岐阜で出会う。シェフとめぐる「岐阜県産地探訪 食材見学会」を開催


飛騨の山々や美濃の清流など、山紫水明の地として知られる岐阜県。今回は岐阜県を舞台に1泊2日の産地見学会を行った。関東・関西から訪れた10名のシェフ及びバイヤーは、多様な風土が育む食材の数々に触れながら、自身の料理へのインスピレーションを高めた。

清流・長良川で鮎の伝統漁を見学

一行が最初に向かったのは、日本三大清流の一つ、長良川だ。「ダムのない川」として知られ、目視で川底が見えるほど、その水質は澄み渡っている。河口から約53km地点、2槽の木造和船を用意してくれていたのは、「天然鮎専門店 結の舟」を営む平工顕太郎さんだ。

平工さんは、組合員約700人を擁する岐阜県長良川漁協において、職業として漁を継承する専業の「川漁師」としては流域最年少であり、65歳以下では唯一のプロだ。かつては宮内庁式部職鵜匠代表の専属船頭として鵜舟を操った経験も持つ、まさに長良川の伝統を体現する人物でもある。

平工さんが見せてくれたのは、秋に産卵のために川を下る「落ち鮎」を獲る伝統漁法「瀬張り網漁」。川幅いっぱいに張ったロープをリズミカルに叩く音と、川底に敷いた白いビニールで鮎を巧みに驚かせ、動きを鈍らせたところを網で捕獲する漁法だ。

「その日の川の流れや水量を把握し、鮎の行動を読みます。川と鮎の性質を知り尽くした人でないとできないんです」と平工さん。

その年の鮎のサイズや成長具合によって使用する網も異なるといい、その難しさと貴重さを改めて知らされる。

また、この時期は同時にズガニ(モクズガニ)もかごで獲れるという。豊かな川と、生き物、そして人間。それらが無理なく共生する、古くからの営みを感じることができた。

シェフたちは「長良川の鮎は関東でも非常に人気が高い。ブランドとして知っていても、こうやって伝統的な漁法で獲られているとは知らなかった」 「これほどの技術と手間がかかっているとは知らなかったです。食材の貴重さと、守り続ける大変さを感じました」と思いを述べた。

昼食は割烹料理店「割烹うおそう」にて、鮎づくしの御膳を堪能。塩焼きや一夜干しといった定番のものから、甘辛く煮た「赤煮」や、贅沢な鮎フライなど、さまざまな調理法で味わった。

トマトに栗。季節の味覚を贅沢に堪能

バスを東に走らせると、車窓には豊かな農地と緑深い山々の風景が広がり始める。岐阜の食の豊かさが、水系だけでなくこの肥沃な大地にも支えられていることを実感しながら、中津川市の「JAひがしみの」へ到着した。

ここで待っていたのは、この地が誇る2種類のブランドトマト「東美濃王様トマト」と「加子母トマト」。テーブルに並んだ、目にも鮮やかな真紅のトマトがみずみずしく映る。

「東美濃王様トマト」の特徴は「赤熟もぎり」にある。通常、トマトは流通を考慮して青いうちに収穫されることが多いが、ここでは集荷場から産地が近いため、ぎりぎりまで赤く熟した状態で収穫できる。 皮に弾力があり、ゼリー部分も少なく実が詰まっているため、食べたときの口当たりが良い。甘みと酸味のバランスが取れた味わいも人気の秘密だ。

一方の「加子母トマト」は、なんと30年にわたり「土づくり」にこだわり続けて出来上がった逸品。土には飛騨牛の牛ふんをはじめ、大豆粕や海藻などを加えた特製の堆肥を使用しているほか、毎年土壌分析を行い、栄養バランスを管理しているという徹底ぶり。そのためトマトにもミネラルが豊富に含まれ、栄養価も高い。シェフたちは2種類のトマトを何度も食べ比べながら、それぞれの個性を味わっていた。

トマトの試食で盛り上がった一行が次に案内されたのは、収穫期を終えたばかりの栗畑。ここで紹介されたのは、その名もユニークな「ぽろたん」という品種だ。

「ぽろたん」には“奇跡の栗”という別名がある。 従来のニホングリは、おいしい反面、渋皮が実に張り付いて剥きにくいのが最大の難点だった。しかし、この「ぽろたん」は、鬼皮に傷を入れてトースターや電子レンジで加熱するだけで、なんと渋皮が鬼皮と一緒に「ぽろっと」剥けてしまうというのだ。サイズも3Lサイズ(約39mm以上)と、見た目にも申し分ないボリュームがある。

焼き立てアツアツの栗がシェフたちに手渡されていく。恐る恐る鬼皮を剥いてみると……。なるほど、その言葉通り厄介な渋皮がストレスなく綺麗に剥がれた。

「栗の皮がこんなにぽろっと剥けるなんて驚きですね」「この状態でお客様に提供して、お客様自身で剥いてもらうという体験も良さそうです」 と、シェフたちはそれぞれに感嘆の声を上げる。

湯気ごと思い切って頬張ると、甘く、ホクホクとした食感が口いっぱいに広がる。食感や味わいは、ややさつまいもに近く、食べ終えたあとでも甘みの余韻がしっかりと残るのがわかる。

特筆すべきは「超低樹高栽培」と呼ばれる栗の栽培方法だ。樹高を2.5m以下に抑え、特殊な剪定を施すことで、収穫量を増やし、作業性を格段に向上させているという。 「品質を高めつつ、生産性も維持しながら、高齢者や新規就農者でも管理しやすいように工夫されているんです」との説明に、深く頷きながら聞き入っていた。

現地ではさらに、お手製の「栗きんとん」も振る舞われた。「筑波」と「えな宝月」の異なる2品種で提供され、一行は品種による味の違いも確かめることができた。

岐阜県が誇る栗のポテンシャルと、それを活かす文化に触れたシェフたちを乗せ、一行はホテルへ。地元の飲食店で懇親を深めながら初日の夜が更けていった。

雄大な自然が育んだ、こだわりの野菜と肉

ツアー2日目の朝を迎えた。秋の訪れを感じさせる風が心地よく体をすり抜けていく。澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら、恵那市の山間部、標高250mに位置する「雅園芸」を見学した。

この地で農業を営む各務栄真さんは、もともとは花弁農家として20年間植物に携わってきたが、約12年前、農薬や化学肥料を多用する従来の栽培法に疑問を抱き、一念発起。身体に優しい農業を目指し、無化学肥料・減農薬での野菜・ハーブ栽培へと舵を切った。

肥料や微生物の研究を重ね、土に混ぜる有機物は出所が明確なものだけを厳選。放射能測定もクリアしたものしか使わない。害虫防除には、植物を自家製の菌液で抽出したものを散布するなど、そのこだわりは徹底している。

そんな恵まれた環境の畑で栽培している作物は、年間150品種にも及ぶ。取材時には、ナスやパプリカといった夏野菜から、レッドソレル、セルバチコ、レモングラスなどのハーブ類が力強く育っていた。

たくましく育つ素材を前にしたシェフたちは、各務さんに説明を聞きながら、その場で野菜やハーブをもぎとり口に運んだ。和食のシェフの一人は、「和食において、どんな野菜を使うかは重要なポイントになります。こうして作っている方の話を直接聞けるのは、本当にありがたい。自分も小さな畑をやっているからこそ、この土を作る大変さがよくわかります」と話す。

シェフたちは他にも、自身の料理との組み合わせを考えながら思い思いに農園の見学を楽しんだ。

続いては可児市へ移動。岐阜県が誇るブランド和牛「飛騨牛」や地元の豚「ボーノポークぎふ」を専門に扱う地域密着の精肉店「ネオプライムヒグチ」を訪れた。同社は毎週月曜と金曜に市場に出向き、年間約450頭もの飛騨牛を一頭買いで競り落とすという、まさに肉のプロフェッショナルだ。

シェフたちの視線が集中したのは、徹底された衛生管理のもとで行われる、こだわりの冷凍・包装技術だった。同社が採用する「スキンパック」は、製品とフィルムを真空で密着させる包装法だ。

「空気との接触を最小限に抑えるため、酸化や劣化を劇的に防げます。また、ドリップの流出もほぼありません」という担当者の説明に、一同は真剣に耳を傾ける。立てて保存することも可能になるため、保管にも便利であるうえ、消費期限が延長されることでフードロス削減にも貢献し、何より肉の形や質感がそのまま伝わる美しい見た目を保てるという。

「スキンパック包装の状態で、解凍はどうするのがベストですか?」 「希望の部位を、希望の大きさでカットしてもらうことは可能ですか?」といった具体的な質問が相次ぎ、彼らの興味の高さが伺えた。

改めて飛騨牛への理解を深めた一行は、隣接する焼肉店「安福本店 可児店」で待望のランチタイムを迎えた。 美しくサシの入った飛騨牛の品質は、精肉店直営だからこそできる至高の味わいだ。

「脂の甘みが上質で、まったくしつこくないですね」 「とろけるような食感。赤身の旨味もしっかり感じられます」 「これは、関西からでもわざわざ訪れたくなる味ですね」と、それぞれに感想を述べ合う。飛騨牛で胃も心もしっかりと満たした一行は、最後の目的地へと向かった。

町工場が生んだ新たな事業。水耕栽培の「ひこうきやさい」

バスは各務原市の「大堀研磨工業所」に到着。昭和43年創業、工作機械から航空宇宙産業の部品まで手掛ける高精度な研磨技術の会社だ。なぜ「食材ツアー」で研磨工場を訪れるのだろうか。

同社は2014年から、新規事業として水耕栽培に着手。厳格に管理されたクリーンルームは気候に左右されず、研磨事業で培った品質管理のノウハウを存分に活かし、安定した栽培を実現している。 その名も「ひこうきやさい」として、ベビーリーフやマイクロリーフなど14種類、ビオラや金魚草といったエディブルフラワー6種類、さらには機能性表示食品としても認められているニンニクを栽培し、岐阜県内の大手ホテルやレストラン、製菓店などに卸しているという。

料理の道一筋のシェフたちにとって、工業の技術が生かされた水耕栽培の現場は新鮮そのもの。普段見慣れない光景に、皆一様に目を輝かせていた。

担当者からの「例えば『青系のエディブルフラワーだけが欲しい』といった、花の色を選んでの納品も可能です」との言葉に、感心しながら頷く一面も見られた。個人では辿り着けないような思いがけない場所で、高付加価値な食材との出会いができるのも、このツアーの魅力の一つなのかもしれない。

産地と料理人をつなぐ旅

長良川での伝統漁から、最新鋭の水耕栽培まで、岐阜の多様な食の現場を1泊2日で巡ったシェフたち。その表情は朗らかで、多くのインスピレーションと確かな手応えに満ちていることが伺えた。

「もともと自分の店では全国各地の食材を使ったフェアをやっていて、その中で岐阜県を取り上げたことも何回かあるのですが、今回のツアーで改めて岐阜県の食材の魅力を知ることができました。また、こうして同じ料理人の方々と一緒にまわることで意見の交換もできますし、刺激になりますね。
特に印象に残ったのは、栗の『ぽろたん』です。あんなふうに栗が剥けた体験は初めてでした。また『雅農園』の野菜も個性的なものばかりで、ぜひいろいろ使わせていただきたいと思いました。いろいろな食材との出会いがあって楽しい2日間でした」(オステリア グラヴィーノ 料理長 緒続文一さん)

「岐阜県にあまり訪れたことがなかったのですが、こんなに自然豊かで作物の豊富な土地だということに気づくことができました。初日から長良川の鮎の船に乗せていただいて、伝統的な漁について直接聞くことができたのは、とてもいい経験になりました。お客様にお出しするときも、今回見聞きしたことをストーリーとして提供することができますね。
また今回のツアーを通して、日頃自分が使っている食材に対しても意識が向きました。このような機会があればまた別の地域でも参加して、いろいろな農家さんとのつながりができるといいなと思います」(浪速割烹昇 店主 落合昇さん)

今回のツアーは、岐阜の優れた食材と、料理へのあくなき探究心を持つシェフたちとを固く結びつける架け橋となったように思う。今回の体験がそれぞれの店舗でどのような一皿に昇華されるのか。その日が今から楽しみでならない。

text: Sayaka Mitsuda, photo: Tetsuo Ogino

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