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「ル・マンジュ・トゥー」谷昇さんが今、次世代の料理人と考えたいこと(前編)


若手料理人によるジャンルを超えた勉強会

仕事を終えた深夜0時。意欲的な若手料理人たちが集まり、切磋琢磨する勉強会も6回を迎えた。今回は、これまでと趣向を変えて、大先輩の胸を借りることに。そんな若手のリクエストに快く手を差し伸べたのが、「ル・マンジュ・トゥー」谷昇さん。「あの谷シェフから直接学べる!」と湧き立ったのは、「六雁」秋山能久さん、「北島亭」大石義一さん、「クラフタル」大土橋真也さん、「スブリム」加藤順一さん、「アングラン」昆布智成さん、「ドゥエ リーニュ」瀬野景介さん、「麻布長江 香福筵」田村亮介さん、「てのしま」林亮平さん、「スガラボ」薬師神陸さんの9人。しかしながら、席に着くなり、谷さんから命題を投げかけられ、先制ジャブをくらう波乱含みのスタート! はてさて、どうなることやら―。

谷さん(以下谷):今日はこの場を楽しみにしていたんです。僕は24歳で渡仏した時に、初めてフォアグラやトリュフの本物を手にした世代。それまでフォアグラと言えば、ルージェの缶詰しか知らなかったんだから(笑)。そこから始まっているので、いまだに何でも感動するし、新しい調理器具もフランスから取り寄せて試しますが、便利な物はすぐに便利じゃなくなる。「自分の手のひらから何をどれだけ生み出せるか?」を若い世代に伝えていくのもシェフの仕事のひとつだと思う。そこで、今晩集まった皆さんに問いたい。 

僕はいまだにフランス料理がわからない。長年の悩みです。日本人である自分が作っているフランス料理は果たしてフランス料理なのか? それを支えるものは、「俺はフランス料理をやっている“つもり”」という、希薄な意志力でしかないわけです。皆さんが作っている料理のアイデンティティはどこにありますか? 

さらに、来るべき「AI(人工知能)」の時代を料理人としてどう考えていますか? そんな中で、より「人間的」でいるために、今後皆さんはどのように、料理と向き合っていこうと思っていますか? 皆さんの考えを、ぜひ聞かせてください。

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料理人として 「AI」とどう向き合う?

2045年、AIが人間の脳を超えると言われている。その頃、現在の若手シェフはまだまだ現役。料理人がAIについて考える時、図らずも料理やゲストと向き合うスタンスが浮かび上がる。

大石義一さん(以下大石):うちは、厨房と客席の間を比較的自由に行き来できるお店。お客さんとコミュニケーションをとっていると、なおさら、ただ厨房にいるだけではだめだと感じています。というのも、お客さんは、料理はもちろんですが、人に会いに来ていると思うから。今、レストランの数も、情報量も飽和状態。そんな状況の中でお店に来てくださる方たちは、交流を求めている。

秋山能久さん(以下秋山):僕たちも、ある種、人を売っていると言えるかもしれません。オープンキッチンがステージで、ホスピタリティも含めて、人に会いにきてもらいたい。精進料理も学んできたので、「心」を大切にしたい。
大石:結局、大切なのは、人と人との繋がりですよね。料理におけるAIの長所のひとつは安定だと思います。例えば、今日はいつもに比べて塩が薄いとか。まあ、うちの場合、それはないですが(一同笑)。AIなら数値化して正確な量で作れるかもしれない。でも、秋山さんも仰るように、人と心を通わせる点では人間にかなわないと思います。

昆布智成さん(以下昆布):お菓子作りは、料理よりも数値化されているので、AIの影響は、パティシエの方が大きい気がしますね。ただ、僕自身は、オーボンヴュータンで働いていたせいか、きれいにカッターで切ったり、1ミリの狂いもなくフランボワーズの位置はここという精密なお菓子に、あまり魅力を感じていなくて…。あのお店では、色もサイズも多少バラつきがあるのですが、それがとてもおいしそうで。象徴的だったのが、河田(勝彦)さんが珍しく店にいなかったある日のこと。どのお菓子も美しいのですが、なんだかいつもと違う。翌日、河田さんのお菓子が並んだらその差は歴然。ショーケースに宿るパワーが全く違うんです。均一ではなくても、おいしそうに見える。それって、AIではできないことだと思う。「思いや発想はAIに真似できないですよね。人は食べなければ生きていけないのだとしたら、物事の考え方をすべて料理に集約できる。それくらいのプライドを持って、僕は唯我独〝走〟している」という谷さん。では、そういったオリジナリティはどこから生まれるのか? そもそも、それを支えるアイデンティティとは? 勉強会は、本質論に向かってますますディープに。

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では、「人間の」料理人として
アイデンティティはどこにある?

1週間に1冊のペースで本を読む谷さん。様々なジャンルに造詣が深いが、中でも大切にしているのが歴史をひも解くこと。話題はメディチ家から日本人のアイデンティティへ。

:フランス料理の歴史を振り返ると、1533年にフィレンツェのメディチ家の娘が、フランス王家に嫁入りする時に料理係を連れてきて、フランス料理が発展しますよね。その後、1789年にフランス革命が起きて、貴族のお抱え料理人が街中に流れた。で、ここからが問題。じゃあ、その頃、日本で何が起きていたか? 答えられますか? 日本人のアイデンティティを持たないと、そこで詰まってしまう。単純に「フランスってかっこいいなぁ」で終わってしまう。1533年の翌年には織田信長が生まれ、その数10年後にはフランス人も大好きな茶の湯の千利休が活躍し、懐石料理に繋がる。料理人だからこそ、なぜ世界同時進行で料理が発達していったのか、把握しておく必要があります。

田村亮介さん(以下田村):20代は中国人になろうと思ったほど、中国が大好きでずっと追いかけていました。でも、30代で料理長になっていろいろな方たちとの交流が増える中で、日本で中国料理をやることの意味を考えるようになりました。歴史的に見ても、日本にとって中国の影響は大きくて、そこがフランス料理との違いですよね。師匠から麻布長江を引き継いで10年。この節目に移転する予定ですが、ここから先10年、日本風ではなく、日本人しかできない中国料理を追求していきたいと思っています。

大土橋真也さん(以下大土橋):まさに、オンリーワンを掲げようと、オープン時にパンペアリングを始めました。そもそも、料理に合わせるパンはバゲットでいいのか?という素朴な疑問が浮かんだからです。当初の予定では、自分たちが好きなパンを買ってきて合わせる予定でしたが、オープンして半年間は、劇的にヒマで(笑)。ヒマ過ぎて自分たちでパンを作ることにしたんです。パンを焼いたところでお客さんが来ないから、余る。それをひたすらいろいろな料理と食べていました。2年目はリゾットに合わせましたし、3年目はメロンパンやワッフルに行きついてしまって。パンペアリングをやる真意が自分の中でわからなくなっています。果たしてこれは突き詰めた結果なのか?と不安で。ここから先、目まぐるしく知識や技術が変化していく中で、知識は自分で深めていけるので成長できる気が…。

:それは絶対に無理! 僕は知の巨人と呼ばれる人たちの本を読むけれど、あの人たちは1日に読む分量も理解力も半端ないですから。本気で知識を哲学的なところまで持っていくなら、相応のことをしないとダメ。でも、そのレベルまでいけたら新たなインベスターがつくかもしれませんね。

大土橋:時代と共に、フランス料理の概念も変わってきて、僕の料理はイノベ―ティブと言われることもあります。自分の中ではすごく考えが揺れる。今後、もう少し深いところに行きたいし行けるのかな?と思います。

:それって、自分の意志でなれるものではなくて、すべては必然だと思います。その中で自分の料理を探っていくしかない。「フランス料理は何か?」と問われたら、フランス人がフランスで食べてきた料理。それは、フランスの食材で作られている。以上、終わり、なんです。でも、大土橋さんも、他のシェフも、みんなフランス料理が好きでこの世界に入ってきているんでしょう? だったらそれでいい。フランス料理は、ここ(胸を軽く叩いて)にある。心の中にある。そこに日本人としてのアイデンティティも存在している。僕には秋山さんのように、アイデンティティと料理を一致させることはできない。日本人のフランス菓子職人なら、あんこも炊けますか? という話になってくるけれど、いいじゃないですか。大いに迷ってください。迷っているうちは進歩があるんですから。

Theme3
これからを生き抜くキーワードは「ホーム」
「インテリジェンス」「レジョナール」

谷さんのお話のパワーワードは、この3つ。「ホーム」と「インテリジェンス」を両手に携え、目線は「レジョナール(地域)」を向いている。次世代シェフのひとつの理想形かもしれない。

:皆さんの世代は、危機管理能力も含めてインテリジェンスを持たなければならないと思う。僕らの世代は持てなかった。でもそれを感じ取れる能力はあった。消えたシェフにはそれがなかったということ。世の中がどう動いてもインテリジェンスがあればなんとかなる。それと同じくらい大切で守るべきなのが、ホーム=自分の店です。僕は外の仕事が入ったら店は休み。店以外の仕事をあてにしたら終わりですから。ホームをしっかり守るということもインテリジェンスのひとつです。

瀬野景介さん(以下瀬野):今のお店は僕ひとりで回しているんです。ホームを大切にしたいとは思いますが、谷さんとスタッフはどのように思いを共有しているのですか?

:僕は、「時速300キロのスピードに耐えられるF1のタイヤになって?」とスタッフには言っています。その代わりドライバーの僕がリスクを負うからと。そこは明確にしていますね。

加藤順一さん(以下加藤):修業していた当時、パリの「ステラマリス」では、スペシャリテのルセットを知っているのは料理長のみ。仕込む姿さえ見せてはいけない決まりでした。その後、デンマークで修業した際、技術や知識や思いを共有するオープンラボの存在にびっくり。そんなシーンを目の当たりにし、新しい技術は9割方出ている現在、どうしたらどこにもないものが作れるんだろう? と思いますが…。

:『レペルトワール(フランス料理総覧)』には、約5000種程のレシピが載っています。無限ですよ! 考えていない、調べていない、具現化していない。それだけだと思います。古い料理を作ってみたら? そこから新しいものが生まれて来るかもしれない。あとは、レジョーナル(地方)の料理なのか、メナジエール(主婦)の料理なのか。スガラボが地域に食材を探しに行くのは、地方創生を意識して?

薬師神陸さん(以下薬師神):いえ、もともと僕が愛媛出身で、須賀さんを食材探しの旅にお誘いしたのがきっかけです。そこから毎月地方に足を運ぶようになり、過去36県程伺いました。もっと食材の単価も上げていきたいし、地方のものづくりを価値のあるものにしたい。お客さんの前で料理の説明ができるのは、食材探しの旅に行ったスタッフだけです。実際に見てきた情報を聞くと、お客さんも、少しおいしさがプラスされるのではと思います。地方の生産者さんが潤うようになったらと思います。

林亮平さん(以下林):独立して半年ですが、それまで17年間、大将の村田さんの下について約20ヶ国をまわってきました。村田さんは海外への和食の発信がミッション。では、自分は?と考えた時、うちの本家がある香川県・手島が人口20人の過疎の島なのですが、料理の力で、持続可能な島にしたいと思ったんです。だから、店の名前の由来も島の名前。懐石料理はとても素晴らしいし、僕も好きですが、別の形の日本料理もあるんじゃないかと思い始めて。スガラボさんのようにまだ知らない地方の食材を発見したり、郷土料理を掘り起こしたりして、自分の経験を活かせば、また次に何か繋がる気がしています。

:今日参加された皆さんは、こんな時代の中で「コア」を求めている。各自がどう「コア」を作っていくか。でも現在は混とんとした状況。66歳の自分もまだまだカオスですよ!

:以前お目にかかった際、谷さんが「まだフランス料理がわからないんだよ」って仰っていて、その謙虚さに衝撃を受けました。なんて誠実にお仕事に向き合っていらっしゃるのか、と。

:裏を返すと、料理はそれだけ麻薬的な面白さがあるということだけど。それくらい好きじゃなきゃ、23年間週6日、店で寝泊まりするなんてできないですよね。僕らが第2世代の料理人だとしたら、皆さんは第4、5世代。そろそろジャンル関係なく交流したらいいんじゃない? 今日みたいな会、どんどんやったらいいですよ。今度は僕も混ぜてね(笑)。

今回の会場は 「ル・マンジュ・トゥー」
東京都新宿区納戸町22 ☎03-3268-5911 営:18:30 ~ 21:00LO 日休

実は話の後に、谷さんと鳩を料理する予定が、気が付けばなんと朝の5時半! 皆さん、時間が経つのも忘れて、谷さんの質問に答えたり、思いがけず現在抱えている悩みを吐露する場となった。「年齢やジャンルで区切るのはもう僕たちの世代で終わりにしたい」と呟いた谷さんの言葉には、次世代シェフたちへの温かなエールが滲んでいた。

Check!
これだけはおさえておきたい!
フランス料理のパラダイムシフト

□1380年頃 フランス宮廷料理人、ギョーム・ティレル(通称タイユヴァン)がフランス初の料理書『ル・ヴィアンディエ』を発行
【日本】室町・南北朝時代:室町時代末期には砂糖が食品化。
□1533年 フィレンツェ・メディチ家のカトリーヌ・ド・メディシスが、フランス王家に嫁ぐ。輿入れの際、料理係を伴いフランス料理が発達。
【日本】戦国時代:現存する最古の茶会記『松屋会記』が記される。
□1789年 フランス革命勃発。革命前は50軒以下だったパリのレストランは1827年には約3,000軒に達したという。
【日本】江戸時代:この後しばらくして、江戸で握鮨が誕生。
□1902年 エスコフィエによるフランス料理のバイブル『料理の手引』刊行。5,000以上のレシピと280以上のソースを掲載。
【日本】明治時代:この数年前に今も残る洋食店「煉瓦亭」開店。

浅井直子=取材、文 よねくらりょう=撮影

本記事は雑誌料理王国294号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は294号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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