極小域料理の先駆者、北イタリアの3つ星シェフ ニーダーコフラー氏が目指す場所

極小域料理の先駆者、北イタリアの3つ星シェフ ニーダーコフラー氏が目指す場所

北イタリア・ドロミテ地方にあるミシュラン3つ星レストラン「サント・ウベルトゥス」のシェフ、ノルベルト・ニーダーコフラー氏が急遽来日した。
現在「アマン・ヴェニス」はじめアマンのグループ・コンサルティング・シェフを務めるニーダーコフラー氏の来日理由は新プロジェクトのためだそうだが、その内容はまだトップシークレット。現在60歳のニーダーコフラー氏の日本での新たなチャレンジがどのような形になるのか?その詳細は近々明らかにできると思うので、それまでしばし楽しみにお待ちいただきたい、とのことだった。

2022年5月に来日した北イタリアの3つ星「サント・ウベルトゥス」のシェフ、ノルベルト・ニーダーコフラー氏。次回来日時は日本の人達にも自分の料理を楽しんでもらいたいとのこと。今回はじっくりとその料理哲学を伺えた。
2022年5月に来日した北イタリアの3つ星「サント・ウベルトゥス」のシェフ、ノルベルト・ニーダーコフラー氏。次回来日時は日本の人達にも自分の料理を楽しんでもらいたいとのこと。今回はじっくりとその料理哲学を伺えた。

前回ミラノでインタビューして以来4年ぶりに会うニーダーコフラー氏は、時差ボケもものともせず実に元気そのもの。ここ2年間はコロナの影響で日本はもちろん、ほとんど外国に行けなかったそうで、その間何をしていたのか、とたずねると「ひたすら料理本を作っていました」と楽しそうに笑った。
料理本とはニーダーコフラー氏が暮らすドロミテ地方の美しい自然と80の料理レシピをおさめた『クック・ザ・マウンテン』のことで、2020年度ドイツ料理本アワード金賞に輝いた豪華本だ。

「サント・ウベルトゥス」は標高1500mに建つアマンのパートナーホテル「ローザ・アルピーナ」のメインダイニングで、ドロミテにある食材のみを使った極小的地域料理「クチーナ・ミクロ・テリトリアーレ」を標榜している。
その地域にある、季節の食材しか使わないという考え方はイタリア伝統料理の根幹を成す哲学だが、ニーダーコフラー氏はその第一人者であり、現在このコンセプトを世界中のアマングループに広めようとしている。例えば「アマン・ヴェベニス」なら「クック・ザ・ラグーン」つまりヴェネツィア湾の食材のみを使うようにするなど、極小的地域料理ならではのアドバンテージを最大限料理に生かすよう日々実践しているのだ。

トレンティーノ・アルト・アディジェ州にある「サント・ウベルトゥス」。標高1537m、夏は短く、冬が長い北イタリアの山岳地帯にありながらも地元のハーブや山菜などを積極的に料理に生かし、2018年度以来ミシュラン・イタリアで3つ星に輝く。
トレンティーノ・アルト・アディジェ州にある「サント・ウベルトゥス」。標高1537m、夏は短く、冬が長い北イタリアの山岳地帯にありながらも地元のハーブや山菜などを積極的に料理に生かし、2018年度以来ミシュラン・イタリアで3つ星に輝く。

ニーダーコフラー氏は2018年に3つ星となるまで11年間も2つ星を維持しており、すでにイタリア国内でその名は知れ渡っていた。
ドロミテで生まれ育った彼は、外国や「ダル・ペスカトーレ」での経験をへて生まれ故郷に戻り、1996年に「サント・ウベルトゥス」のシェフに就任。ドロミテの食材しか使わないというクチーナ・ミクロテリトリアーレの権化であり、史上初めてトレンティーノ・アルト・アディジェ州に3つ星をもたらした。
トレンティーノ・アルト・アディジェ州は地理的にも歴史的にもドイツ語文化圏の影響が大きく、現在も公用語はドイツ語とイタリア語だ。すでにオリーブが育つ北限を超えており、トマト、オリーブオイル、スパゲッティといった一般的なイタリア料理とは対極にある。

Bue di malga fieno
Bue di malga fieno

「実はグアルティエロ・マルケージより先に、史上初めて3つ星となったイタリア人シェフはトレンティーノ・アルト・アディジェ州出身のハインツ・ウインクラーなんですよ。その意味ではトレンティーノ・アルト・アディジェはミラノより進んでいましたね」と笑う。ハインツ・ウインクラーとはドイツで活躍した料理人で、マルケージに先立つこと4年、1981年にミュンヘン郊外にある「レジデンツ・ハインツ・ウインクラー」で史上初めてイタリア人シェフとしてミシュラン3つ星の栄誉に輝いたのだ。

とはいえ陽光眩しい南イタリアのナポリやシチリアに比べると「サント・ウベルトゥス」があるドロミテ地方は、こと食材という点においては圧倒的に地理的ハンデがあることは疑う余地のない事実だ。しかもドロミテの中でも「サント・ウベルトゥス」があるアルタ・バディア地方は、希少言語・ラディン語を話す人々が暮らすイタリアの秘境中の秘境。しかし現代のガストロノミー、特にフードエクスペリエンスという観点においては、地理的ハンデは逆にアドバンテージとなる。まだ見ぬ未知の食材や料理を求め、世界中から多くの美食家達が「サント・ウベルトゥス」を目指す現在、イタリア料理界にいて真のサステイナビリティ、フォレジングといった現代的キーワードを実行している料理人がニーダーコフラー氏なのだ。

Variazione di maialino da latte
Variazione di maialino da latte
Salmerino & Cavoli
Salmerino & Cavoli

「クック・ザ・マウンテン=山を料理する」というニーダーコフラー氏の哲学は、地元=ドロミテでとれる季節の食材のみを使用し、それまで日が当たらなかった食材や農産物への再評価、あるいは食品廃棄を最小限に抑えることなど、山に暮らすには必要不可欠な行動と選択をガストロノミーレベルへと昇華させたものだ。
そしてニーダーコフラー氏が提唱しているのは「クック・ザ・マウンテン」のコンセプトはそのままあらゆるテリトリーに置き換えることができる、ということだ。ヴェネツィア湾の食材を重視するなら「クック・ザ・ラグーン」。あるいは熱帯雨林なら「クック・ザ・ジャングル」に、川ならば「クック・ザ・リバー」になるのかもしれない。
それでは果たして近々東京に登場することになるアマンの新プロジェクトでの世界観は、いかなるものになるのか?インタビューに同席したアマン東京「アルヴァ」のエグゼクティブ・シェフ、平木正和氏を評してニーダーコフラー氏はこう発言した。

「平木シェフとは先日、豊洲の市場に一緒に行ったんですが、食材を活かすということにかけて、私がいうべきことはなにもない。すでに非常に高いレベルで実践しているシェフなのですから」

ニーダーコフラー氏が東京で展開する料理とは「クック・ザ・トウキョウ」あるいは「クック・ザ・ジャパン」となるのか?
その答えがわかるのはもう少し先になりそうだが、おそらく次回来日時にはかなり見えてくるのではないだろうか。すでに秋以降には平木シェフとのコラボイベントも企画されているので、今後のニーダーコフラー氏の動向からはしばらく目が離せそうにない。

https://www.rosalpina.it/de/norbert-niederkofler.htm

text・photo:池田 匡克

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