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中国茶の温度を操り、立体的なひと皿を描く「茶禅華」川田智也さん


温度をとらえなければ感動は生まれない

料理は体を滋養するものという考えが根本にある中国料理では、冷たいものには温かいものを合わせるという古くからのセオリーがある。その場合の温度とは、触れて感じる物体としての温度だけでなく、薬膳的効能としての温性・寒性も重視される。たとえば、上海蟹。カニは体を冷やす食材であるため、体温を上げる効果のある高発酵の中国茶や生姜湯、紹興酒と一緒に楽しむ習慣がある。そういった“見えない温度”のコントロールもまた、中国料理の醍醐味だと言える。

「料理やお茶は、温度との戦いだとつねに感じています」と話す川田智也さんは、料理やドリンクの提供温度には、特に気を配る。理想の温度で提供するために、器の形状やサーブ方法を熟考する。温めた土鍋を用いたり、氷で冷やしたりと物理的な対策を行うほか、スパイスや食材の組み合わせで“見えない温度”の調節も図る。「量があれば温度や香りをキープできるのですが、15品のコース構成では量での調整は難しいため、温度に影響が出やすいという側面は避けられない。そこで、温度コントロールをした中国茶を合わせるティーペアリングでも理想のひと皿を演出しています」

川田さんが温度という視点で考案したのが「清淡干鮑」と「文山包種昆布茶」の組み合わせ。昔から好きだったという昆布茶からインスピレーションを得たユニークなペアリングだ。

文山包種昆布茶 清淡干鮑

 2日かけて戻した岩手県吉浜産の最高級干しアワビを使う「清淡干鮑」は、一般的にはオイスターソースや紹興酒の濃厚な味をのせることが多いが、川田さんは調味料をほとんど足さずに、アワビを炊いた汁そのものに近いソースで、干しアワビの淡く清らかな味わいを引き立たせた。生にはないなめらかな食感とともに、海と太陽を感じさせる繊細な香りが長い余韻を残す。

 このアワビは昆布を食べて育つため、昆布との相性はいいが、直接のせると昆布の強い風味が干しアワビの繊細な香りや味わいを台無しにしてしまう。そこで、川田さんは口の中で一番だしを完成させるようなイメージを描き、干しアワビと昆布の間を取り持つ役割として、清香烏龍茶の代表格である台湾の文山包種茶をセレクトした。極めて軽やかな発酵度で、緑茶に近い味わいの清らかな香りが特徴の烏龍茶だ。清く淡い干しアワビと清らかな烏龍茶がシンクロし、そこへ昆布のおいしさが調和していく。その時、ポイントとなるのが茶の温度帯だ。

「烏龍茶は高温で淹れることで、香り高くキレのある味わいが出ます。キリッとした品格を出すことが大事。低温でじんわりとまろやかさを出す日本の玉露とは真逆のイメージです」

 熱湯で抽出した烏龍茶を茶海や飲杯へと移し、65℃まで下げる。その温度こそが昆布がぬめりを出さずに状態よく旨味を出す温度であり、干しアワビの食感と調和する「なめらかな」温度帯だ。飲み始めは熱く、文山包種茶らしい香りですっきりとした印象だが、飲み進むほどに温度は下がり、昆布の味が深まっていく。温度と味の変化を繊細なグラデーションで表現した。

立体感を演出する温度

蓋碗へ95℃のお湯を注ぎ、烏龍茶らしいキリッと品格ある味わいを抽出する。抽出直前に蓋碗へ熱湯を注ぎ捨て、碗の温度をしっかりと上げておくことが重要。烏龍茶は高温で淹れることで高い香りも引き出せる。
蓋碗から茶を茶海へ移し、温度を80℃まで冷ます。高い位置から昆布の入る飲杯へとやさしく注いで70℃へ下げる。提供時には65℃程度になり、昆布のだしが状態よくにじみ出る、なめらかな温度に仕上がる。

余白を芳烈な香りで満たす高温同士のペアリング

「茶禅排骨」と「スパイスティー」の組み合わせでは、香辛料の香りを目の前で付与することで料理が完結する、高い温度を軸にしたティーペアリングの形を見せる。

スパイスティー 茶禅排骨

 中国料理では完成したひと皿を目指すという考え方が強いが、「茶禅排骨」は引き算をして余白をつくる日本料理のように、シンプルに仕上げた。本来はさまざまなスパイスを使う料理だが、あえて麻辣ソースのみでスパイシーな香りを引き立たせた。そこへ、雲南省の金芽紅茶をベースにしたスパイスティーを高温で抽出。立ち昇る鮮烈で華やかな香りをスペアリブにまとわせることで、料理としてのひと皿も完成する。高温で香り立つ性質を利用した、鼻腔を刺激する芳烈なペアリングだ。食感のコントラストも楽しいスペアリブの突き抜けるような辛味を、すっきりとした味わいの紅茶でまろやかに調和する。辛味がスッと去ったあとも、馥郁たる残り香が心地よく漂う。

 このあとに提供される、冷たい「羅漢果茶」もペアリングの一部だ。「コース料理で高温が続くと口の中が疲れてくるので、クールダウンという意味も込めています」。熱く辛い料理の直後に、5℃というひんやり甘いお茶で味も香りも一度リセットさせることで、次の料理へと向かう弾みをつける。「温度は料理を立体的にする不可欠な要素です。立体感がどのくらいあるかで、食べた人の感動値が変わってくる。逆にどんなにおいしくても、温度をとらえていなければなんでもないものになってしまう。既存の概念にはとらわれず、自分の思う温度を試していくと、時に突拍子もない正解が見つかることもあります。何度でも愚直に試していくしかないですね」

羅漢果茶
中国の桂林という場所にしか生えていない甘味成分を含む果実。45℃でじんわり30 分ほど抽出。さらに氷の中で 48 時間抽出することで、キリッとクリアな甘味に仕上げる。皮をそのまま使った器からも甘味が出る。5℃の冷たさと甘味で茶禅排骨の辛味をすっきりとリセット。高温で疲れた口の中をひんやりとクールダウンさせ、次のデザートへとリズムをつける。

Tomoya Kawada
1982年栃木県生まれ。調理師学校卒業後、18歳で「麻布長江」に入り、 26歳で副料理長に。その後、28歳から日本料理「龍吟」にて修業。台湾「祥雲龍吟」の副料理長を務めたのち、退社。「茶禅華」の料理長に就任。

君島有紀=取材、文 撮影=土岐節子

本記事は雑誌料理王国2019年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2019年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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