【ミシュランの「新顔」VOL.1】南青山『慈華』田村亮介さん


世界で最も有名な美食ガイド「ミシュランガイド」。本国フランスでは100年以上の歴史があり、星付きレストランとして名を連ねることを夢や目標に掲げる料理人も少なくない。
日本では『ミシュランガイド東京2008』を皮切りに東京は毎年、全国の都市にスポットをあて発売。その内容について毎回大きな話題を集める。本連載では「新たに星を獲得した店」に注目。ミシュランの星を獲得したシェフに料理への思いや考えを訪ねる。

東京・青山、東京メトロ銀座線外苑前駅からほど近いビルの2階に『慈華』はある。“素材を慈しみ、人を慈しみ、料理を慈しむ”の思いが込められた店名どおり、日本の優れた食材に敬意を払い、機会を見計らって生産者を訪ねる。「吟味した日本の素材の素晴らしさを、中国料理の技術や味付けで、背中を押すように表現したいんです」と田村亮介シェフは語る。そして、素材だけでなく、生産者の素材を慈しむ心を、料理を通じて届けたい、と考えているのだ。

開業して程なく高評価を得る

オープンしたのは、2019年12月。開業と合わせて大きな告知はしなかったものの、『麻布長江』で長年腕を振るい、09年からは『麻布長江 香福筵』(19年、建物老朽化のため閉店)オーナーシェフとして活躍していた田村シェフのもとに、その時代のお客さまがやって来た。程なく、美味しいものに敏感な新規のお客さまも足繁く訪問する店となった。
そして1周年を待たずして、20年12月、『ミシュランガイド東京 2021』に1つ星店として掲載される。反響も大きかったようである。以前にもまして、メディア取材も増えた。
しかしながら、コロナ禍の状況では、「連日、満員御礼とまではいかないのですが」と田村シェフは苦笑する。その分、料理により専念。中国の最新情報をチェックし、同時に中国料理の基本にも立ち返る。日本の状況や日本人の嗜好も鑑み、“自分はどういう料理を作るか”と常に向き合っている1

ベースは中国料理の技と味付け

そんな日本ならでの中国料理を生み出す、この店のスペシャリテのひとつは、「文思豆腐羹」。中国の精進料理をベースにした一品で、中国料理最高のだしと称される、鶏の旨味があふれる清湯に、細切りにした絹豆腐を合わせたものだ。塩のみで味付けされ、鶏の旨味たっぷりのスープは、あくまでクリアですっきり。時折顔をのぞかせる金華ハムが味わいと食感のアクセントに一役買う。蓋を開けた時に一瞬溶き卵のように見える極細切りの絹豆腐は、大きな中華包丁で切る。いかに確かで繊細な技術が必要なのかが、よくわかる。


『慈華』の料理はアラカルトではなく、コースで提供。全体のバランスやハーモニーも考慮して、料理の一つ一つが構築される。スープは前菜の盛り合わせの後に登場する。前菜も『慈華』のスペシャリテと称される、多彩な素材と技、味わいを詰め込んだ一皿だ。この前菜が“動”とすれば、スープは“静”。やさしくも奥深い味わいに身を委ねながら、次の料理への期待を膨らませるのだ。

カジュアルな店舗も作りたい

今後の夢を聞くと、カジュアルな中国料理店の開業との答え。その理由を訊くと、「『慈華』はある意味、自分が求める料理を作る場。若い世代には、日本でオーソドックスな中国料理も知って欲しいんです」と田村シェフ。『慈華』の料理は、中国料理の技術や味付けを基盤にしているとはいえ、素材の生かし方、田村シェフのアイディアや創造性がぎっしり詰まっている。言葉を換えれば、“いかにも”な酢豚や麻婆豆腐の世界ではない。


しかし、訪ねてくるお客さまの中には、イメージしやすい中国料理を求める人もいる。また、実際に家庭や気軽に行ける街場の中華で食べるのはまさにこういったメニューで、日本人の味覚にしっかり組み込まれているのだ。中国料理の奥深さはこういうところにもある。店舗を構え、実際に作ってお客さまの反応を見ることが若い世代にとって大きな学びの場になると田村シェフは考えているのだ。
訪問する側にしても、上質で洗練された中国料理、カジュアルな中華と選択肢が増えるのはうれしいもの。その日を楽しみに待ちたい。

田村亮介
1977年東京都台東区生まれ。実家が中国料理店を営んでいる為、幼いころから調理場に入り、料理人の道を志す。複数の店舗の経験を経て、99年<麻布長江 西麻布店>で長坂松夫氏に師事。
その間、2年程香川県にて勤務し、瀬戸内の食材に触れ、自然の尊さを実感する。台湾に渡り、<樺慶川菜餐廳><歡喜堂素食餐廳>にて台湾・四川・精進料理を学ぶ。帰国後、2006年麻布長江 西麻布店 料理長を経て、2009年麻布長江 香福筵オーナーシェフとなる。
2018年     ゴ・エ・ミヨ GUIDE JAPAN2019に選出
2019年4月  店舗建物老朽化により、麻布長江 香福筵を閉店
2019年12月  南青山にて 「素材を慈しみ、人を慈しみ、料理を慈しむ」をコンセプトにした新店舗【慈華itsuka】 をオープン
2020年12月  ミシュランガイド東京2021  1つ星
2021年2月   ゴ・エ・ミヨ Japan2021 に選出

慈華(いつか)
東京都港区南青山2-14-15 五十嵐ビル2F Tel: 03-3796-7835
11:30~15:00、17:30~23:00
※現在、ディナーは20:00まで。要予約
月曜・他不定休
https://www.itsuka8.com

この記事もよく読まれています!


SNSでフォローする