マカオ随一の高級ホテル内の和食店「瑞兆」と東京のフレンチ名店「ラチュレ」のコラボレーション。シェフが見たマカオ「都市型リゾート」の今とは?


マカオというときらびやかなホテルとショッピング、ポルトガル文化の名残、各種エンターテインメントなど人によってイメージはさまざまだろうが、食に関してはどうだろう? 今年9月の上旬、東京・表参道のフランス料理店「ラチュレ」のオーナーシェフ、室田拓人さんが、マカオの大規模高級ホテルのグランド・リスボア・パレス・リゾート・マカオにて、日本料理店「瑞兆」とのコラボフェアを開催。その料理を紹介するとともに、お二人のシェフの感じたマカオの今について聞いた。

コンパクトな土地に多彩な楽しさが詰まるマカオ

マカオは総面積33.3㎢(板橋区と同じくらい)のコンパクトな土地。地理的にはマカオ半島とタイパ島、コロアン島で構成され、タイパ島とコロアン島は新興埋立地のコタイ地区で繋がっている。

マカオ半島には、西洋と東洋の文化が融合した歴史的建築物の街並みでポルトガル統治時代を今に伝える「マカオ歴史地区」やバンジージャンプが体験できるマカオタワーが有名だ。

タイパ島は、マカオの伝統料理やスイーツ、お土産が揃う歩行者天国の「官也街(クンヤーガイ)」、ペパーミントグリーンが印象的なポルトガル建築の邸宅5軒の「タイパ・ハウス」、グラフィティアートが施された建物が並ぶ「石街(セッガイ)」などが見所。南に位置するコロアン島ではビーチリゾートが楽しめる。

そして、コタイ地区はIR(総合型リゾート)開発が目覚ましく、ここにオープンした複合施設が「グランド・リスボア・パレス・リゾート・マカオ」(SJMリゾーツ社)。今回「ラチュレ」の室田拓人シェフがコラボレーションの舞台として訪れたのは、同施設のホテルに入っている日本料理店「瑞兆」である。

クラシックな雰囲気が魅力のタイパ・ハウス
堂々たる姿を誇るグランド・リスボア・パレス・リゾート・マカオ
ホテルには東西それぞれにロビーがあり、随所にマカオのアーティストの作品が飾られている。

「ラチュレ」の室田拓人さんにオファーがあったのはイベント開催の2カ月ほど前であったという。 SJMリゾーツでは「シェフズテーブル」シリーズとして中国料理、イタリア料理×ドイツ料理のコラボレーションなどをこれまでに行っており、今回は瑞兆の総料理長、紀之本義則さんと室田さんに白羽の矢が立てられたのだ。日程は、3日間の昼夜計6回である。

「当店では近年インバウンドが増えており、特にアジアからのお客様が多く、それぞれの国の食文化や、どんな味覚の傾向があるのかを現地で知りたいという思いが常にあります。これまで台湾、シンガポール、バンコクにはイベントなどで訪問した経験があるのですが、マカオにはまだ一度も行ったことがなかったので、ぜひ行ってみたいと思い喜んでお受けしました。日本料理とのコラボも初めてで、僕だけでなくスタッフも勉強になる良い機会だと思い、料理人4名、サービス1名も同行させることにしました」(室田さん)

正統な割烹の魅力をマカオの人々に伝える瑞兆。樹齢350年の檜を用いた重厚なカウンター。

日仏のアプローチで「日本の秋」を表現

料理テーマは“日本の秋”。二人はオンラインで打ち合わせを重ね、①個々に担当する料理、②共同で作る料理、③一つのテーマ素材に対し和食とフレンチそれぞれで作る料理、にてコースを組み立てた。

①は主に前菜とデザートで、和食は「柿の白和え」と「菊花蕪の鶏射込み」、フレンチは「カツオ藁焼き」と「栗のモンブラン」。②は「黒アワビと森のキノコのフリカッセ」と締めの「松茸ご飯」。③のテーマ素材は日本らしさと高級感のある人気食材ということでノドクロと和牛に。

初めてのタッグながら二人は意気投合し、食材や担当はスムーズに決まったそうだ。

「食材は瑞兆で調達していただくことになり、僕は包丁とごく一部の食材だけ持参し、イベントの2日前に現地入りしました。紀之本さんは日頃から日本のプレミアム食材を使った料理を提供されているそうで、今回も大半が日本産、それも素晴らしい品質のものばかりでした。走りの柿や梨、あしらいのモミジに至るまで日本産が揃っており、驚きました」(室田さん)

【ラチュレ】カツオ藁焼き 秋野菜のコンディマン
もどりガツオをたたきにする調理は瑞兆が担当。山形のだしから発想を飛ばし、ズッキーニ、ミョウガ、モズクなどで作ったコンディマンをのせ、客席で注ぐソースはトマトのコンソメとローズマリーオイルで作ったもの。
【瑞兆】菊花蕪の鶏射込み椀
鶏挽き肉を蕪に詰めて、鶏肉とカツオ節のだしで煮る。包丁技が光る蕪の菊花模様。錫椀の銀色と散らした菊花の黄色のコントラストも目を楽しませる。
【ラチュレ】ノドグロ 初秋のスープ仕立て
脂ののった上質なノドクロを使い、フレンチ版はポワレに。ハマグリのだしとパセリバターのスープソース、ギンナンやマイタケ、娃々菜(ワワサイ。ベビー白菜)を組み合わせた。
【瑞兆】ノドグロ煎り米焼き 雲丹ソース
和食版はノドグロを炭火で焼き、揚げた稲穂も添えて、日本の豊穣な秋を表現。北海道産バフンウニと醬油で作ったソースを添えて。
【瑞兆×ラチュレ】黒アワビと森のキノコのフリカッセ
三重県産アワビの火入れは和の技法により、昆布と日本酒で2時間蒸した。白ワイン、キノコ各種、イノシシのベーコン、生クリーム等で作ったフレンチのソースを合わせ、キノコのぱりぱりなチュイルと野生のキノコのパウダーをトッピング。「狩猟で山に入った際の落ち葉を踏む音を食感で再現しました」と室田さん。
【瑞兆】薩摩 A5イチボとキャビアの押し寿司
ノドグロと同様、和牛料理も和食とフレンチを1品ずつ提供。瑞兆は定番にしているキャビアの押し寿司をバージョンアップし、軽く炙った和牛のイチボと合わせたもの。
【ラチュレ】薩摩 A5牛肉のウェリントン風 ソースペリグー
得意のパイ包み料理をメインに。中には和牛ロースとフォアグラ、シャンピニョン・デュクセル。ソースはトリュフを使ったペリグーの王道スタイルで。あしらいのモミジも日本から取り寄せたものだ。
10皿のディナーコース、ノドグロ料理を抜いた8皿のランチコースを提供。両店のソムリエが相談の上、シャンパーニュ、ブルゴーニュ白、ボルドー赤、日本酒が組み合わせられた。グランド・リスボア・パレス・マカオのデラックスルーム1泊つきのプランも。

瑞兆は2020年に香港でオープンした日本料理レストランで、マカオ、シンガポール、東京にも展開している。マカオの店は樹齢350年のひのきを使った長さ9mのカウンター主体の割烹スタイルだ。

2021年オープンのこのマカオ店を任されている紀之本義則さんは、大阪出身。料理歴28年以上のうち20年ほどを石川で過ごし、特に魚介料理に定評がある。また、東京、大阪、そしてシアトルでも経験があり、多国籍のゲストを相手にサービスすることに長けている。 

「マカオは多様な食文化が混在し国際色豊かな土地柄ゆえ、新しい食材やアイデア、インスピレーションを得られる機会に恵まれています。しかし、日本料理特有の繊細さや本物の味を保ちつつ、現地の人々の好みに合うように工夫するのは容易ではありません。特に塩加減には気を遣いますし、新しいことへの挑戦は慎重さが求められます」(紀之本さん)

室田さんも調理の際、塩加減に注意を払ったと話す。

「マカオの人は日本人よりも薄味志向というか、鋭角な塩味を好まないのではないかということを、日頃の営業のインバウンドのお客様の反応で感じていました。例えば皿に盛りつけた肉に岩塩を振って提供すると、この塩はいらないと言われたこともあります。実際にマカオでチャーハンや青菜炒めなどのローカルフードを食べてみたところ、やはりやさしい味わいでした。ましてや繊細な和食と交互に提供するので、バランスを考慮して塩を控えました」(室田さん)

イベントは1営業につき20名限定ですべて満員御礼。マカオの人を中心に香港からも来店した。カウンター越しにお客様の笑顔を見て安堵したと室田さんは話す。

一方、紀之本さんはこのように語った。

「今回は室田シェフとラチュレのチームの皆さんの食に対する考え方や、アプローチの多様性を学ぶことができました。また、お互い異なる技術やスタイルを持ちながら一緒に料理を創作することで、文化の壁を越えた新たな味を生み出すことができ、大変貴重な時間でした。このようなコラボレーションは料理の可能性を広げるだけでなく、シェフ同士の絆を深める素晴らしい機会ですね」

圧巻のスケールと華やかさの複合施設

瑞兆が入る「グランド・リスボア・パレス・リゾート・マカオ」は、3棟のホテル、ショッピングセンター、スパ、イベント会場などの施設を擁し、3棟のホテルは、旗艦の「グランド・リスボア・パレス・マカオ」、世界初カール・ラガーフェルド監修「ザ・カール・ラガーフェルド・マカオ」、アジア初のヴェルサーチェ監修「パラッツォ・ヴェルサーチェ・マカオ」という、個性と迫力に満ちた構成。

80㎡あるグランド・リスボア・パレス・マカオのジュニアスイート。
海運の歴史を踏まえ華やかなシノワズリの内装に。

二つのファッショブランドの棟は当然のことながら、それぞれのブランドに特徴的かつ絢爛なデザインが細部まで施されている。客室は合計1900室近くあり、ホテル内レストランは瑞兆の他に南イタリア料理の「ドン・アルフォンソ1980」(内装はヴェルサーチェ)や、モダン・ポルトガル料理の「メサ バイ ホセ・アヴィレス」(内装はカール・ラガーフェルド)など17店が揃う。

活気あるマカオの最新グルメを体験すべし

最後に、初マカオ、初コラボを終えての総論を室田さんに聞いた。

「知りたいと思っていたマカオの人の味覚の傾向を確認できたことがよかった。日本料理ならではの包丁使いや、美しい仕事の所作も勉強になりました。日本の上質な食材を使える環境や優秀な人材を集められるマカオの活気ある業界を垣間見て、僕たち日本の業界に対する危機感も覚えました」

紀之本さんには、日本の料理人に向けてのメッセージをお聞きした。

「マカオの多様性をぜひ体験してほしいと思います。特に若い料理人の皆さんには、常に学びの姿勢を持ちながら互いに刺激し合い、より良い料理を追求し続けていただきたいです。皆さんの情熱が、食文化をさらに豊かにしていくことを願っています」

グランド・リスボア・パレス・リゾート・マカオ 
Rua do Tiro,Cotai,Macau
https://www.grandlisboapalace.com

瑞兆(Zuicho) 
Shop 302, Level 3, THE KARL LAGERFELD 
(853) 8881 1330

text:渡辺由美子


SNSでフォローする