野菜料理に舌鼓を打つ客の笑顔に背中を押され、スペインバルの店主が農家への転身を決めたのは2014年のこと。その後、千葉の農家・浅野悦男さんに学び、翌年、日本からスペインの北東部ジローナ県に渡った。以来、飲食店向けに日本野菜を中心に出荷するようになって10年。人と同じものは作らない、と言う。出荷先は現在40軒で、他にも多くのシェフが取引を希望している。二見さんが作る野菜は、何が違うのか。2025年の夏に訪れた様子を、前後編の2回でお届けする。前編の今回は、厳しい気候の下で力強く育つ畑の作物がテーマだ。
バルセロナから北へ車で約2時間。地中海沿岸の「コスタ・ブラヴァ(Costa Brava)」と呼ばれる海岸線を望むジローナ県に入ると、徐々に交通量が増えていく。高速道路を降りて向かった先は、海岸から5kmほど内陸に入ったパルス(Pals)。バカンスシーズンを迎え、中世の面影を色濃く残す町並みで知られるこの村にも観光客の姿が目立った。
石造りのクラシックな建物が立ち並ぶ一角に、二見英典さんが家族と住む自宅兼作業場がある。二見さんは、日本野菜を中心に年間100品目以上栽培し、地元やバルセロナのレストランに直接販売している農家だ。

二見さんは、市街地から2kmあまり離れた畑に案内してくれた。午前10時を回ったばかりだが、気温は35度に達していた。炎天下で極度に乾燥した土は白茶けていて、まるでローラーをかけたかのように固い。
「5月から9月ぐらいまでほとんど雨が降らないので、水分が抜けて土がカチカチになるんです。取水制限もあるので、少ない水をいかに効果的に使えるかが勝負ですね」
ユズとスダチの木の根元には、農業用の潅水チューブが敷設されていた。等間隔で小さな穴が開いていて、点滴のようにぽたぽたと、少しずつ土に水分を吸わせている。苗を定植して3年目。まだ販売には至っていないが、二見さんの胸の高さまで丈が伸び、実の数も大きさも充実してきている。日本食が世界的なブームとなって以来、スペインでも日本の柑橘は人気があるようだ。
「まだ一般にはあまり流通していませんが、飲食業界には日本からの輸入品が普通に出回っています。ただ取引先のレストランで見せてもらったユズは、鮮度が落ちて少ししなびていました。なので、うちで出荷できるようになれば需要は見込めるかなと」

スダチの根元には、EUのロゴが入ったオレンジ色のタグが巻かれていた。「Citrus sudachi」と印刷されている。検疫の関係で日本から苗を直接持ち込めなかったため、ヨーロッパの種苗会社から苗を仕入れたという。二見さんは毎年新しい作物を数品目導入し、数年かけて商品化するため、苗や種をどうやって仕入れるかをいつも考えている。
「日本に帰国するときは、出国前に必ず検疫所に寄り、作りたい野菜が日本から持ってこられるかどうかを確認します。日本で苗や種を仕入れたら、今度は日本の植物検疫所に行って英語で証明書を作ってもらい、スペインに持ち込みます。毎回かなり面倒ですけど、農家としての信用に関わることですから」
葉物野菜のビニールハウスの中には、シソ、ミツバ、水菜、ツルムラサキといった、いわゆる「ジャパニーズハーブ」が多種類育っていたが、こうした日本の作物以外でも、二見さんは独自の商品づくりで差別化をはかっている。
たとえば、一般の農家が根菜として出荷するビーツはマイクロハーブとして葉を出荷する。日本では漬物やお浸し、煮物などで食べることの多いからし菜も、スペインでは生でサラダや付け合わせに使えるベビーリーフの状態で提供する。ツルムラサキは葉や茎ではなく、蕾を出荷。直径5mm前後の球形の蕾は鮮やかな紫色と、独特の土のような香りを楽しめる。



ハウスに近接して、黒い寒冷紗(農業用の被覆資材)で覆われたエリアがある。二見さんが寒冷紗を巻き上げると、見覚えのある先の尖った葉が数百株、こんもりと茂っていた。
「ミョウガです。フランスで苗を見つけて、3年かけてここまで増やしました。直射日光や暑さに弱いから、寒冷紗で少し遮光して、半日蔭の状態を作っているんです」
ミョウガを気に入って、「できた分は全部買う」と、毎年のように注文してくるシェフもいる。どう使っているのか知るために二見さんはその店に食事に行き、驚いたという。
「テイスティングメニューの中の一皿が、ミョウガのコンフィでした。たしか自家製のマヨネーズソースが添えてあったかな。やっぱり日本とは発想が全然違いますから、ときどきお店に食べに行って、次に新しく作る野菜の参考にします」

ミョウガをたくさん使う店はまだそれほど多くないが、いまのところ二見さんの想像を超えて人気が高い野菜はカブとカボチャだという。日本で一般に栽培されている品種のカブは、生でも食べられるやわらかさや、繊細な甘みが好まれている。二見さんはシェフの要望に応じ、切らずに丸ごと食べられるミニサイズでも出荷している。
カボチャ畑では、そろそろ出荷できそうなサイズのカボチャができ始めていた。二見さんが栽培しているのは、日本の種苗会社が開発した栗カボチャ。艶のある緑色の表皮はスペインでは珍しく、食感も粉質でほくほくしていると好評だ。結実する前の花も出荷している。
「花ズッキーニはよく使われていますから、人と同じことをしたくないシェフはカボチャの花を喜びます。そういう人に向けて販売するのがぼくの農業だと思うし、ぼく自身も人と同じものはあまり作らない。そこはお互い、同じ感覚かもしれないですね」

トマトやトウモロコシ、オクラ、エダマメなどの夏野菜の間に、カタバミ、スベリヒユ、ノコギリソウ、コスモス、ベゴニア、ヤグルマギクなどの草花が無造作に茂っていた。これらもすべて商品だ。花は料理に彩を添えるだけではない。たとえばスベリヒユやベゴニアなどは、酸味のアクセントとして店に提案することもあるという。

オリジナリティに加え、なるべく新鮮なものを出すことに二見さんは心を砕く。
マイクロハーブや花などデリケートなものは、夏場は深夜や早朝など気温の低い時間帯に収穫する。それを妻の奈実さんが自宅で梱包する。一度水につけて汚れを落としたあとしっかりと水切りし、なるべく重ならないよう、ていねいにパックに並べて密閉。収穫にも梱包にも手間がかかるのだ。店での保存状態にもよるが、1週間は鮮度を保てるという。一部の地域を除き、地元とバルセロナの店にはすべて、二見さん自身が直接届けている。
「配送業者に頼むと日数がかかるので、配送された直後に傷んでしまう可能性があります。スペインには、クロネコヤマトみたいに細かい日時指定ができるサービスはないですから(笑)」
飲食店が求める野菜をただ作るだけではなく、望み通りに使える形で相手に届かなければ意味がないと二見さんは考えている。そのため、取引する飲食店の数にはおのずと限界があるが、その芯の強さと、常に新鮮な視点で土と向き合う姿勢が多くのシェフたちの支持を集めているようだ。
後編では、実際に二見さんの野菜を使っているシェフたちの声と、二見さんが師匠・浅野悦男さんから授かった農業哲学について紹介します。
二見さんの農場「EBIOFARM」のインスタグラム
https://www.instagram.com/ebio_farm/
Text & Photo:成見智子
