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カレーに頼らないインド料理を生み出す現代の魔術師

カレーに頼らないインド料理を生み出す現代の魔術師

イギリスは大英帝国時代から独自のインド料理文化を育んできた。ロンドンに次ぐ第2の都市バーミンガムはインド圏からの移民を多く受け入れてきた歴史があり、その土壌から究極のモダンインディアンを生み出している。

先日、イギリス国内でも最高峰と言われるミシュランの星付きインド料理を食べてきた。場所はイングランド中部の活気ある街、バーミンガム。星付きインド料理店ならロンドンにも何軒かあり、そのほとんどで食事をしたことがあるが、そのいずれとも違う独創的な料理の数々からは気持ちの良いボディブローをいただくことになった。

そのレストラン「Opheem(オフィーム)」を率いるのは、バングラデシュにルーツを持つバーミンガム生まれのアクタル・イスラムさん(Aktar Islam/冒頭写真)。彼はほんの7歳の頃から家族が営むインド料理店を手伝うようになり、そのままシェフになったたたき上げ。21歳で初めてのレストランをスタートして以来、レシピ本の出版、テレビ料理番組での優勝やレギュラー出演、レストラン事業アドバイザーとしての活躍、多角経営などキャリアを伸ばし、現在は国内最高峰シェフとしての地位を築き上げている。

Opheemで食事をして気づいたのは、カレーという形を取らなくてもインド料理は成り立つということだった。それはアクタルさんが意識して取り組んできたことでもある。

カレーに頼らないインド料理を生み出す現代の魔術師
カレーに頼らないインド料理を生み出す現代の魔術師
シェフの遊び心と味覚を知るのに最適のカナッペ類。アクタルさんの美的センスと平衡感覚がよく現れている。野菜のエッセンスを凝縮した手前のリーフは口の中を驚きで満たしてくれた。

かつて大英帝国の植民地だったインド圏の料理は、イギリスの食文化にしっかりと根付いている。特にバーミンガムやレスターなどイングランド中部の都市にはインドやパキスタン、バングラデシュから移民が数多くやってきて根をおろすことになったため、良質なインド料理店が多いことは国内ではよく知られた事実だ。まさにアクタルさんの両親が1970年代にバーミンガムに移住し、飲食業を始めた背景に通じている。

だからイギリスのインド料理に、大きなハズレは少ない。イギリス人の舌に合わせて少しずつ進化してきた英国風のインド料理は1990年代にある種の成熟期を迎え、西洋料理の理念と融合させることでミシュラン審査員の目にとまるようになった。例えば西洋風に調理した肉や魚にカレー風味のソースを合わせるなどの常套もあれば、もう少し踏み込んだ味もある。2010年代以降はシェフたちが小皿料理でアイディアを競うテイスティング・メニューに力を入れるようになり、さらに研ぎ澄まされた料理が生み出されることになる。

ニンジンのタンドーリ。繊細な味に仕上げられ、コンテンポラリー・インディアンの真髄を感じた一品。
ニンジンのタンドーリ。繊細な味に仕上げられ、コンテンポラリー・インディアンの真髄を感じた一品。
インド伝統のデザート「ラスマライ」を再構築したカルダモン風味のミルク・ボール。アクタルさんならではの創意あふれる一品だ。
インド伝統のデザート「ラスマライ」を再構築したカルダモン風味のミルク・ボール。アクタルさんならではの創意あふれる一品だ。

ちょうどパンデミック前年にオープンしたOpheemでは、英印が辿ってきたそんな歴史を究極の形で結びつけようとしている。アクタルさんが力を入れているのは、地元産の季節食材を使うこと、そして最新鋭の調理器具を駆使して彼らしい現代料理を創り出すこと。その先にあるのは、かつて誰も到達したことのない、カレーに頼らないインド料理の確立だ。伝統を現代の作法に置き換えるのに、もはや玉ねぎをベースとした重いカレー・ソースは必要とされないのである。

ではアクタルさんの料理をインド料理だと告げられずに食したとしたら、それとわかるだろうか? 答えはイエス。少なくともイギリスで長らく本場の味に親しんだ人には。スパイスは確実に香り、インド料理の輪郭を主張してくる。後はただ、シェフの魔法に舌を委ねるだけだ。

Opheem
https://opheem.com

text・photo:Mayu Ekuni 協力:英国政府観光庁

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