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予約の取れない人気店の秘密

茶禅華 川田智也さん

誰でも1軒や2軒、馴染みの店はあるだろう。
だが、新たに常連となった店はここ数年でどれだけ増えているだろうか。予約が取れない店には、ただ「おいしかった」では終わらせず、何度も再訪したくなる独自の取り組みが必ずある。
現在予約困難となっている人気店と、今後予約困難となりそうな新店を特集。各店の取り組みから、集客のヒントを見つけてほしい。

過剰な演出は不要 食べたときの感動こそが最高のエンターテイメント 茶禅華 川田智也さん

茶禅華 川田智也さん
Tomoya Kawada
1982年栃木県生まれ。調理師学校卒業後、 18歳で「麻布長江」に入り、26歳で副料理長に。その後、28歳から日本料理「龍吟」にて修業。台湾「祥雲龍吟」の副料理長を務めたのち、退社。「茶禅華」の料理長に就任。

 昨年、オープンとともに話題をさらった南麻布「茶禅華」。「麻布長江」でともに修業時代を過ごした、オーナーの林亮治さんとタッグを組み、新店を立ち上げてから約年半が過ぎた。順調に客足を伸ばし続ける理由を、シェフの川田智也さんご自身はどうとらえているのか。

お互いに補い合えるパートナー選びがカギ


川田さんにとって、林さんは修業時代の直属の先輩だ。仕事を教わっただけでなく、公私ともに懇意にし、それぞれ別の道へ進んだのちもよき関係が続いていた。
「台湾の『龍吟』で働いていた頃、東京でもし店をやるのであれば声をかけてね、と気にかけていただいていたのですが、店を正式に辞めるまでは何も決めていなかった。店を終えてひと息ついたときに、浮かんできたのが林さんの顔でした」

一緒に店をやろうと二人で決めた一週間後には、現在の物件を見つけ、即決した。開業にあたり、川田さんの頭には、すでに詳細なイメージがあったという。店名や席数、スタッフの人数に配置、ティーペアリングをやることも決めていた。それを具現化できる理想どおりともいえる物件に早々に巡り合えた。それは運が味方した訳ではなく、林さんのおかげだと話す︒﹁僕はわりと深く考えるタイプで、その分スタートが遅れることもあるのですが、彼は決断力と行動力がズバ抜けている。すごいスピード感で物事が動いていく。今、なんとか順調に進んでいるのは、全くタイプの違う二人が若い頃に出会えたことも、間違いなく理由のひとつといえます」

優れたチームワークがお客さまを自然と呼ぶ


中国料理店で修業したのちに、日本料理店で研鑽を重ねるという異色の経歴を持つ川田さんだが、「麻布長江」の長坂松夫さんと、「龍吟」の山本征治さんにそれぞれ師事できたことが、人生の中でもっとも大きく重要な出来事だと話す。

「料理だけでなく、料理人として、人としての生き方を背中で見せていただきました。今なんとかやっていけているのは、師匠はもちろんですが、これまでの先輩、もっといえば中国料理をつくってきた先人の方々のおかげだと思っています。その積み重ねが歴史や伝統となって、その延長線上に僕も乗せてもらっている。今度は僕が若いスタッフや未来へつなげていく番です」

そんな川田さんが挙げた、もうひとつの成功の理由が「チーム力」だ。

最初は5人で始めた店も、客足を伸ばすとともにひとり、ふたりと増え、今ではスタッフが倍以上の数となったが、開店時と変わらぬ和を保ち続ける。現在、厨房には寿司、フレンチ、日本料理といったさまざまなジャンルの料理人が集い、さまざまなアイディアが飛び交う。料理への志が高ければ、ジャンルは関係ないと川田さんは話す。おいしい料理でお客さまを喜ばせたいという根底は、同じだからだ。ジャンルを越えて技術を学び合うことで、お互いを敬い、結束力も自然と高まる。「店は個人競技ではなく、団体戦。サービスに磨きをかけた高いチーム力があれば、そこに漂う“陽”な空気がお客さまへ必ず伝わる、と確信しています。そのためにはお客さまを見つめて、自分達自身を顧みること。あとは、おいしい料理を提供できれば、本質的な、理にかなったこと以外の過剰な演出は必要ありません。お客さまにとっては、食べたときの感動こそが一番のエンターテインメント。おいしさとお客さまを第一に。それこそが本質です」

茶禅華 川田智也さん 立体的な鮎の春巻 四川五粮液の香り
立体的な鮎の春巻 四川五粮液の香り
はかない夏を感じさせる、世界一皮の薄い春巻。中国の名菜「酔っ払い海老」に、日本料理の火入れ技法を合わせた、川田さんならではのひと皿だ。白酒の五粮液(ごりょうえき)で瞬間的に酔わせた生きた鮎に踊り串を打ち、パウダー状にした春巻の皮を纏わせて170℃の油で揚げる。生きたまま揚げることで、泳いでいるような美しい形とふっくらとした身に仕上がる。鮎の後味に合わせて、スイカのクリアスープに赤酢を合わせた蓼酢を添える。秋はドジョウを用いるなど、季節ごとに味わいを変える。
茶禅華 川田智也さん

茶禅華
Sazenka
東京都港区南麻布4-7-5
050-3188-8819
● 17:00~23:00( 21:00LO)
● 日・月休(不定休)
● コース 20000円~
● 26席
http://sazenka.com/


君島有紀=取材、文 土岐節子=撮影
text by Yuki Kimishima photos by Setsuko Doki

変わらないのは退化と同じコアな部分は変えずに少しずつ進化していく すし処めくみ 山口尚享さん

すし処めくみ 山口尚享さん
Takayoshi Yamaguchi
1972年石川県生まれ。山中塗り職人の父を持つ。都内いくつかの寿司店での修業を経て開業、ミシュランガイド富山・石川では寿司店唯一の二ツ星を獲得。第3回料理マスターズブロンズ賞受賞。

石川県金沢市の市街地から、車で20分。近くに田んぼも広がる静かな住宅街・・・・・・言い換えれば不便な場所に、「すし処めくみ」はある。北陸新幹線開業以来、金沢市内に新しい寿司店が続々と登場しているにもかかわらず、郊外のこの店は、オープンから年以上たった今もなお予約が引きもきらない。その多くは、県外から訪れるリピーターだ。

「僕の洗脳がきいているんですよ」と笑う店主の山口尚享さんは、自他ともに認める“変態”。魚のこととなると、時間もお金も鑑みず異常なまでに突き進み、ひたすら味を追求し続ける。

そのマニアックな魚の話を聞きながら食べる寿司に憑りつかれ、誰もが「もう一度来たい」となるようだ。

コアな部分は揺るがずいいネタを仕入れること

 山口さんの朝は早い。港に魚が揚がる時間に合わせ、能登半島の七尾港まで車を走らせる。時には、さらに奥の宇出津や珠洲、また隣県の福井や富山に出向くことも。港に着くと、走り回る。魚に触れ、エラをめくり、漁師をつかまえては情報を得る。この日、この港で一番の魚を仕入れるためだ。

「同じ浜でも、磯なのか砂地なのか泥地なのか、また深いところにいたのか浅い海で獲れたのか。魚は食べているもので味が違いますから」

直接七尾港に出向いて仕入れるようになって10年。今では、「いいものは『めくみ』へ」という暗黙の了解のようなものがあるという。毎日根気強く顔を出して関係を築き、築地に運ばれそうになるいいものを、値に糸目をつけずふんばって仕入れ続けたからこそ、である。
「養殖の魚は使わないので、これぐらいしないと、ほしい材料が揃わないんです。いいネタを仕入れることが、うちのコアな部分ですから」

加えて、何時間寝かせればアミノ酸がどれくらい増えるのか、何と合わせれば旨味を引き出せるのか、香りはどう変わってくるのか。山口さんは、職人の勘に頼らず、論文にも目を通して理論を追求する。カニのゆで方は、東京大学の教授とともに最適な方法を編み出した。

和食はもとより、フランス料理など他ジャンルのシェフや、ソムリエ、杜氏たちに教わることも多いという。「ずっと変わらないのは、退化しているのと同じ。『いいネタを揃える』というコアな部分は変えていないけれど、毎年来てくださるお客様にも飽きられないよう、少しずつ進化しているんですよ。定番の安心感と目新しさを楽しんでもらえるように」

流れに流されないように流れに乗る

 今までは、おいしい寿司を提供することだけを考えてきた山口さんだが、ここ数年、トータルに店のことを考えるようになったという。
「お酒を飲まない方に、お茶とのぺアリングを提案したいとか、待っている時間にiPadで動画を見てもらうとか。お客さまによりおいしく感じてもらうために、新しいものをうまく取り入れたいと考えています」

 2002年の「すし処めくみ」の登場は、金沢に衝撃を与えた。ネタケースがないカウンターも、固いすし飯も、おまかせのみのスタイルも。「次の5年、10年を考えて、流れに流されないように流に乗ることが大事だと思っています。もちろん、寿司屋らしさや金沢らしさは変えませんけど」と言いながら、昨今の魚の減少と向き合い、山のものを出すことも考え、キノコや山菜の知識を蓄え始めたという山口さん。

“変態”は、日々、新たなスタイルに進化し続けているようだ。

すし処めくみ 山口尚享さん
アカニシ貝の握り
能登半島の七尾湾とその周辺で採れるアカニシ貝。コリコリした歯ごたえと磯の香り、美しい朱色は七尾産ならでは。山中塗り職人の父が塗り上げた漆黒のつけ台に映える。
すし処めくみ 山口尚享さん

すし処めくみ
石川県野々市市下林4-48
076-246-7781
● 18:00~、20:30~(2回交代制) 日曜のみ12:00~14:00(日のみ)いずれも要予約
● 月休(4月~10月は月、火休)
● コース 24000円(11月以降25000円)
● 8席


つぐまたかこ=取材、文 品野 塁=撮影
text by Takako Tsuguma photos by Rui Shinano

いい部分より悪い部分に気付ける客観的視点が話題性に先立つ支持を生む ペレグリーノ 高橋隼人さん

ペレグリーノ 高橋隼人さん
Hayato Takahashi
1978年新潟県生まれ。ワーキングホリデーで滞在したニュージーランドで料理に目覚め、都内や徳島県のイタリア料理店を経て28歳で渡伊。エミリア=ロマーニャ州の家族経営のリストランテで経験を積み帰国。翌年西麻布に「ペレグリーノ」オープン。2015年恵比寿へ移転。

おいしさと人気を裏打ちするゲストのための配慮


 住宅街の1軒家の1階部分に、キッチンとたった6つの客席。イタリアンの名手として知られる高橋隼人さんが、理想的な空間を追い求めて作ってきたのがこの場所だ。基本の営業日は週4日間だが、ほとんどはリピーターの予約で埋まり、新規予約受付は月に1~2日のみ。しかし「予約が取れないというと店側がお客さまを選んでいるようにみえますが、そうではありません。ただ6席しかない店で、ただ以前より来たいといってくれる人が増えただけ」と高橋さんは話す。店の代名詞である生ハムは、希少なものを目の前で惜しみなく削り、おいしい部分だけをたっぷりと。その他にも目の前で伸ばすパスタなど、エミリア│ロマーニャ州の郷土料理の数々を一番おいしい状態で提供するのがこの店のスタイルだ。現在はワインペアリングやサービス料など、すべて込みで3万5000円からという価格設定だが、訪れた人々は口々に料理のおいしさとコストパフォーマンスを称賛する。だが、この店の最大の魅力はその実直さ、誠実さにある。たとえば、高橋さんは食材の火入れを最小限の火力で行う。食材の風味を損なわないためというのは後付けの理由で、実は狭い空間に集まったゲストが少しでも過ごしやすいようにという配慮からだ。

「自分の好きな食材を好きなように出すことだけがいいとは思いません。必ずお客さまを一番に考えたい」

ペレグリーノ 高橋隼人さん 「ボン・ダ・ボン」の「ペルシュウ」17ヵ月熟成
「ボン・ダ・ボン」の「ペルシュウ」17ヵ月熟成
岐阜のパルマハム職人・多田昌豊さんが手掛ける生ハム「ペルシュウ」は、繊細なレースのように極限まで薄くスライス。口中で溶けるとともに、得も言われぬ豊かな香りと旨みが広がる。炊き立てのご飯に乗せて提供することも。

考えるべきは食べ手のことそのために必要なのは客観性

 つねにゲストの立場を考えるということは、つねに自店を客観視することでもある。この店の厨房には壁にかけられた鍋も調味料の瓶も見当たらない。休日もメンテナンスは欠かさず、磨き上げられた壁やステンレスは移転時とほぼ変わらない姿を保つ。

「ほかの店に食べに行くと、どこもいい店だと思う分、よくない部分が逆に印象に残る。職業柄、料理人は自分がいいと思うことばかり店でやろうとしがちですが、食べ手が嫌なことをしないようにするほうが断然いい。だからいつも、客席から見えるところをいかに汚さないかを考えます」

 客観性を重視するのは食材も同様。以前は産直食材にこだわっていた高橋さんだが、最近は仕入れ方法に変化が。現在は築地へも足繁く通う。「馴染みの生産者さんから仕入れることが評価される風潮もありますが、それだと出来が悪くても付き合いで買うことになりかねない。今の日本の気候では、つねにいいものを生産するほうが難しい。いいと思えない食材を食べるのは、結局お客さまです」

 自分の店以上にゲストを慈しみ、もてなす。人々が再訪を熱望する理由は、そんなところにもあるのだろう。さて、「料理や空間の質を考えたら、もっと機材を充実させたい。数年後には移転したいけれど、出資者がいないから難しくて」と高橋さん。出資など引く手数多なのでは?と聞けば「なれ合いになるのは嫌だから、資金もすべて自分で出したいんです」。どこまでも正直で、潔いのだ。

ペレグリーノ 高橋隼人さん 黒鮑のロースト
黒鮑のロースト
低温で20分ほどボイルした黒鮑を軽く焼き、黒鮑の肝のソースを添えて。ソースの隠し味には、このひと皿とペアリングさせるバルバレスコを加えた。磯とバジルの香りが、さわやかな海風のように鼻孔をくすぐるひと皿。
ペレグリーノ 高橋隼人さん

ペレグリーノ
Pellegrino
東京都渋谷区恵比寿2-3-4
● 19:30~(完全予約制)
● 月、火、木休
● 6席
http://pellegrino.jp/


唐澤理恵=取材、文 林 輝彦=撮影
text by Rie Karasawa photos by Teruhiko Hayashi


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