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日本唯一の三つ星中国料理「茶禅華」が考える 中国料理と日本文化の調和

日本唯一の三つ星中国料理「茶禅華」が考える 中国料理と日本文化の調和

多くの文化がお互いに影響しあっている、それは古の時代も変わらない。日本料理と中国料理は、水の料理と火の料理と表現される。一見相反するように見える二つの要素を束ねた料理を生み出しているのが、日本で唯一のミシュラン三つ星の中国料理である「茶禅華」だ。
麻布長江で学んだ中国料理、そして龍吟で学んだ日本料理。川田智也シェフは、それぞれの美意識をどのように捉え、形にしているのか、話を聞いた。

川田シェフのお料理は「日本という風土に根ざした中国料理」。まず、料理を考える際に、どんなところから考えられるのですか?

私の場合、思いを素材にこめるときに、イメージだとしても、心の深い部分で言語化していると思うのです。料理を作るときに、日本と中国で共通する「漢字」というものが、ベースになっていると思います。漢字は象形文字で、自然を表現した視覚的イメージが言葉になっている。そこからスタートした中国、日本にも独自のひらがな 、カタカナがありますが、ベースは漢字です。

言葉というもの自体は、イメージを切り分ける左脳的なものだと思うのですが、漢字の持っているイメージは右脳的でもある、というのが面白いですね。

そうですね、漢字はアートでもあり、左脳でもあり右脳でもある、心でもあり、頭脳でもある。そんな相反する要素を内包しているのが、魅力的ですし、自分のスタイルともつながっていると思います。

漢字の発祥は中国で、日本にきてから「カタカナ」や「ひらがな」が生まれている。ちょうど、中国薬膳と日本の本草学が違うように、独自の進化を遂げていますね。

漢字が伝来したときに、それを使うかどうかを、平安時代頃まで迷ったと聞いています。言葉を取り入れることで、属国になる危険性が高まる。漢字は素晴らしいけれど、防衛ラインを引かないと、となったときに、菅原道真が「和魂漢才」という概念を生み出した。日本人の精神は忘れずに、完全に混ぜ合わせるのではなく二つの文化を調和させてゆく。それが、私の料理の根幹になっている言葉です。

日本唯一の三つ星中国料理「茶禅華」が考える 中国料理と日本文化の調和

―日本という個性を残しつつ、外国の文化も受け入れていく。それには、八百万の神とも呼ばれる、一種のアニミズム的な日本の宗教的な背景もあるかもしれませんね。日本と中国の文化の違いを、どのように捉えていらっしゃいますか?

日本の場合、根底に自然への敬意、もっと言うなれば、畏怖というものが挙げられると思います。地震、噴火、洪水など、日本は自然災害の多い国です。その一方で、ユーラシア大陸は、もちろん地域によりますが、人間がコントロールできる部分が大きい。人間が自然を支配する、という考えが中国にはあるように思います。人間の頭脳で考えたものを具現化する料理が中国料理であるならば、日本料理は自然ありき、自我を抑えて素材、つまり自然を表現する料理とも言えるでしょう。

―私も、日本の永平寺や高野山の精進料理、そして中国流の精進、普茶料理を黄檗山萬福寺でいただいたことがありますが、いずれも仏教の背景がありつつ、水がベースで食材の味を生かした日本の精進料理、油のボリューム感のある中国流の普茶料理の違いが興味深かったです。

「茶禅華」の名前に「禅」という言葉を使っている通り、私がとても影響を受けているのは、道元禅師の「典座教訓」(1237年著)。これは、中国で1103年に書かれたと言われる禅の規範「禅苑清規(ぜんねんしんき)」に基づいたものです。

禅苑清規の教えの中に、三徳六味(注1)という言葉があります。六味とは、陰陽五行説で言われている、苦味、酸味、甘味、からみ、塩辛さに、食材の持ち味を大切にする淡味を加えたものを指します。また、三徳とは、「軽輭(きょうなん)」柔らかく口当たりが良い、「浄潔(じょうけつ)」清潔でさっぱりしている、「如法作(にょほうさ)」正しい順序と作法にしたがって丁寧に調理がなされている、の三つを指します。

私の料理は、これを大切にしています。

注1 三徳六味
巻八「亀鏡文(ききょうもん)」に記された「六味(ろくみ)精(くわ)しからず、三徳(さんとく)給らざるは、典座の衆(しゅう)に奉(ぶ)する所以に非ざるなり」という食にまつわるルールにも触れている。
六味と三徳を合わせて「三徳六味」と呼ぶが、これについて『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』にその説明がある。まず、六味というのは、古くから陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)で言われている「苦(く)(苦い)」「酸(さん)(酢い)」「甘(かん)(甘い)」「辛(しん)(辛い)」「醎(かん)(塩辛い)」の五味に、食材の持ち味を壊さないように薄味にする「淡(たん)(淡い)」を加えたものを指している。次に三徳というのは、「軽輭(きょうなん)」柔らかく口当たりが良い、「浄潔(じょうけつ)」清潔でさっぱりしている、「如法作(にょほうさ)」正しい順序・方法(作法)にしたがって丁寧に調理がなされている、の三つをいう。

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―五味だけでなく、淡さも重要な味の要素だと。これは日本の懐石などの考えにもつながりそうですね。後ろの額にも、真の味は淡味にあり、と書かれていますね。

はい。この考え方で、日本と中国はつながっているのかなと思います。でも、中国は逆に王朝が変わるごとに、その前の文化が消えてしまう側面もある。文化大革命でも、多くの資料が失われてしまったとききます。また、日本は215年間鎖国をしていたこと、島国で、海流も含めた地政学の関係で、外国から攻められづらかったことで、より独自の文化が継承、進化していったように思います。

―そんな中で、日本の美意識とはなんだと思いますか?

僕は建築も好きなのですが、例えば寺院一つとっても、中国の寺院は、色合いも含め、絢爛豪華なものが多いですよね。もともと僕は、そのダイナミックさに惹かれて中国料理を選んだのですが、一方で、日本の控えめな美しさも素晴らしいと思います。日本を代表する建築家、隈研吾さんの言葉に「負ける建築」というものがあります。「自然に負ける建築がいい、自然に勝ってしまう建築はダメだと。どれだけ地球に迷惑をかけているか理解して建築の仕事をしている」というのですね。長く続く芸術の美しさのためには、地球への配慮は欠かせないと思います。日本の美意識というのは、自然に勝たない、自然を優先したもの、ということが言えると思います。その控えめな中に、人の心を動かすものがある、というのが、日本文化の好きなところです。

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―そして、調理法にしても、水を多く使う日本に対して、油を多く使う中国という特性がありますね。これは、やはり日本が軟水で、綺麗な水が豊富にあったことが影響している。そして、国土の75%が山と、耕作ができる範囲が広くないので、農地はなるべく米など主食になるものを作りたい。さらに肉食より魚食中心で、中国ほど家畜も多く飼育しておらず、動物性脂肪も多くないため、油(脂)そのものが貴重だった背景があると聞いています。

日本料理には、食材は鮮度の良いものは生で食べ、揚げるのは最後、という考えがありますね。刺身を引こうと思ったら、まな板も包丁も綺麗に水洗いできるのが当然前提になります。水が豊かにあるからこその調理体系です。

魚がどう水揚げされて、漁師さんの処理に始まり、厨房にきてからも、水の温度、水の性質までしっかり理解した上でいかに短時間に処理するか、という所から、刺身という料理は始まっているわけです。中国は綺麗な水が潤沢になかったので、茹でるのではなく、蒸気にすることに清浄な調理法を見出した、つまり蒸し料理、そして動物性の脂も多く取れたことから、油料理が発達したと言えると思います。

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中国料理の伝統的な下処理の方法などを、日本料理の強烈な下処理の緻密さの角度から一から見直したのが茶禅華で今やっていることです。そして、盛り付けなどの美意識としては、大皿料理は中国らしい迫力を持たせつつ、全体的にはやはりシンプルに、いかに手をかけていないように見せるかにこだわりたいです。日本の出汁もそうだと思います。世界で一番手早くできるスープ、なんて言われることもあるようですが、カツオ節と昆布を作るには、見えない部分で、多くの手間と時間がかかっているわけです。優れた宮大工の方は、見えない柱にとても良い木を使うと聞きます。そんな、見えない部分にもこだわりたいですね。

―大きな影響を受けているとおっしゃる四川料理は、夏の高温多湿な気候や、食材に恵まれた風土という意味で、日本とも共通項が多そうですね。

はい、四川の古典料理で、シンプルに白菜を清湯(鶏ガラでとった出汁に鶏のひき肉を加えて清澄させたコンソメのようなもの)で煮た「開水白菜」というメニューは、日本料理に共通する素材を生かした味わいを感じます。一方で、約350年程前にこの地域に入ってきた唐辛子を使って作った麻婆豆腐は、複雑な味わいが重なり合った、ある意味カオスのような芸術。綺麗なだけではなく、そのカオスの部分が人を惹きつけるものがある。

中国にはヨーロッパ全土が飲み込まれるほどの広さの土地に、55の民族がいると言われていますし、王朝ができては次の民族に壊され、とても変化が激しい。まさに多様性の極みです。その反面、研ぎ澄ましたミニマリズムの日本。四川料理の中には、その二つの美意識が存在しているように思えるところに惹かれています。

それは、まるで太陽と月が決して混じり合わないけれども一つの美しい円を形作る、太極図のようだと感じています。

日本人としてのアイデンティティを大切にしながらも、そんなアジアの多様性を内包する料理を、これからも作り続けていきたいと思います。

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text:仲山 今日子

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