ライナー・ベッカーの夢:モダン和食「Roka」がロンドンに貢献してきたスゴイこと。


ロンドンにおけるモダン和食の人気ブランド「Roka」の役割とは? ドイツ人シェフ兼実業家のライナー・ベッカーさんが築き上げた「Zuma」「Roka」帝国がこんにちも力強く前進し続ける理由を探る。

ロンドンにおける日本食人気は本物だ。この30年で「スシ」「ラーメン」「カツカレー」の順番で盛り上がり、ファンを倍々で増やしていった。小さな持ち帰り店からファストフード店、居酒屋、高級レストランまで、カテゴリーも実に多彩。特筆すべきは、90年代に創業した「Wagamama」や「YO! Sushi」などのチェーンから、「Nobu」「Zuma」「Roka」など90年代後半から2000年代にかけて生まれた高級和食グループなど現在まで続く堅調な事業のほとんどが、日本人以外の手で成し遂げられてきたことだ。

先日久しぶりに炉端焼きで有名な日本食レストラン「Roka」に行ってきたのだが、2004年の創業時の衝撃から変わらぬ美味しさで、感慨深いものがあった。

モダン和食のカテゴリーでいうと、ロンドンでは1997年オープンのNobuが先駆けであり、日本の技術にペルーのひねりを加えたフュージョン和食はかなり新鮮で話題となり、日本食を一躍スターダムに押し上げた。

その後、日本でのシェフ経験があるドイツ人シェフ、ライナー・ベッカーRainer Beckerさんが投資家と共同で「Zuma」を2002年に立ち上げたことで、ロンドンにおける和食レースは別レベルへとシフトし、Nobuとともに「クールなモダン和食」という新たなカテゴリーを作り上げた。2年後に生まれたRokaは、同じライン上にあるZumaの姉妹ブランドだ。

Roka Aldwych店は2014年秋オープン。劇場と法律事務所の多いエリアにあり、平日の昼間からにぎわう。
モダン・ジャパニーズを意識した内装。天然素材をふんだんに。

ライナー・ベッカーさんは母国ドイツの名門レストランで腕を磨き、国内外のハイアット系列のホテルでエグゼクティブ・シェフを務めた後、1994年にパークハイアット東京のエグゼクティブ・シェフに就任。6年間で5つのレストランを立ち上げた。日本に魅了された彼は屋台から懐石料理まで、日本料理の技術、歴史、伝統を探究し、炭火を駆使した独自の「炉端焼き」スタイルを確立したのだという。

Rokaは、この炉端焼きを得意としている。炉端焼きといえば囲炉裏端で食材を焼くことに由来しているはずだが、元は漁師が自分たちで獲った魚介類を炭火で焼いて食べていたことが起源だそうだ。ベッカーさんは、北方の漁師たちが獲れたての魚介を船上で炭火焼きにし、それを櫂で分かち合っていたことまで調べ上げている。

このコンセプトが現在のRokaの中心にある。店には段層に分かれた巨大な炭火グリルが設置され、炎の使い手たちがときにダイナミックに、ときに繊細に火を扱い分け、次々と素晴らしい料理を仕上げている。ロンドンではすでに定番となっている調理法だが、和食フィールドではZumaやRokaの出身者が今、炎の達人として多方面の厨房を担っているはずだ。

広いカウンター内に大きなグリル器が設置され、職人が経験則にのっとり炎で調理していく。
揚げナスの胡麻ドレッシング和え。白いご飯が進みそうな濃厚な一品だが、想像通りの美味しさでご飯なしで完食。
揚げナスの胡麻ドレッシング和え。白いご飯が進みそうな濃厚な一品だが、想像通りの美味しさでご飯なしで完食。
Roka名物、カンパチの薄造り。トリュフが香るゆずドレッシングで。左は「ROKU」ジンとシャンパン、チェリー、桜、ゆず酒で作る「sakura 75」。さわやかでさっぱりとした甘さ。

Rokaの料理を私が初めていただいたのは、中心部にある1号店で創業まもなくの頃。あまりの美味しさに思わず飛びあがった。まず、白米のクオリティが日本の高級店と同レベル。どのブランドを使っているにせよ、精米と炊き方が完璧。だからRokaのライス・メニューには常に信頼をおいている。

次に良い塩梅の塩加減。とかく濃い味になりがちなロンドンの和食店の中で、良きバランスを保っている。今回久しぶりに訪れた際にも同じことを感じたので、20年経った今も食の理念と技術は変わっていないのだろう。

そしてもちろん、炉端焼きの美味しさ。今でこそ大掛かりな直火や炭火焼きは高級店なら当たり前の調理法となっているが、そのトレンドの基盤を作ったのは間違いなくモダン和食のZumaやRokaだ。今回ロンドナーたちが大好きな「銀ダラの西京焼き(Black Cod)」のRokaバージョンを初めていただいたのだが、これが素晴らしかった。大きな銀ダラの身に均等に優しいマリネ液がしみわたり、香ばしい仕上がり。柔らかくて口の中でトロけるようだ。

個々の料理についてはキャプションに譲るとして、いずれにせよRokaは料理だけでなく、スタッフ全員のサービスや対応も気持ちよくプロフェッショナル。ロンドンにおけるモダン和食の最高峰なのだ。

現在、今回訪れたオルドウィッチ店を含めて市内に4店舗を展開しているほか、国外にも7店進出している。そのすべての店舗で同じクオリティを保つことこそ、Rokaの使命にほかならない。

Roka風のねぎま。アンバー色が美しい。
腹に紫蘇ペーストが塗られているスズキの炭火焼き。爽やかで美味しい。炉端焼きに合う日本酒として、ソムリエさんが宮城の純米「鳳陽」を選んでくれた。
炎の芸術「銀ダラ西京焼き」。味噌だれと黒胡麻、ラディッシュのピクルスで完璧な一皿に。ステム・ブロッコリーも炭火で焼き、梅入りもろみでいただく。
日本のキノコと山菜の釜飯風リゾット。Rokaの釜飯ははずれがない。出汁がきいており、塩辛くないのでいくらでも食べられる。
蜜を吸う蝶のように、あちらへヒラリ、こちらへヒラリ。そんなふうに楽しむデザート・プラッター。左上の四角いチョコレート・ガナッシュ・ケーキは、中にほろ苦い抹茶クリームが隠れている。
甘い味噌クレーム・ブリュレとピスタチオ・アイスクリーム、イチジクのグリル。梅の宿の「あらごしゆず酒」のわずかな苦みがよく合う。

ロンドンの食は近年さらに多国籍化し、どんなマイナーな国の料理でも日替わりで堪能できるご時世だ。そのクオリティを維持していくために、人材育成は待ったなし。本当に良いレストランは人をうまく育て、技術を伝承していく。

Rokaのように厨房にほとんど日本人がいなくても、これだけの優れた(ロンドン風の)日本食を提供できることは奇跡であり、企業努力の賜物だ。それはライナー・ベッカーというヴィジョナリーが描いた大いなる夢の、見事な結実なのである。

Roka
https://www.rokarestaurant.com

text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni

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