食通や料理人が列をなして通う里山の超人気店「柳家」


岐阜県陶町猿爪 柳家

「お出ししているのは、昔からこの地域にある、猟師さんたちの料理ですよ」。「柳家」の三代目店主・山田和孝さんは穏やかにそう語る。

東濃(岐阜県東部)の山中、陶町猿爪(瑞浪市)に柳家はある。鹿や猪、鴨などを囲炉裏で焼いて食べさせる素朴なスタイルながら、コース料理は1万円から。里山の料理屋としては決して安くはない。ところが、食通や料理人の口コミが広がり、常に客足が絶えることのない日本のジビエの名店である。名古屋市内の繁華街・錦に初の支店もオープンした。

 シーズンには少し早い10月中旬、名古屋「イザーレ・シュウ」の水口秀介さんとともに柳家を訪れ、「人を呼ぶ里山の名店」の秘密に迫った。

岐阜県東部の里 陶町猿爪にある一軒の猟師料理の店が、料理人に原点回帰の大切さを語りかける。

店主 山田和孝さん 柳家三代目
案内人 水口秀介さん イザーレ・シュウ

イザーレ・シュウでコラボディナーを開催した水口さん(右)と山田さん。中部・東海地方を代表する料理人の共演とあって、発表後すぐに満席に。水口さんは「初めて一緒に仕事をしましたが、素材の旨さを引き出す技に裏打ちされた仕事、を感じました」と、山田さんに共鳴する部分が多いと感じている。

料理人が使いたい部位だけを使っていたら残りはどうなる?

水口 今日は料理人として来ました。よろしくお願いします。まず気が付いたのは炭の置き方。いつもは見られないので気が付きませんでしたが、2種類の炭を使っていますね。

山田 円陣の中心に置いているのが備長炭。まわりには火が回りやすいアオガシを置いています。アオガシは香り付けの意味もあるんです。

水口 だから炭のいい香りがするんだ。解体も見させていただき、シンプルな作業ですが、無駄がない。仔猪のロースは、端の脂がかぶっていない部分を鍋にまわし、鹿の端材もしぐれ煮にしたり、食材を無駄にしない点にもすごく共感しました。

山田 山の命をいただいているわけですから、どんな部位も活かさないといけない。この時期は子持ち鮎が旬ですが、オスの鮎は「錆鮎(さびあゆ)」と言って、値もつかないんです。それでも、岐阜の郡上地方ではオスが獲れれば囲炉裏にあてて乾燥させ干物にして、正月の雑煮のだしに使うという食文化が残っています。山の恵みを無駄にしない。その点ではシェフも同じではないですか?

水口 僕も端肉はラグーや煮込みに使ったりして、無駄にしないように心がけています。でも、ロースやフィレを煮込みに使ったりしないですよね? そう考えるとその部位にあった調理を伝統料理は実践している。

山田 先人たちの知恵の中には、食材をすべて使おうという考え方があるのだと思います。

水口 うちでの買い方は、丸(1頭)か半身が注文の基本。猟師さんとの信頼関係を築くためにも必要です。

山田 柳家でも同じです。私も料理人ですから、使いやすくて良い部位、例えばロースの良い部分だけを使いたい。しかしそれでは、残りの部位はどうなるのか。猟師さんに処分させるのか。それでは、あまりにも命に対して申し訳ないと思います。

水口 その考え方は、ジビエだから、というわけではないですよね。食材に限らず、現代社会の問題にもつながる。みんな好きなものだけ消費していたら、残りはどうなるのか。

山田 そうですね。私たち料理人はすべての部位を使うのが使命ではないでしょうか。猟師さんにも生活があります。いいものばかりではなく、例えば「今日のはイマイチなんだけど買ってくれない?」とか「多く獲れたのでもっと買ってよ」とか、そういう頼みは極力聞こうと思っています。お互い持ちつ持たれつです。

水口 その代わり、いいものが入ったら「よろしくね」、って(笑)。

なぜ天然にこだわる?走り、旬、名残を大切に

水口 なぜ天然にこだわるんです?

山田 例えば鮎なら、天然ものは脂身に苔の香りがする。これが本来の鮎の味です。しかし、配合飼料で育った鮎は飼料の臭いがしてしまう。それでは、柳家では使えないのです。

水口 柳家とは何なんでしょうか?

山田 柳家は昭和21(1946)年、隣の明知村で祖母が始めた小料理屋が始まりです。その後、陶町に移り、その息子、つまり私の父・昌明が囲炉裏端で山の食材をその場で調理して食べてもらう、という現在の店のスタイルを確立しました。先代がこだわったのは、良い食材をシンプルな調理でお出しすること。走り、旬、名残など、季節との出会いを大切にすることです。

水口 柳家さんでは、それぞれの時期にしか味わえない天然の食材が出てきます。ここにくると、山の景色が見えてくるような気がします。

山田 柳家のジビエは鳥獣だけではないんです。山でとれるすべての恵みをいただく。山菜もキノコも川魚も。蜂や蜂の巣も。それが「日本のジビエ」ではないでしょうか。

料理人の原点とは何か 柳家はそれを再認識させる

山田 11月になれば熊や鴨も加わりジビエシーズンの本番です。しかし、今日はまだ走りの時期。仔鹿とウリ坊(仔猪)だけです。シェフからみて、肉の火入れなどはどう見えますか。

水口 今の時代、例えば『料理王国』のような雑誌では(笑)、最新の調理法として「低温調理で血が滴らない」というのが流行っています。それをお客様が求めているわけですから良いと思うんですよ。肉の熟成についても同じです。ドライエイジングに注目が集まっているんです。

山田 そうすると柳家とは全く逆の考え方ですよね。うちは新鮮な肉をすぐに捌いて串に刺し、囲炉裏で焼き、油と血が滴るアツアツのうちに召し上がっていただくわけですから。

水口 そうなんです。では柳家がダメなのかといったらそうではない。現に、かなり食べ込んだ方や料理人が、山奥まで柳家を目指してくる。柳家さんのジビエは、鹿なら鹿、猪なら猪、熊なら熊、それぞれの肉の味わいをしっかりと確認することができる。そしてそれが旨い。東京・神楽坂の「ル・マンジュトゥー」の谷昇シェフは「肉から血がしたたっていて何が悪い。こっちの方が旨いだろ」とおっしゃっています。柳家さんのジビエには、それと同じものを感じます。つまり料理人は「おいしさの追求」、それが原点なんだということ。料理人がこぞって柳家を訪れるのは、どこかで「原点回帰」を求めているためかもしれません。

仔鹿のロース 脂をしっかりと残して、2~2・5センチの厚さに
「仔鹿のロースの場合は、お尻に近い脂がしっかりとのっていている部分が一番おいしい」と山田さん。柳家では、肉質がやわらかく、香りがやさしい1歳以下のメスの仔鹿を好んで使う。脂身を残して、分厚く切ったロースをじっくりと焼く。

柳家
岐阜県瑞浪市陶町猿爪573-27
0572-65-2102(完全予約制)
●11:00~22:00(日は~21:00)
● 不定休
● コース 10000円、11000円、12000円
● 1席4名様以上


江六前一郎=構成 伊藤 信=撮影

本記事は雑誌料理王国第280号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第280号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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