台湾でしか作れない、今この瞬間の日本料理「祥雲龍吟」


日本料理の真髄は土地の食材の豊かさを表現すること。だから台湾で台湾の食材を使うのは自然なこと

やってきたことは、間違ってなかった――。2018年に台湾に初上陸した「ミシュラン・ガイド」で二ツ星を獲得。さらに同年の「アジアのベストレストラン50」で、47位に初ランクインを果たした「祥雲龍吟」。「アジアのベストレストラン50」の授賞式の会場で、料理長の稗田良平さんは、感慨深く4年前を振り返った。

「祥雲龍吟」は、東京の日本料理店「龍吟」2番目の海外支店だが、東京と同じ料理を作るわけではない。稗田さんは、3年以上かけて「台湾の食材ほぼ100%で日本料理を作る」ことに挑んできた。

ロンドンの二ツ星日本料理店「UMU」のように、地元の食材で日本料理を作る店は、ヨーロッパにはいくつかある。しかしそれは、魚を日本から入れることができないから地元の魚を使わざるを得ない、という理由があった。

しかし台湾は、日本から飛行機で4時間。通関を経ても、朝獲れた魚が翌日の昼には届き、ディナーに間に合う。それでも稗田さんは、あえて台湾産にこだわった。日本の食材を使わずに、日本料理を表現することができるのか。

「日本料理は、その時の季節感を表現する料理」と稗田さんは語る。「自宅から一歩外に踏み出した瞬間に感じる空気。毎日足を運ぶ市場で、はしりの野菜を見つけた時の歓び。それが創造の原動力です」

「今、この瞬間」を表現するために食材は台湾産100%に

朝起きて、日本の天気ではなく台湾の天気を気にしていたい


日本から食材を取り寄せたら、その日の最初に考えるのは、台湾の天気ではなく、日本の天気になってしまうのではないか。日本料理のもてなしは、その時の温度や湿度、客がどのように1日を過ごしてこの場所に来ているのか。その上で、初めて成り立つはずだ。台湾で出す料理ならば、今いる場所を見つめ、この地の食材を使って、日本のもてなしの心を表現するべきではないか。稗田さんは、台湾の「今、この瞬間」を表現する日本料理を考えていた。

そのために、2014年11月のオープン半年前から台湾に移って産地を巡り、開業後も、時間があれば生産者に会いに出かけて、交流を重ね続けた。そして、ようやく開業2年目に、醤油や味噌を含めほぼ100%が台湾産になった。

「アジアのベストレストラン50」の授賞式では、山本征治シェフ、ともに修業した「Ta Vie 旅」の佐藤英明シェフなどの祝福を受けた。

午魚とうすい豆のすり流し 刺葱の香り
台湾ではうすい豆は1年中出回るが、時期により味が変わる。すり流しを作る際は、豆の味に合わせて、鰹節、ハマグリ、きのこ、海老、鶏などの中から、その個性をもっとも引き立たせる出汁を選ぶ。写真は、ハマグリと台湾アサリの出汁に台湾先住民の村出身のシェフに教えてもらった「刺葱(シーツォン)」という、柑橘と山椒の間のような味わいの野草と、身がやわらかく、クセがない脂が特徴の、「午魚(ウーユイ)」と呼ばれるスズキの仲間の魚と組み合わせたひと皿だ。

しかし、もうひとつ問題があった、「台湾産は日本産に劣る安い食材」という、台湾の人たちの考え方だった。「祥雲龍吟」のコースは6500台湾ドル(約2万3800円)。当初、台湾産で満足できる食材が見つからず日本の食材を使っていたうちは、客は入っていた。しかし、半年が過ぎ、台湾の生産者と信頼関係ができて、国産の食材の割合が増えてくると、途端に多くの客が祥雲龍吟から離れていった。

「台湾の人たちは、分かっていない」と言うのは簡単だった。しかし稗田さんは「原因は、自分の中にある」、と考えた。どうすれば、ゲストを満足させられるのか。考え続けた末に出した答えは、

「台湾の食材を使って、龍吟のスタイルを少し真似ただけのような料理でやれるほど、甘くない。自分が経験してきたテクニックや知識を総動員して、台湾の食材を調理しよう」ということだった。

誰かのせいにするのではなく自分を見つめてみる

積み重ねてきた知識と技に日本料理の真髄が宿る


たとえば、「七星斑(チーシンバン)と台湾シジミのスープ 台湾バジルの香り」は、ハタ科の魚、「七星斑」がもつ特有の強い磯の香りを、稗田さんは個性と捉え、同じテロワールの食材として台湾のバジルを合わせた。バジルオイルを吸い口にすることで磯の香りを操り、食べ手に全体の食感を意識させながら、ひと品にまとめあげた。

稗田さんの取り組みを最初に認めたのは、シンガポールや香港、上海、インドネシアなど、台湾以外のアジアのゲストだった。やがて、その噂は国内にも届き始め、2016年頃から、台湾の客が戻ってきた。

ひとりでは何もできない。台湾の人々とともに

台湾の人たちが自国の食材にプライドをもてる手助けを

七星斑と台湾シジミのスープ 台湾バジルの香り

「台湾の魚の良さを、どうやってもっと多くの人に伝えるか」

台湾の魚の質はよくない、と思われるのは、日本にある神経締めの技術がなく、魚の劣化がどうしても早くなってしまうからだった。

そこで稗田さんは、東京の龍吟時代に交流があった、業界第一線の魚のプロたちの技を、台湾に伝えてもらおう、と考えた。台湾のシェフや漁師などを対象にして「Ikejime」と名付けた150人規模のイベントを企画したのだ。

開催日直前になると、当初は冷淡な反応だった古参のシェフたちからの申し込みも相次ぎ、最終的に240名、立ち見の客で溢れた。

台湾の魚市場を見た日本から来た魚のプロたちは、「台湾の魚の質は日本のものに劣らない。神経締めなどの処理をうまく行えば、日本の魚を超える可能性がある」と話した。これで台湾の人たちの自国食材に対する意識が変わってくれれば、と稗田さんは願う。「ひとりでは何もできません。ですから、台湾の食文化を、台湾の人と一緒に作り上げていきたい」

日本料理は、調理技術だけではない。季節の表現や神経締めのような素材の扱い方も大事な要素だ。台湾でもそんな精神を育むこと、それが、台湾で日本料理を広めることの、本当の意味ではないか。

そんな稗田さんの取り組みは今、台湾の人々に広く支持され、「新しい日本料理」の土壌を、着実に生み出している。「台湾でしか作れない、今この瞬間の日本料理」、という稗田さんのオリジナリティは、多くの人に支えられている。

初上陸の「ミシュラン・ガイド」台湾版のイベントにて

日本料理のアイデンティティは調理の前の段階にもある。「台湾でもその精神を育むこと、それが、台湾で日本料理を広めることの、本当の意味」と稗田さんは、考えている

イベントがきっかけで、台湾「RAW」のヒュアンヘッドシェフは、自らの手で神経締めを実際に始めている。

稗田さんのオリジナリティのルール

信頼が次の出会いに繋がる
産地や市場に足を運び、その土地の季節感を知る
得たものを独占せず、地域に還元し、ともに成長していく

Ryouhei Hieda

1981年、長崎県壱岐島出身。19歳より料理の道に入る。京都・祇園の「割烹なか川」で料理の基礎を学んだ後、福岡県で塩づくりをしながら、地産地消の和食「イタル」の料理長を務める。さらなる経験を積むべく、2008年に東京「龍吟」へ。アメリカ・サンフランシスコの三ツ星「Benu」、二ツ星「Manresa」で研修後、14年より台湾の「祥雲龍吟」の料理長に就任。

Shoun Ryugin
祥雲龍吟

5F, No.301, Le Qun 3rd Road, Taipei
City, Taiwan
☎+886 (0)2 8501 5808
●18:00~21:30LO
●月休(月に2度、火曜も休)
●コ ース NT$6500(レギュラーコース、
NT$ 4200のショートコースあり)
ワインペアリングNT$ 2600
●36席
www.nihonryori-ryugin.com.tw

仲山今日子=取材、文

本記事は雑誌料理王国287号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は287号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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