変わり続けるランブロワジーの料理 第三回 残し続けていきたい、料理の形


人気ドラマ「グランメゾン東京」でも憧れのレストランとして取り上げられ、パリで35年連続ミシュラン三つ星を誇るランブロワジー。去年9月、改装を終えたばかりのランブロワジーに訪問、オーナーシェフのベルナール・パコー氏に直接お話を伺う機会に恵まれた。10カ月間のリノベーションを経て、20年初春に就任した吉冨力良料理長のもとで新しいスタートを切った。今とこれからについて。3回に渡ってパコーさんの肉声をお届けする最終回。

左:ベルナール・パコー氏 右:吉冨 力良氏
左:ベルナール・パコー氏 右:吉冨 力良氏

仲山 コロナ前とコロナ後で料理について何か変わった事はおありですか?

パコー 僕自体の料理スタイルは変わっていないよ。 でも、時代が変わるにつれてお客様のなかには、アレルギーで食べられない食材のある方や、 菜食主義の方が増えたと思う。そういった方々には出来るだけ対応するよ。野菜だけを食べるという方には野菜だけで料理を作ったりはするね。

仲山 吉冨力良さんがシェフになって料理はご一緒に作られているのでしょうか?それともパコーさんが作られているのでしょうか?

パコー 料理はチカラと、デザートはシェフパティシエと試作をしたり、アイデアを出しあって、最終的には僕が決めるようにしているよ。アイデアによってはモダンすぎたり、ランブロワジーのスタイルに合っていないものもあったりするからね。僕がそこに何か引いたり、付け足したりね。時代に 沿って、料理は変わっていくものだしね。
マサオは今でも赤ピーマンのムースや、牛の尾肉のブレゼ、エイのキャベツ添えとか昔2人で働いていた当時の料理を作ってるみたいだけどね。 (笑)

仲山 料理自体は、具体的に以前と比べて何が変わられたのでしょうか?

パコー 料理については特には変わってないよ。盛りつけ方は変えたりはしてるかな。あと、お客様によっては注文の多いお客様もいるから、例えば油脂分を控えめにしてほしいとか、野菜のみで一皿作ってほしいとか。予約の段階で出来るだけお伺いするようにしているね。そういったお客様にはなるべく対応するようにしているということだね。

でも、その方々の為だけに特別なコース料理を作るということはしていないね。 メニューは一般の方向けに考えてあるし、ブレス鶏の黒トリュフ詰めローストだったり、そういったものがメニューには並んでいて、付け合わせの物を変えてほしいとか、アレルギーや苦手な食材があるとかそういった場合は付け合わせの物を変更したりして対応しているよ。ランブロワジーにいらっしゃるお客様の中には常連のお客様もたくさんいらっしゃるしね。
手長海老とゴマのフィヤンティーヌ カレーソースや、スズキのキャビアソース、タルトショコラ等のランブロワジーを代表するようなクラシックな料理は常にメニューにあるようにしているよ。お客様もこれを目当てにいらっしゃる方が大勢いるからね。

ポール・ボキューズだったり、メール・ブラジエだったり、皆そのお店の看板料理は残しているしね。お客様もそれを食べたくていらっしゃるということは良くあることなんだ。お客様もお店に予約をされる時に、あのオマールの料理はまだ作られていますか?とか、あのスズキの料理はメニューにありますか?とか、そういう質問もたくさんお受けするしね。

お客様によっては、にんにくがダメだったり、玉葱が苦手だったり、魚はあまり火を入れすぎないで欲しいだったり、いろんな要望があるんだ。そういった要望にはできるだけ答えるようにしているよ。僕らはお客様に喜んでいただく為に仕事をしているからね。

あまり他のシェフを批判したくはないけど、お店によってはコース料理だけのデグスタションメニューで、何がでてくるかもわからない、しかも、スプーン一杯で終わるような料理が11皿も12皿も出てくるお店があるけど、僕からしたら、ああいうのは夕食ではなくて、軽食だね。
食事が終わってお店を出る時には、食事をした彼等自身も何を食べたか思い出せないようなお店がたくさんあるよね。もしかしたら、数人はそのスタイルをとても喜ぶかもしれないけど。
ランブロワジーではコースメニューはなく、アラカルトしかないんだ。お客様自身で何を食べたいか選んでもらって、食べたいものを食べてもらって満足してお店を後にしていただく。ランブロワジーはそういうお店なんだ。 日本人、中国人、イタリア人、メキシコ人。世界中からお客様は来ていただいているし、彼等もランブロワジーのスタイルに順応していると思うよ。 僕も日本に行ったら、日本料理を食べるしね。

仲山 菜食主義者の方などが増えたとおっしゃいましたが、料理は何か変わったのでしょうか? 野菜料理を増やされたり?

パコー ランブロワジーのメニューの構成自体が変わったわけではないんだよ。お客様がそういったお客様が増えた、ということだね。お肉を召し上がる方も少しずつ減ってきているしね。そういった要望にはできるだけ対応しているよ。

シグネチャーのスズキのキャビアソース
温かい牡蠣とキャビアゴールデン、クレソンのサバイヨン

例えば、昔のフランスの魚料理といったら付け合わせは、茹でたお米や、蒸したじゃがいもだったんだ。 僕はそんな昔でも、季節によって違う野菜や、キノコの季節だったらキノコを使ったりしていた。例えば、チュルボのスパイス風味に、アーティチョークのムースリーヌを付け合わせたりね。それでも、自分のスタイルだから、とそれにこだわるって事はない。3つ星を授かったとき、若いカップルのお客様がお店にいらしたんだ。
女性の方が「チュルボの付け合わせをじゃがいもの蒸したものに変更していただけないでしょうか?」と頼まれた。 すると男性の方が「それは失礼だよ。蒸したじゃがいもの付け合わせなんて、そんな時代は終わったんだ」って言ってたらしいのだけれど、僕は彼等の為に蒸したじゃがいもを作ってあげたよ。お客様がそれを望むなら、何でも対応するよ。

僕の料理自体は以前と何も変わっていないよ。分子料理や、真空調理なんてしたことないし。 今はそういう時代だと知っているけど、僕はクラシックな料理の仕方でしか作ってないよ。 以前、出会った10年の料理人歴のある子なんかは、鳩を真空にして30分だか40分だか知らないけど低温調理して、営業中にオーダーが入ったら湯煎で温め直す。その方法でしか火入れしたことがないんだと。鳩をシンプルにローストしたこともない。そんなの馬鹿げている。 ランブロワジーはオーダーが入ってからローストするんだ。付け合わせのガルニチュールもそうだよ。ここでしか食べられない料理を作りたいからね。

変わり続けるランブロワジーの料理 第三回 残し続けていきたい、料理の形

今の時代、半分以上のレストランがそういった事前に火入れや、準備をしているんじゃないかな。ブレス鶏のローストなんてお肉を休ませる時間も入れて、最低でも45分はかかるものだよ。 僕も休日に良く他のお店に食べにいくけど、ほとんどのお店は真空調理だかなんだかしらないけれど、事前に火入れをしているね。その仕事の仕方は僕は絶対にやりたくないやり方だね。柔らかく均一に仕上がるかもしれないけど、お肉なんて特にメインディッシュでしょ。それをただ湯煎で温め直すだけなんて、僕には出来ない。 そのような、どこを食べても同じような食感の料理を料理人が作り続けるなら、あと1世紀後には、人間に歯はいらなくなるかもね(笑)

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別に他のお店を批判したいわけではないんだ。お店によっては100席だったり200席だったり、そういったお店はある程度は仕方ないと思うんだけど、僕らのような30席とか40席のお店でそういう事をやるのはちょっと違うんじゃないのかなと思うよ。

仲山 真空調理や、事前に火入れをされないのは、パコーさんの料理人としてのあり方に反するからですか?

パコー ああいった料理の仕方には全く興味がないからだね。美味しくないしね。ああいった料理の仕方は、ただ、楽をしたいからだけでしょ。食感は柔らかくなるかもしれないけど、全部同じ様な食感になるし、素材が生きてないと思うんだ。

変わり続けるランブロワジーの料理 第三回 残し続けていきたい、料理の形

ランブロワジーでも最近のそういった調理機器は全く使ってないよ。 時間短縮には良いのかもしれないけど、全く美味しい物は作れないと思うよ。 最近のブラッスリーなんかはジュやソース等は、できあいの物を使っているお店がほとんどだしね。星付きレストランはそうではないと思うけど。 ランブロワジーではフォンやジュ、ソースはもちろん全部手作りだし、フランスでは週に35時間労働と言われているけど、ランブロワジーはそうではないからね。労働時間は凄く長いよ。

この職業は本当に情熱がないとできない仕事だと思う。 そこら辺は、チカに聞いてみたら良いと思うよ。彼が全部教えてくれるはずだ。ランブロワジーでは、どんな哲学で仕事をしているかね。衛生については、厨房を常に清潔に保つ事だったり、料理については事前に火入れをしておくとか、付け合わせ作っておくなんて事は 全くしないからね。全部アラミニッツだね。営業前は厨房には何も準備していない状態。でも今の時代、お客様はすぐ料理を食べたいと思うだろうから、そぐわないやり方なのかもしれないけどね。

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そもそも、レストランによっては「45分で食事できるコース料理」とか書いてるお店もあるけど、レストランで食事をするということはそういうものではないと思うんだ。ランブロワジーみたいなお店だったらお食事の時間は2〜3時間。最低でも2時間くらいはかけて、ゆっくり楽しんでもらいたいね。

そういえば、最近の家庭用のオーブンとかの調理機器でボタン一つだけで全部の料理が一度に最初から最後まで、できたりするものがあるよね。ケーキだったり。だけどこれ質問した事があるんだ。これを掃除するのに何分かかるんだい?ってね。そしたら、調理時間よりも掃除の方が時間がかかるって(笑) 全部ばらして掃除しなくちゃダメだしね。なんだか変な感じがするけれど、これが時代なのかもね。

今では、多くの人が冷凍食品を購入している。鉄板にずらっと並べて、機械に入れてボタンを押す。料理ができあがったら、ピーッとアラームが鳴って、はい出来ました (笑)
料理人の仕事ってそういうことじゃないよね。
僕は見習い料理人として、メール・ブラジエにいた頃はオーブンの温度は手を入れて温度を確かめていたんだ。オーブンによっては熱いところとそんなに熱くないところがあるから、それを微妙に調整しながら火入れをしたりね。今の技術の進歩が全て悪いとは思わないよ。でもそういった感覚で仕事をするという事はとても大切な事だと思うんだ。

仲山 そういった、感覚の継承はとても大切な事ですね。継承というと、将来的に、息子のマシューさんや、娘のアレクシアさんにこのお店をお譲りになられるつもりはおありですか?

パコー 娘のアレクシアはどうだろう。あまりこのお店を引き受けたいと思わないと思うよ。レストランの仕事はとても大変だからね。息子のマシューはたぶん引き受けたいと思っているだろうけど、もし遺産で相続すると言う事になったら2人とも半分ずつ権限があるからね。もしこのお店を続けたいのならどちらかが、どちらかの権利を買わなければいけないからね。どうだろうね。

仲山 ランブロワジーを改装されて、これからのご自身と、このランブロワジーについてどんな風に考えていらっしゃいますか?

パコー そうだね。僕も、もう74歳だからね。この料理人という職業も、60年続けているからね。60年の料理人歴。35年の3つ星歴。まぁ悪くないでしょ?
でも、明日辞める為にランブロワジーを変えようと思った訳ではないからね。どうだろう、未来。先の事は考えないね。もし、神様が僕に健康な人生を与えて下さるなら、もう少し続けられると思うけどね。
その質問には答える事はできないかな。
ずっと健康な人生が続いて、なおかつ、ずっとこの料理人という仕事を続けたいという情熱を持ち続けることができるなら最高だね。なぜならとても情熱の必要な職業だからね。

あともう一つ言えるなら、これからも親切な、感じの良いお客様が来続けてくれるなら、もっとこの仕事を続けられるね(笑)

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インタビュー・文:仲山 今日子 / 翻訳:吉冨 力良 / 写真:Hiroki TAGMA

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