ヴァレッダオスタ州、トレンティーノ=アルト・アディジェ州、フリウリ=ヴェネツィア・ジューリア州
イタリアを回り始めて最初の10年ほど、僕はワインしか見ていませんでした。当時の料理の記憶は、あまりないのです。ところが、イタリアワインは、料理と一緒になって真価を発揮する、とある時気づき、郷土料理を意識してワインを合わせるようになりました。訪ねたワイナリーで、郷土料理の旨い店を教えてもらうとハズレなし。その結果、イタリアを回る楽しさが、何十倍にも増したのです。
今回説明させていただく北方のアルプスエリアの共通点は、寒さに耐えるためのハイカロリーな料理であること。標高の高い場所は、農作に限界があり、春夏に越冬用の食糧をいかに確保するかが大切でした。夏、アルプスの山で放牧する牛のミルクで作るチーズは、冬の主要な食材となり、乳脂肪たっぷりの料理となります。ワインについていえば、こうした濃厚な料理に地元の人が合わせるのは、標高の高い場所で生まれる、色が淡くて透明感のあるワインです。重たい料理には、軽やかなワインこそ合うのです。
フリウリ=ヴェネツィア・ジューリア州、トレンティーノ=アルト・アディジェ州はいずれもハプスブルク家の支配下にありました。グーラッシュ(パプリカを利かせた牛肉の煮込み)は典型で、ハンガリー発祥の料理ですが、両州の郷土料理としても根づいています。また、豆、キャベツ、トウモロコシ、臓物、ジャガイモなどを巧みに組み合わせたスープも、寒いエリアならではの工夫を感じさせてくれます。
フランス、スイスと国境を接するヴァッレ・ダオスタ州も、隣国の食文化の影響を受け、イタリアでは珍しくパスタをほとんど食べません。山の上ではパンも保存食。水分が完乾燥させた枯れ木のような硬いパンを削り、スープに浸して食べます。やはり体を温める料理に、注目したいです。
「カイス・イン・ウミット」は、2~4月の郷土料理。フリウリ地方で2年近く修業した高山大さんは「よく作っていました。冬は、ポレンタばかり食べるのですが、食材の少ない時期に、腹持ちがよいからなのです。ポレンタのソースを変えたり、焼いたり、揚げたり、飽きずに食べられる工夫がなされていましたね」と語る。ちょうどよい食感に火を入れるのが難しいポレンタだが、高山さんは、自分がこれと思 った人の扱い方を徹底的に研究した。「2時間ほどかけてゆっくり火を入れて適切にかき混ぜると、ザラザラした粒質が、なめらかに変化します。芯に水分が浸漬した瞬間をとらえます」とそのこつを語る。
「カイス・イン・ウミット」は、白ポレンタのカタツムリ煮込み添え。フリウリ=ヴ ェネツィア・ジューリア州では、カタツムリに合わせるポレンタは、必ず白のポレンタ。アンチョビの旨味と香草の香りをまとったカタツムリが、優しい味の白ポレンタにじわりと染みる。
「シュルツ・クラプフェン」は、オーストリア発祥のアルト・アディジ ェ地方の料理だ。北村征博さんは、日本で入手可能な食材で材料の配合を突き詰め、現在のレシピを完成させた。「日本では、チヂミホウレンソウが出回る時期だけ作っています。ニンニクとタマネギの辛味が隠し味です」。北村さんにとっては「ラヴィオリの世界観が広がった思い出深い一品」だ。同州で修業した当時を「牛のスープをよく取っていましたね。赤い味がするんです。このスープにキノコやスペックを入れたカネーデルリ(パンや小麦粉で作った団子)を浮かべ、崩しながらよく食べました」と振り返る。
ライ麦粉と強力粉を半々の割合で練ったパスタ生地に、リコッタチーズ、ホウレン草を包んだラヴィオリ。熱々の焦がしバターをかけて芳ばしい香りと一緒に口の中へ。ツルリとラヴィオリが滑り、噛めば優しいスパイスの風味が広がる。
アルプスの山々に囲まれたヴァッレ・ダオスタの冬は雪深いため、保存食が発達してきた。昔はパンも年に数回しか焼かず、乾燥させて食べたという。そんなパンをおいしく食べるために生まれたのが、州名物のプリモピアット「ヴァルペッリーナ風スープ」だ。材料は固くな ったライ麦パンと土地名産のフォンティーナチーズ、チリメンキャベツ、そしてブロード。小麦が採れないこの地のパンはライ麦から作られ、プリモピアットにはパスタではなくスープやニョッキが出される。熱いスープでトロトロに煮込まれたライ麦パンと甘いキャベツ、チーズが溶け合った、山の素朴なプリモピアットだ。
ヴァッレ・ダオスタの州都アオスタの北の町、ヴァルペッリーナの伝統料理。グラタン皿にラードで炒めたチリメンキャベツとフォンティーナチーズを重ねてブロ ードを注ぎ、オーブンで焼き上げたプリモピアット。
Kazuo Naito
1964年愛知県生まれ。「ヴィーノ・デ ッラ・パーチェ」ディレットーレ兼ソムリエ。イタリア全州を巡る郷土ワインと料理のリサーチは現在5周目に突入。昨年秋訪問したサルデーニャでは、内陸部の料理を探求。
text : Kaori Shibata、Megumi Komatsu photo : Kenta Yoshizawa、Yuu Nakaniwa
本記事は雑誌料理王国2011年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2011年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。