社交界に生きるギャラリストと英国トップシェフが共に生み出す大人のレストラン


スリランカの小村で生まれ育ったトップシェフと、上流階級を知る英国紳士がタッグを組み、今のロンドンに欠けている食領域に目をつけた。その小さな高級店は誰にも媚びず、静かに自由人たちを迎え入れる。

驚くようなインフレで消費行動にも陰りがあると言われるロンドンだが、実は全く影響を受けない富裕層もいて、実質的にロンドンの景気は彼らが牽引しているようなものだ。そのニーズに最もよく応えているのが、メイフェアと呼ばれる高級エリア。中でも今、最注目の通りと言えば「Bruton Place / ブルートン・プレイス」をおいて他にない。

ブルートン・プレイスはその昔、周辺に暮らす上流階級の人々が使う馬小屋が並んでいた裏通りだ。かつてのミューズハウス(厩舎建築)が商業施設に生まれ変わり、現在は個性あふれる高級レストランやパブ、ギャラリーやカフェに次々と刷新。今後数年間も新規オープンが続いていく。ただし店が入れ替わっても19世紀のオリジナル建築をできる限り保存する方向で開発を進めているため、現在も独特の情緒と隠れ家感が漂う。

この魅力あふれるブルートン・プレイスに3月末、ロンドンらしいミックス・カルチャーを反映した究極のヨーロピアン・レストランが誕生した。スリランカ出身の異色のシェフ、Larry Jayasekara / ラリー・ジャヤセカラさん(冒頭写真 ©︎Justin De Souza)がキッチンを統括する「The Cocochine / ザ・ココシーン」である。

スタイリッシュな空間。アートは全てオーナーのコレクションから。
英国の紳士たちが好みそうな落ち着いた内装。

ラリーさんはスリランカの小さなヴィレッジで生まれ育ち、12歳からサーフィンのインストラクターとして家計を支えたユニークな経歴を持つ。その中でイギリス人女性と出会い、英国へ移住。手に職をつけるため調理学校に通い始めたことが、現在の輝かしいキャリアの始まりだった。

イギリスやフランスの星付きトップ・レストランで研鑽を積み、ついにモダン・フランス料理「Pétrus by Gordon Ramsay」でヘッド・シェフに就任。星を維持し続けただけでなく、2016年にナショナル・シェフ・オブ・ザ・イヤーに選ばれ、英国シェフの頂点に立った。サーフィン青年が母国を出て、14年後に成し遂げた快挙だ。

ココシーンでは彼の監修の下、「食の喜び」をテーマに厳選された食材を享受できる。例えば在来種や希少種の精肉、スコットランドはヘブリディーズ諸島にあるタネラ・モール海域で独占的に漁獲される魚介類、イングランドの田舎で少量だけ作られる完全に追跡可能なカカオを使ったチョコレートや、防腐剤不使用のスリランカ産最上級のココナッツ クリームなどだ。

実はこのラリーさんを見出し、ココシーンを共に立ち上げたビジネス・パートナーがいる。世界的にビジネスを展開するギャラリー「Hamiltons Gallery」オーナーのTim Jefferies / ティム・ジェフリーズさんだ。

実業家の家系に生まれ、自身の美的感性で現代作家の写真作品を扱うディーラーとなり、上流階級やセレブたちと華やかな交流のあるティムさんは、まさにメイフェア地区の申し子のような人。ロンドン的な富裕層を代表する存在でもある。

スリランカの小さな村からロンドンへやってきたラリーさんと、英国らしいグラマラスを体現するティムさんがタッグを組むココシーン。この融合に、どんな意味があるのだろうか。

カナッペ類は4種。スカンジナビア料理にも精通するラリーさんのシグニチャーの一つが、このトナカイの心臓を使ったカナッペ。スモークして乾かしたものを削って作るフレークはクセもなく美味。
タネラ・モール島の周辺で採れるランゴスチンを使った前菜。アミガサ茸、ポロネギを添え、チキン・ソースでいただく。
タイムで風味づけしたキャラメライズ・オニオンを練り込んだブリオッシュに、2種のバター。これはトリュフ入りでクリスピー・エシャロットをトッピングしたもの。
最高級のフランス産コーンフェッド・チキンを使った主菜。チキン・ムース、フォアグラ入りのソース、魚介出汁のサバイヨン。付け合わせはアミガサ茸とランゴスチン。食材を無駄にしないため付け合わせには繰り返し同じ食材を使う傾向がある。

ココシーンの内装は、壁にかけられたアート作品やシェフズ・カウンターのモザイク床、革張りの椅子を含め、全てが職人やアーティストの手によって作られたものであり、ティムさんのセンスでまとめられている。彼は高級レストランのあり方、あるいは富裕層の好みを熟知しているが、何より「自分が通いたいレストラン」を思い描いてココシーンをデザインした。

最終的に行き着いたのは、ラリーさんのように柔軟な思考力のある究極のトップ・シェフと共に、自分らしい城を築き上げることだった。つまり「メニューは6コースのテイスティング・メニューだけ」「テーブルは1晩に2回転はさせる」などといった今のロンドンにありがちな窮屈な縛りのある高級店ではなく、予約なしで立ち寄ってもカウンター席をオファーでき、アラカルト・メニューから1品と好きなワインをグラスで1杯という楽しみ方ができる、通な大人のためのレストランだ。

ヨークシャー産ルバーブのパブロヴァ。ルバーブのコンポートが隠れている。ルバーブ&ジンジャー・コンソメとともに。
フランス人パティシエの手になる繊細なプチ・フールも魅惑的。
2階にあるココシーンの心臓部。最新鋭の設備を整えた広く明るいキッチンで全てが生まれる。キッチンを囲む7席のカウンター席ではラリーさん曰く「食材があれば何でも作るよ」。

ラリーさんの料理は優しく物言いたげで、バランス感覚にすぐれ洗練されている。ココシーンはジャンルやコンセプトにとらわれない「ラリー・ジャヤセカラの料理」を披露する新しい舞台であり、トレンドに左右されない自由でリラックスした大人が通うロンドンの新しい隠れ家でもある。

全く異なるバックグラウンドを持つ2人が、それぞれの旅路の果てに合流し、同じ地平を見ている。この静かなクリエイティブ・エネルギーが醸成するものを、今後も見守っていきたい。

The Cocochine
https://www.thecocochine.com

text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni

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