進化する料理人たちはジャンルを越えて刺激し合う。独自の文化とスタイルを貫く中国料理にも進化の波が押し寄せ、表に出なかった技や表現に注目が集まる。そんな中国料理にフランス料理がであったら──。フレンチ・渡辺シェフは『フランス料理では、辛味を強調することはありませんが、使い方次第では味が引き締まるので、中国料理の「辛味使い」は知りたいことのひとつです。』ふたりのトップシェフの挑戦をレポート。【第一弾】
東京の麻布十番で、本場・四川の味を伝える井桁良樹さんは、自ら中国に渡って修業を体験した「新世代の料理人」の草分けだ。井桁さんの若い頃は、本場に飛び込んで学びたいと思っても、政治的な理由もあって、中国で働くのは難しかった。日本のホテルの厨房で、中国人の総料理長に師事すればいい……。しかし、「どうしても本場の本物にふれたい」という願望を抑えきれず、2000年、井桁さんは中国の大学に籍を置き、大学に通いながら、料理の修業に励む決意をする。
渡中して驚いたのは、厨房の規模や構造が日本とはまったく違うこと。厨房内に大きな生け簀があって、さまざまな食材が生きたままストックされている。たとえば、生け簀からスッポンを取り出して一瞬にして絞める人。それを調理する人。それぞれのプロがいて、ひとつの料理をひとりの料理人が最初から最後まで担当することはない。調理法だけでなく、調味料の種類や配合も日本に伝えられていたものとはスケールが違った。
2年後に帰国。井桁さんはその体験を後輩たちに伝えた。これが後に、多くの日本の才能を開花させる契機となった。その意味でも、日本の中国料理界における井桁さんの功績は大きい。
そして15年が経った。
「もちろん中国の伝統は大切です。しかし、それだけに頼っていては取り残される」。井桁さんは、世界の料理界の変化を見据え、次のステップを追求する。時代の要求を察知し、コース料理の構成も更新させながら、サービスにはフランス料理のメートル・ド・テルを起用しているのだ。「時代の先を見て進化し続ける人。井桁さんの料理をじかに体験し、学びたい」という料理人は多い。中国料理の料理人はもちろん、フランス料理のシェフ渡辺雄一郎さんも、以前から井桁さんに注目していたのだ。