアークラウトとともに前菜として供されたり、スープに入れることも多い。固くなったパンを利用するためのレシピでもある。前菜として食されるので、フレッシュなタイプの白ワインやスキアーヴァとともに。
山あい渓流で獲れる新鮮な川魚
海に面していないため、魚介は淡水魚が中心。パッサー川など山あいの渓谷で獲れるイワナやヤマメはチャー Char と呼ばれて親しまれている。またガルダ湖など大きな湖ではワカサギが釣れる。身は淡白なのでムニエルやソテー、唐揚げなどにすることも多いが、昨今のガストロノミックなレストランなどでは新鮮なうちに捌いて、さまざまな趣向のソースを添えて前菜にしたり、野菜やフルーツとともにサラダ仕立てにしたりと、調理法が広がっている。
メニューによって、スッキリした白からフルボディのシャルドネなど。加熱したものはスキアーヴァも合う。
バラエティ豊かな肉料理
山岳地帯なのでジビエは昔から食され、猪や鹿はサルシッチャなどのサラーメの素材としても活用される。日常的に食べられているのは牛肉や仔牛肉、豚肉でローストや煮込みなどにされ、ポレンタが添えられることも。またユニークなのはオーストリア料理として知られるシュニッツェル(仔牛のカツレツ)、ハンガリーの食文化でドイツでも食されるグーラッシュ(パプリカとラード入り牛肉の煮込み)なども定番の肉料理として浸透していること。北イタリアならではの食文化といえよう。
イタリア一の生産量を誇るリンゴ
アルト・アディジェの特産品としてワイン同様に重要なのがリンゴ。リンゴはイタリア北部全域で栽培されているが、イタリア全体のリンゴ生産量の約4分の1に当たる約42万トンをアルト・アディジェ産が占め、栽培面積は7万ヘクタールに及ぶ(FAOSTATO 2017年調べ)。先進的な農業政策による高密樹植栽のため、収量が高いのが特徴だ。果樹園は平地に広がっているため、街道を走ると垣根栽培のように高く仕立てたリンゴ畑が続き、赤青さまざまな品種が植えられているのを見ることができる。
そんなわけで毎日の食シーンでも何かとリンゴがお目見えする。サラーメやチーズプレートにはリンゴのジャムやチャツネが添えられるし、家庭でもレストランでも食事の後のリンゴのシュトゥルーデルは定番。粉と水とバターで練った生地で甘く煮たリンゴを包んだオーストリア風である。ほかにリンゴのペストリーやフリッテッレなどもポピュラー(ちなみにこれだけリンゴがあってもシードルは造られない。生産者に尋ねてみたところ、「これだけ多くのワインがあるのに、なぜリンゴで酒を造る必要があるのか」と逆に問われてしまった)。
陰干しして糖度を高めたブドウから造られる甘口ワイン、パッシートはイタリア全土で造られるが、ここアルト・アディジェでもさまざまなブドウ品種のパッシートがある。きれいな酸を残し、凝縮されたブドウの果実味からくる甘みが心地よいパッシートはリンゴのスイーツにはぴったりだし、デザートがなくてもこの1杯で満たされる。
南チロルとも呼ばれるアルト・アディジェ。歴史的に南部のトレンティーノとも異なる、独自の食文化が発達してきた。ワインに関してもユニークな地理的条件と人々の勤勉な気質から、ミネラルが豊富でアロマティックな白ワインや、薄旨系ともいえる赤ワイン、キレのよいスパークリングワインなど、近年の食のトレンドに寄り添う味わいのものが造られいる。特筆すべきは、その品質が総じて高いことだ。飛び抜けて有名な生産者や名指しで世界中の人が探すようなメジャーなワインは今のところないから、味わいに比して価格が抑えられている。ここで紹介した生産者の多くは日本にも輸入されているので、ぜひ探してみてほしい。
アルト・アディジェの州都 ボルツァーノまでは、ミラノから高速道路を飛ばして4時間を要し、行くのは容易でないかもしれない。けれどもし訪れる機会があれば、この地のワインがどうしてこのような味わいになるのかが理解できるだろう。アルプスまで連なる山塊の白い断崖や赤い岩、日当たりのよいテラス状のブドウ畑、そして実直で勤勉な人々。そんな要素が、アルト・アディジェ産のワインには詰まっているのである。
アルト・アディジェのワインについて知るには
https://www.altoadigewines.com/ja/
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写真・文:谷 宏美