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水質の違いを操れば料理の味は思い通りになる。「レストラン・ラフィナージュ」高良康之さん


工夫を凝らして日本の水でフレンチのだしをとる

レストランラフィナージュ 高良康之さん

驚くほど大きく違った日本とフランスの水

日本とフランスの水について、違いは大きかったと話す高良康之さん。「そもそも基本的に日本は軟水、フランスは硬水ですが、実際にフランスへ修業に行って生活した時、あまりの違いに驚かされました。鍋でお湯を沸かしたりごはんを炊いたりするとその鍋が水のミネラル分で真っ白になりますし、風呂に入ればバスタブも真っ白になって、日本のシャンプーだと泡立たず、髪もゴワゴワになるんですよ」

それほど水質の違うフランスでは、料理を作るのにも違和感があったという。「修業先のシェフの家へ皆で遊びに行くことになり、私が日本食を作るということになって。日本食となると、だしをとらなきゃいけない。それでパリまで昆布を買いに行ってきてだしをとったのですが、味が出ないんですよ。ペットボトルの軟水を使っても出づらいので、前の日に昆布を小さく切って水に入れ、ひと晩水出ししてから火にかけてと、かなり時間をかけて、やっとだしをとったのを覚えています。こんなにも出ないものかと思いましたね」

紅茶や緑茶、コーヒーも、日本とフランスでは味の出方が違った。フランスの水で紅茶や緑茶を入れても日本の水ほど色や味、香りが出ず、最初は紅茶や緑茶の質が悪いのかと疑ったほどだったとか。コーヒーも、日本の水で淹れたほうが苦味ばかりでなく豆の持つ甘味なども感じられておいしい、と言う人もいるそうだ。

日本の水でフレンチのだしをとるのに、試行錯誤を繰り返した高良さん。現在はクリアなだしがとれるようになり、ソースもイメージどおりのものが作れるようになったという。

日本の水の弱点を克服してフランスのだしをとる

そんなフランスから戻って日本でフランス料理を作り始めた時も、悩みは多かったそうだ。「まず悩んだのが、フォン・ド・ヴォーなどのフォンを作る時に、野菜が煮崩れることです。フランスのカブより日本のカブのほうがやわらかいなど、野菜の性質もあるかもしれませんが、それ以上に水の違いだと感じました。フランスではそれほど野菜が煮崩れることはなかったのに、日本だと崩れやすく、フォンが濁ってしまう。そこで、日本で作る時は煮る時間に合わせて野菜を大きめに切るようにしています」

もうひとつの悩みは「アクの出方」。ブイヨンをとる際、フランスと同じ方法だと、日本の水ではアクが十分に出ないのだという。「日本の水でブイヨンをとると、アクを出しきれないせいで、濁っていて、細かいカスが出ているような、ザラつくような仕上がりになってしまうんです。フランス料理にはソースが必要で、その基本となるのがブイヨン。クリアなブイヨンがとれなければ思うようなソースが作れません。これには随分悩みましたね」

火の強さなのか、野菜の切り方なのか。いろいろ試したがうまくいかない。ガラや骨を下ゆでして洗ってから使う方法もあるが、それではせっかくの味が抜けてしまってもったいない。そこで一度コントレックスやエビアンなどの硬水を買ってきて試してみると、あまり濁らず野菜も煮崩れなかったそうだ。この時、水質の違いが問題だと確認できたが、毎日大量のブイヨンをとるのにペットボトルの水を使うのは現実的ではない。それでは日本の軟水で濁りのないブイヨンをとるためにどうしたらいいかと考えた末、導き出された方法が今回のひと皿目「岩手県石黒農場よりホロホロ鳥のコンポジション」にも使われている。

この料理では、ホロホロ鳥の骨でブイヨンをとる。まず寸胴鍋にホロホロ鳥の骨を入れ、水(日本の軟水)をひたひた程度入れて火にかける。これでいったんアクを取るが、これでは十分に取りきれない。そこで氷を加えてかき混ぜ、全体の温度をぐっと下げて、アクを冷やし固めて取る。温かいと溶け、冷えると固まるラードから思いついた方法だ。この時、加えるのが水だと温度が下がりきらずアクが固まらないので、氷でなくてはならない。この段階でしっかり温度を下げることでアクを出しきることができ、クリアなブイヨンがとれる。

加える氷の量はあとで野菜を入れた時に液体がかぶるようになる程度。この氷が入るため、最初の水は通常より少なめに、骨がひたひたになる程度に抑えている。最後に野菜を入れて煮出し、シノワで漉す時は軟水でやわらかくなった野菜がペースト状につぶれて入らないように、押しつぶしたりせずシノワの縁を叩いて自然に漉す。

この方法は、硬水のフランスではまったく必要のなかったもの。氷を入れる必要はもちろんなく、そしてブイヨンは静かにとるもので、かき混ぜてはいけないと言われていた。しかし高良さんは、野菜が煮崩れてアクも十分に取れずブイヨンが濁ってしまう日本の軟水で、なんとか納得のいくクリアな仕上がりを実現しようとこの方法を編み出した。仔牛などあらゆるブイヨンで同じ方法を使っている。クリアなブイヨンをとれるようになったことで、それを使ったソースもイメージどおりのものができるようになったという。

「岩手県石黒農場よりホロホロ鳥のコンポジション」は、一枚に開いたホロホロ鳥の胸肉に、同じホロホロ鳥の砂肝とハツのコンフィ、白レバー、ほかの部位の肉のミンチを詰めて整形し、網脂をかけて湯煎したのちフライパンで仕上げたものに、ホロホロ鳥の骨のブイヨンにミンチを加えて煮出したコンソメを合わせたもの。生産者が自ら作る雑穀や米で育てているというホロホロ鳥の、繊細で力強い味わいをすべて詰め込んだひと皿の中で、丁寧にとったクリアなコンソメが一層の味の深みを生み出している。

岩手県 石黒農場より ホロホロ鳥のコンポジション
日本の水の弱点を克服することでとれるようになったという、フレンチのだしを使ったひと皿。ベースとなるホロホロ鳥のブイヨンを、途中で氷を加えてアクを取りきることで、クリアに引き出している。雑味のない味わいが、料理にさらなる深みを与えている。

日本の水の強みを生かした海の恵みのひと皿

日本の軟水の弱点を克服したフランスのだしを使う「岩手県石黒農場よりホロホロ鳥のコンポジション」に対し「、岩牡蠣のショーフロワ、レフォールとパセリのヴェルデュレットソース」は、日本の軟水の強みを活かした日本のだしを使う一品だ。

まず、昆布の味を引き出しやすい日本の水に昆布をひと晩浸ける。火にかけなくても十分だしが出るので、水に浸けるだけのゆったりとした状態で、ほどよく昆布の味を引き出す。そうして昆布だしがとれたら火にかけ、カキをゆでてミネラル感をプラスする。そのゆで汁にレモン汁を少し加えて味を整え、さらにゼラチンを加えて泡状のソースに仕上げ、ゆでたカキを包む。下にはパセリと西洋ワサビ、ベルモットと鶏のブイヨンを合わせた緑のソースを敷き、爽やかな香りを添えた。

昆布とカキの味を引き出しただしはゼラチンを加えてゼリー状に冷やし固めるのではなく、泡状にするのがポイント。ゼリー状だと口の中に長く留まりすぎて、カキよりも昆布の味が強くなってしまう。かといってエスプーマのようにガスを使って泡にすると溶けるのが早すぎて、固形物のカキを噛んで味わう前に昆布の風味が消えてしまう。ゼラチンを加えて泡にするという絶妙のバランスで昆布とカキの風味を調和させ、豊かな海の恵みを表現している。

ホロホロ鳥のブイヨンと昆布だし。フランス料理人として日本の水の長所と短所を理解し使いこなす、高良さんならではのふたつのだしを使った二品。これらの料理に、それぞれの国の水質から生まれる食文化の一端を学んだ。

岩牡蠣のショーフロワ、レフォールとパセリのヴェルデュレットソース
日本の水の強みを活かした、昆布だしを使ったひと皿。昆布の味をよりよく引き出せる軟水で火にかけずにだしをとり、カキをゆでたあと、ゼラチンを加えて泡状に仕上げカキを包む。口どけのスピードまで計算し、日本のだしの繊細な味わいを楽しませる。

フレンチのだしと日本の水

野菜を煮崩れさせないために
フレンチのだしをとるのに、日本の軟水で煮ると野菜が煮崩れて濁ってしまう。そこで、煮る時間に合わせて野菜を大きく切る。最後に漉すときも、柔らかくなった野菜が入らないよう、押しつぶさずにシノワの縁を叩いて自然に漉す。

アクをきっちりと取りきるために
日本の水でフレンチのだしをとるとき、もうひとつの問題がアクを取りきれないこと。高良さんは一度アクを取ってから氷を入れて一気に温度を下げ、取りきれなかったアクを冷やし固めて完璧に取り除く。この工程でクリアなだしがとれるように。

河﨑志乃=取材、文 平石順一=撮影

本記事は雑誌料理王国第300号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第300号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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