イギリスで2000年代から徐々に台頭してきた料理に力を入れる「ガストロパブ」が、最近はインテリアだけでなくビル建築さえ新しい「コンテンポラリーパブ」へと進化を遂げている。
イギリス人が家で料理をするのが面倒臭いとき、外食をするとしたらダントツ人気はピザ。次点にくるのが、おそらくインド料理、またはパブ飯となるだろうか。
筆者が渡英した20年ほど前は、ちょうどロンドンはガストロパブ・ブームに沸いていた。パブでレストラン並みの上質な食事を出すようになり、またレストランよりも割安なことから誰もが地ビールとグルメ料理の組み合わせに夢中になった。
ガストロパブを大雑把に定義すると「パブの定番料理に敬意を払いつつ、レストラン・レベルの質を約束していること」だろうか。イギリスの伝統的なパブ料理と言えば、まずはフィッシュ&チップス、そしてバンガーズ&マッシュ(ソーセージとマッシュポテト)、パイ料理、バーガー、各種サンドイッチなど。これらの基本メニューを抑えつつ、ヘッドシェフが独自料理を展開していくのがガストロパブだ。
ガストロパブのシェフたちは、高級レストランの厨房で腕を磨いてきた強者揃いだ。彼らの力なくして現在のガストロパブ文化は築かれなかった。そして今、その進化系とも言うべき「コンテンポラリーパブ」が、英国各地で誕生している。
コンテンポラリーパブとは、ヴィクトリア朝パブの古臭さを排除し、「バー」的な要素を多く取り入れたモダンな食事パブだと言えばいいだろうか。その完璧な例が、昨年から今年にかけて立て続けに登場している「The Broadcaster / ブロードキャスター」と「The Arber Gardens / アーバー・ガーデンズ」である。
ブロードキャスターは西ロンドンにあるBBC放送局のすぐ隣にあることから命名。大手メディアのお膝元と言う恩恵を受け、すでにトレンディ・パブの仲間入りをしている。アーバー・ガーデンズはロンドン中心部の再開発地区に位置する植物をテーマにしたパブ。英国の植物学者にちなんだ命名で、ボタニカル・ドリンクの代表でもあるジンや、その他のハーブを使ったアルコール・メニューを売りにしているようだ。いずれもスッキリとしたモダンなインテリアが印象的。
両者は兄弟パブで、エグゼクティブ・シェフのルーク・レイメント=ブレイキーさんがメニュー監修をしている。ルークさんは英国きってのミシュラン・シェフ、ゴードン・ラムジーさん率いる5つ星ホテルのレストランでヘッド・シェフを務め、その後、名だたる複数のプライベート・クラブで腕をふるった経歴の持ち主。両パブを試してみたが、食事の質の高さにはまったく度肝を抜かれた。目新しい料理はその独自色が素晴らしく、パブ飯の定番はシェフのクラフトマンシップにより、さらに上のレベルへと昇華させられていた。
オーナーは長年に渡ってガストロパブ業界を生き抜いてきた敏腕事業家だ。彼らが提案しているのは「新時代のパブの在り方」。モダンな空間と驚くほど安定している食事の質が、パブ新時代の到来を強く物語っていると思った。
パブ飯がサンドイッチという時代はとうの昔に終わり、優れた料理を提供するガストロパブの誕生を迎えて久しいが、今、その進化系であるコンテンポラリーパブが日常に浸透してきた。力強さの秘密は、入念なコンセプト作りにある気がしてならない。
The Broadcaster
https://www.thebroadcaster.co.uk
The Arber Gardens
https://www.thearbergarden.co.uk
text・photo:Mayu Ekuni 協力:英国政府観光庁